お外に出るのを控えます
リコが押し入れを開けたり、タンスを開けたりとなにやら騒がしかったので、
「なにしてんの?」
と、少女の小さな背中に尋ねた。
「んー、ここらへんにストックしていたマスクがあったと思ってのう」
せわしくなく動きながらリコは探し回っている。
「あれなら使いきったぞ」
「なぬっ、だけれども、藍は外出してるときにつけておるではないか! 嘘をつくでない」
「使い捨てマスクを再利用してるんだよ」
「むむっ、汚いのう……使い捨てじゃぞ。使い捨てカイロは一回しか使えないようにマスクも一回しか使わないもんじゃぞ、ふつう」
「いまは普通じゃねぇんだよ。間にガーゼ挟んだり、洗濯したりして工夫してんだ。マスクどこにも売ってないしな」
「なぬっ、それは困った」
「なんでだよ。べつに困らないだろ」
花粉症の藍と違い、リコは座敷わらしなので、病にかかることはなかった。
「いや、なに。知り合いの口裂け女の理恵ちゃんが余ってるマスクがあったらほしいというのでのう」
「このご時世にマスクが余るわけねぇだろ。花粉症の俺ですら苦しんでるのに」
口裂け女とかに突っ込みをいれていたら無駄に時間がかかることを藍は理解していた。
「そうじゃのう。理恵ちゃん、困っておるみたいでの。ドラッグストアやコンビニにも売ってないし、このままじゃ死活問題なんだと」
「まあ、マスクは口裂け女のアイデンティティーみたいなもんだかな」
「しょうがない。一肌ぬぐか」
「は? ブラジャーで手作りマスク作る的なやつか?」
「なに阿呆なことを言うておるのじゃ」
リコはごそごそと二つ折にされた紙を開いた。
「ちょいと出掛けてくる」
「なんだその紙?」
「近所のドラッグストアの場所と午後の搬入時間が記載されておってのう。これをうまく使えばマスクを購入できるのよ」
「どうやってそのリスト作ったんだ?」
「開店前のドラッグストアに老人たちがなぜか列を作っておってのう。三丁目の山脇さんが張り込みをして作り出したリストらしいのじゃ、これでワレは無敵よ」
「バカなことやめろ。外でなきゃマスク使うこともないんだから、買いに行く必要もないだろ。そのリストを口裂け女に渡せばいいだろ」
「それもそうなんじゃか、今のうちにたくさん買っておいたほうが安心できるからのう。ついでにトイレットペーパーもなくなりそうな予感がするから買ってくるかのう。んじゃ行ってくる」
買い占めをしていたのは、リコ、お前だったのか、と呆れながら、少女の手を取る。
「外出自粛しろよ」
「なんじゃ、藍、なにを恐れておるのじゃ」
「最近、なにかと物騒だろ」
「ははぁん、さてはパンデミックでオーバーシュートして、クラスターが発生することを恐れておるのう。それこそインフォデミックというやつじゃ」
「は?」
「大丈夫じゃぞ。ロックダウンされても、ソーシャルディスタンスを保てば、キャリアになったとしても、ワレは若いから重篤化することはあるまい」
「若い?」
「ん?」
威圧感を感じる。言葉尻を捕まえるのはやめよう。
「いや……それよりも横文字多過ぎてなにいってんのかよくわかんなかったんだが」
「遅れとるのぅ」
リコは暇なので昼間はテレビでばかりを見ているのだ。
「ワレは座敷わらし。お化けは死なない、病気もなんにもないのじゃよ!」
グッと親指をたてて、リコは玄関から出ていった。
数分後、リコは戻ってきたが、マスクは買えなかったらしい。外看板で『マスクは本日入荷ありません』と書かれていたとのこと。
「念のため店員にしつこく聞いてみたんじゃ、どうにも置いてないらしくてのう。しばら棚の前で待ってみたんじゃが、全く陳列されん。くたびれわ」
「くそ迷惑な客だな」
いや、なんにも買ってないから、客ですらない。ただのくそ野郎か。
「ふう、それにしても久しぶりに外出たらなんか疲れた。ちょっと横になるかのう」
ベッドにごろんと寝っ転がるリコ。いつもの光景だったが、数時間もたたないうちに、少女の体調不良は悪化した。
先程までの元気が嘘のようだ。
藍だけでは手が終えないとアヤメを呼ぶ。こんな時に限ってヴィオは出掛けていた。
「おねぇさまが濃厚接触させてくれないので、散歩してきます!」と、なんでも終末感を味わいに都心に出掛けているらしい。二度と帰ってくるなと藍は思った。
「わ、ワレは死ぬのか!?」
いつになく弱気にリコはアヤメに尋ねた。
「ただの風邪ね」
「え?」
「妖怪風邪よ。季節の変わり目だから、流行ってるのよ」
「そんな馬鹿なことがあるか。頭痛もする! 吐き気もだ! ぐくぅ、なんてことだ、このリコの体調が悪いだとぉ!」
「うるさいわね。寝てれば治るわよ」
「そんな事あるまい! すっごく気分が悪いのじゃ、まさしくこれはいまはやりの」
「さっさと寝なさい」
「うああああ! 逝きたくない! 死にたくないぃ!」
「寝ろ」
「うっ」
あてみをくらい。リコはベッドにたおれこんだ。
「叫ぶ元気があるから目が覚めたら元通りよ」
アヤメは立ち上がり、玄関で靴をはいた。
「おう、わざわざありがとうな」
「豚がちゃんとお礼を言えるなんて……感動したわ。いままでちゃんとしつけてきて良かった」
「しつけられてねぇわ。俺だってお礼ぐらい言えるは」
「まあ、なんにせよ」
ドアを開け、出ていく。春風が室内に吹き込んだ。
「お大事にね」
久しぶりの更新が時事ネタで申し訳ないですが、なんか思い付いちゃったから、、、