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3 It introduces oneself in the park.前


「言い辛いかもしれんが答えてくれんか?」

「あん?」

「お主が一人暮らしをしているのは薄々感づいておった」

「そりゃみりゃわかるわな」

 男の一人暮らしにしては質素だが、掃除はきちんと行き届いた部屋の真ん中、二人は何故か正座で向きあっていた。

「親の仕送りで暮らしておるのだろう」

「それがどうした」

 この春から高校生になった彼は、寮が改築工事をしている間代わりのアパートで一人暮らしをすることになったのだ。

 座敷童の言う通り、家賃などの最低の生活費は実家からの仕送りでまかなっている。その他の娯楽費用は春先の短期バイトで稼いだお金でカバーしていた。そこそこ貯金も出来ているので高校生にしては結構リッチな生活を送れている。

「そこに制服がかけられておる。ということはお主は中学か高校の生徒なのだろう」

「高校生だけどな」

 真剣な表情を崩さぬまま、ひょんなことから居候を始めた少女はハンガーにかけられた制服を指差して尋ねた。

「ならば学校はどうしたのじゃ?今日は平日じゃろう」

 説教を初める親の視線のように、細めた目で彼女は続けた。

「まさか引きこもりというやつか。思えばお主。この2日間一歩も外に出ておらん」

 聞きたかったこと、というのはこれのことか、と少年は小さく溜め息をついた。

「2日間外に出なかったのはテメーも同じだろうが。それにただメシ食らってるお前の方がさらに始末が悪い。終いには味に文句をつけやがって」

「そりゃカップ麺ばかりでは愚痴もたれるわ!なんだったら我が料理をつくるがのう」

「それじゃ今度からお願いするわ。引きこもりの穀潰し」

「だあぁぁ〜、我は座敷童だから仕方ないのよ!って、なにをごまかそうとしておる!キチンと質問に答えるのじゃ!」

 床をバンと勢いよく叩きつけ、装いを整えなおすようにと唇を尖らせた。

「うるせぇな。ここんとこテスト休みなんだよ」

「テ、テスト休み?」

 期末テストが終わり、成績会議が行われている間、彼の学校の一般生徒は自宅待機ということになっている。もしその会議で成績が芳しくなかった場合は、呼び出し、補講というカタチになるのだ。私立校だからといって進学に力をいれているわけではないくせに、真面目な生徒にしてみれば休日になるこの夏休み前の連休は素直に有り難かった。

 その旨を説明すると、ようやく納得したのか、座敷童はこくりと頷きながら安堵したように呟いた。

「なるほどよかった。つまり我のカレシは根暗少年ではなかったのだな。ふむ、一安心じゃ」

 そこでぴくりと動きを止め、顎に手を当てて彼女は続けた。

「いや、待て。それでも2日外に出ないのはいただけん」

「雨降ってただろうが。それに自宅待機という名目なんだから休みでも外にでちゃいけねーんだよ」

 はなから守る気などない校則だが、外出中に呼び出しの電話が鳴ったら後々面倒である。もっとも先の期末試験で頭を抱えるようなミスは犯していないと自負しているので、補講は受けないとは思うが。

「規則を破るのが学生の義務じゃろうが」

「……昨日ギャンブルの有害性について熱く語ってたくせに」

「それとこれとは話が別じゃ。昨日今日と外出しなかったお主の脳は湿気でカビ臭くなっておるに違いない。よし!天日干しする意味も込めて、お日様の下お散歩しようではないか」

「えー、面倒くせー。買い物はまだしなくて大丈夫だし、外出したきゃ一人で行ってろよ」

「初デートじゃよ!さぁ早く!」

「……尚更行きたくなくなったわ」

 だからそんなにキラキラした瞳で見ていたのか。

「そう言わずに」

「うっせぇな!大体座敷童が家を離れていいのかよ!地縛霊じゃねぇのか」

「別にちょこーと家を留守にするくらい平気じゃ。それと我は地縛霊ではない」

「なんにせよ俺はぜってー行かな、…はっ!?」

 その時彼は、少女の瞳が昨日の惨劇の寸前のものになっていることに気が付いた。

「……行かせていただきます」

「ふふふ、流石我が見込んだ男よ」

 わかりきったようなしたり顔で彼女はニヤついた。


 平日昼間の公園は人気はなく、このちっぽけの空間を二人だけで支配しているかのように錯覚させられる。中天にさしかかった太陽は、二人をぽかぽかと包み込んでいた。

「公園デート!全ての乙女憧れの素敵ワードの一つじゃ」

「単に節約しただけだけどな」

「見もふたもない言い方はやめい。むっ、あれは!」

 軽やかなステップで入り口をくぐった少女は今にも光を放ちそうな笑顔のまま駆けていった。一つ一つの遊具をじっくりと観察してからブランコに腰をかけ、亀の歩みのようにたらたらとする少年のほうにキラキラ光る視線をむけた。

「見よ!これ、ハイジが乗ってたやつじゃ!たしかブラコンとか言うたかのう」

「ブランコだろ。なんでウィッグとか知っててそれ知らないんだよ」

「うるさいのう。少し間違えただけではないか。口笛はなっぜぇ、遠くまで聞こえるのー♪」

 上機嫌のまま彼女はブランコを振り子のように揺らし始めた。しかし、それは漕ぐというより地面を何度も蹴って、無理やり動かしているだけだけのようだ。足をつく度にザリザリと地面にこすったような跡をつけ、なんとも見苦しい様である。

 少年はその様子を見て、水に落ちてジタバタするアリを思いだした。

「うむぅ、おかしいのう。ちっとも楽しくない。足が疲れただけじゃ」

 期待はずれだと言わんばかりに、深い溜め息をついてブランコが動きを静止する。

 とろとろと歩いていた少年がようやくブランコまでやって来て周りを囲む柵に腰をおろした。

「素でやってんなら相当天然だぜ?」

「なにがじゃ?」

「そりゃいちいち地面蹴ってたら疲れるだけだろうよ。足を使って漕がなきゃ」

「漕ぐ?ふむ」

「だから足を揃えて、曲げたり伸ばしたりした反動でブランコを動かしゃいいんだ」

 少年の指摘に少女は顎に手をつけてコテンと首を傾けた。

「足を曲げたり伸ばしたり…、はて」

「こないだ『足は飾りじゃないのよ。偉い人にはそれがわからんのです』とかワケわからないこと言って俺に見せてきたその両脚の出番じゃねぇか」

「そんなこと言ってないし、微妙に間違っとるわ。それよりブランコを楽しみたいのう。曲げたり伸ばしたり…」

 言うやいなや、彼女はブランコを再び動かし始めた。

「おっ、どうじゃ!おっ!なんかっ、スッゴい揺れる!」

 タイミングなど関係ないと、がむしゃらに足をピッコピッコと曲げたり伸ばしたりしているが、当然そんな荒いやり方で上手くいくはずがなかった。

「お、おかしい。疲れたのにブランコはちっとも動かん…」

 すぐにブランコは止まった。ゼーハーと肩で息をする彼女は何がいけないのかと、鎖にしがみつき落ち込んでいた。

「だから、進んだ時に足を伸ばして、後ろ戻る時に膝を曲げる、また前行くときに足を伸ばして、と勢いつけてやりゃ、止まることねぇんだよ」

「む。なんじゃと?前に進む時に足を…は?」

「足を真っ直ぐ嘴みたいに垂直にして前に進む!後ろ戻る時は亀が頭引っ込めるみたいにする!ようは振り子なんだから、勢いつけりゃいいんだよ!」

「えーと前に…、あ、まってメモとるから」

「だぁぁ、めんどくせぇなぁぁ〜」

「ちょっ、なっ、うわぁ」

 何を言っても理解してくれない少女に痺れを切らし、背後にまわってどんと背中を押してやった。

 当然しがみついている彼女の体を重しとしてブランコは前に進み、また後ろに戻るを繰り返す。

「うわっちょ、こわっ!ハイジこわっ!」

「ハイジのはもっと怖ぇよ!地面があるだけマシだろうが!ほら、そこだ!そこで足を嘴のように尖らせろ!」

「うむ、はにゃ?お?おお〜!」

「おら!戻せ!曲げろ!」

 初めのうちは彼の補助なしでは漕げなかったブランコもしばらくやっているうちに慣れてきたのか、ようやく一人でも漕げるようになってきた。

「きゃはははは!」

 座敷童はテンションが上がり過ぎて壊れる寸前のテープレコーダーのようにかん高い笑い声をあげながらブランコを狂ったように漕いでいる。

「もっと、もっとじゃぁぁ!強く、強く背中を押すのだ!うおお、空が青いのぅ風が気持ちいいのうー」

 やべぇこいつスピード狂だ。

 背中を何度も押しているうちに少年は、スピードに乗り過ぎて高くなったブランコに彼女はきっと恐怖するだろうと思っていたのに事実はまるっきり逆だった。

「よいのぅ。よいのぅ。楽しいのう!やはりブランコという乗り物は我が見込んだ通り楽しいものじゃった!」

 感極まったのか、あまりの楽しさを全身で表すかの如く彼女は両手を頭上にあげ万歳のカタチをとった。

「ばか!手をはなすな!」

「え?」

 言った時にはもう遅い。

 ブランコは、乗っていた人物を投石機から放たれる石のように放りだしていた。

「ばっ、」

 少年の中の時間はゆっくり経過していく。

 眼前は全てスローモーション再生されたビデオのように緩やかに変化していった。

 ブランコから、座敷童は何も叫ぶことなく飛ばされていく。目をふさぎたくなったが、刹那の時間がそれを許さない。

 そんな彼の心配を包み込むように座敷童は空中で、

 後方宙返りを華麗に決めたあと、

 重量を無視したかのような二回ひねりを器用に決め、

 何事もなかったかのように、地面に着地した。

「……」

「ぅ、ふぅ〜」

「……」

 目を塞ごうと伸ばした手はいつの間にか、この光景は現実かと、こする役に代わっていた。

 座敷童は今は柵の向こうで、体操の締めのポーズを取っている。

 何秒かきっちりそのポーズのまま動きを止めていた彼女はやがて満足いったような笑顔で少年の方を振り向き

「やはりブランコは楽しいのう」

 感想を短く告げ、

「それでは交代するかのう。今度は我が背中を押せばいいのじゃな?」

「お断りします!」

 少年は畏敬の念をもってその申し出はキッパリと断っていた。




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