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鍋は無慈悲な闇の帝王 後


 鍋は完全に沸騰を終えたらしい。完成というやつだ。グツグツカタカタと音をたて、ドジョウは完全に死滅したらしい。合唱。

 吹き溢れる前に火を止めて、誰かも知らずため息をつく。

 気を取り直したらしいリコは一転明るい声で、

「それでは、」

 鍋つかみを通して蓋を開け放った。

「オープン!」

 異臭。


「くっせ!」

「……いや、まぁ、あまりいい匂いではないのう」

「なんの臭いだこれ?なんか、そうだな、嗅いだことあるぞ」

「い、良いではないか。それでは皆さんごいっしょに!」

「いただきまーす!」

「……きます」

 なんとなく納得いかないまま食事が進められることになった。


「それではまず藍からで」

 暗順応が上手くいき、段々と夜目がきくようになってきた。鍋の輪郭もとらえることができる。

 室内の気温はあいもかわらず高かったが、それでも藍の心は覚めきっていた。

「嫌だよ!完璧毒味係りじゃん!」

「ちゃ、ちゃうぞ!けっしてそのようなものではないのじゃ!これはそう、亭主関白!主より先に、食べてはいけないー!」

「だったらこっちはレディーファーストだよ!」

「はっはっは、我らはレディーという年じゃないからのぅ」

「まぁ、見た目以上に実年齢はヤバイもんなぁ」

「なにかゆうたか?」

「……いただきます」

 夏だというのに冷たい風が通り抜けた。


 ルールということで手を着けたものは絶対に食べなくてはいけない、というものを設定していることを思いだし、慎重をきっしなくては、と藍は心に決め、箸を鍋の中に突っ込んだ。

「っ」

 と同時に何かに具材への浸入を拒められた。

「?」

「どないしたん、藍?はよう、なにかを掴み、たべい」

「……うん、電気つけて」

 初っぱなからのルールブレイカーだった。


 もちろん楽しみにしていた手前、はじめのうちはリコもそれはならぬ!と断固としていたが、最終的には藍の真剣さを汲んでくれたのか、点灯するにあたった。

「……」

 鍋の一番上部にあったのは、グローブだった。

「おい」

 野球のグローブである。

 茶色い、お子さまからプロまではめる、あのグローブである。

「……おいっ」

 静かに視線をスライドさせ、

「てへっ」

 舌を可愛らしくだすヴィオに合わせた。

「てめぇぇぇ!」

「いやぁん!にぃ様!ですが箸をつけたものは絶対に食べるのがきまり!さぁさぁさぁ!」

「食えるか!ぼけぇ!」

「まぁまぁまぁ、安心してくださいにぃ様。そちらのグローブはちゃんと滅菌消毒済み、丹念に洗い一切の汚れを残しておりませんわ!」

「これ俺のグローブじゃねぇーか!」

 よぅく目をこらして見てみると特徴的なハゲや、かすれ具合が、彼が中学生の頃愛用しており現在押し入れに眠っているはずのグローブに他ならなかった。

「汚いのう。ヴィオよ、他の食材までダメになってしまうではないか」

「安心してくださいぃ!先ほど申し上げさせていただきましたように、グローブは悪魔流滅菌消毒で完璧に除菌しておりますゆえ、なんの問題もありませんわ。かもされるよりも、かもせ!このヴィオに抜かりはありません」

「おお、したらば安心じゃ。魔術的要素を取り入れられたらピカイチじゃからのう」

 呆れつつ、なんとか沸騰したお湯の中から、よくわからない、ネバーとしたものや、豆腐のカスが付着したグローブを取り出すことに成功した。地元にやって来たプロ選手に書いてもらったはずのサインは、悪魔流滅菌消毒のお蔭が見る影もなく消え去っていた。

「……」

 文句を言う気にもならなかった。


 取り扱いに困ったままボーとしていると、なにかを期待するような視線を送る二人に気がついた。

「食えるかー!」

 床にグローブを叩きつける。熱湯が辺りに降り注いだ。

「皮製品は煮込めば食べられるってエドワードエルリックが言ってましたのにー!」

「黙れこの野郎!だったらテメーが食ってみろ!」

「論点のすり替えですぅ」

 舌打ちが思わず漏れる。当然ながら湯気がたつグローブを口にできるはずがない。

 電気がついている以上もはやヤミナベではないが、食事を続けることにした。

「それでは気を取り直して」

 グローブを退けた先に広がったのは異次元あった。

「……レタス多くね?」

 萎びたレタスが鍋を埋め尽くしている。

 明らかに藍が入れた分だけではない、増量していた。

「あ、我が入れた!」

「ワタクシもですぅ」

「……」

 レタス鍋といっても過言ではなかった。

 しかしながら、見えている以上、ハズレを引くことはない、とポジティブシンキングで箸を突っ込み、レタスの葉を一枚持ち上げる。

 トロンとした黄色い糸を引いていた。

「これって、チーズ……」

 視線を口笛吹いて誤魔化そうとするリコにずらす。

 ジト目に耐えられなくなったのか、やがて彼女は渋々と口を開いた。

「一度、チーズフォンドゥー(語尾あがる)というものをやってみたくてのう」

 匂いのもとはこれだった。

「チョコレートフォンドゥー(語尾あがる)にしようかと悩んだんじゃがのう」

 最悪は回避できたらしい。

「……」

 自分を励ましながら口に含み、咀嚼していく。もぐもぐもぐ。

「うん、まぁ、いいんじゃね?うん、かなりウマウマ」

 ごくり。チラリとリコを見る。

「でも、なんっつーか、あんま味しねぇよ、このレタス」

「チガウチガウ」

「?」

「チーズといっしょに食べるんじゃ」

「えー」

 というわけでいっしょに食べてみる。

 噛むたびに風味が口一杯に広がっていく。

「ゥんマあああーイっっ!これは、この味は……って、普通に不味いわ!茹でレタスにチーズ乗せただけだよ!なんのハーモニーもねぇーよ!田園風景にド派手なラブホテルが建ってるみたいな不調和だよ!」

「おー」

「ほんとお前らろくでもねぇーもんばっかいれやがって!もう少し真面目に食えるもんをいれやがれ」

「ふぅむ」

 なんとも言えない表情のままリコは箸を持ち、鍋に突っ込んだ。

 そのまま引き上げる。

 ドジョウがデロンと垂れていた。

「人のこと言えないじゃん」

「ば、ばっか、食ってみろ!そのドジョウ、マジうまいから!」

 確信などない。

 リコは疑いの眼差しのまま、小さな口をあけドジョウに頭からかぶりついた。

「……」

「ど、どうだ?」

「……泥くさ」

 それが、あと九匹いるなんて、とてもじゃないが言えなかった。

「そーですかぁー、ワタクシは結構行けますけどー」

 ヴィオはにこにこしながら、荷崩れした豆腐とドジョウを小皿によそい、パクパクと食べている。

 まぁ、一人でも納得してくれて良かった、と、藍は密かにホッとしながら、鍋から具を引き上げ、

「なに、これ」

 凍りついた。

 真夏にはいいサプライズかもしれない。

「アップルグミじゃ!やったのう藍!」

 チーズにまみれた不気味な物体を引き当ててしまったようだった。

 溶けかけの巨神兵のような有り様だ。

「やはり、変わり種を用意しようと思うてのう」

「……」

 頬を垂れる汗、けっして暑さのせいではないだろう。

「さぁ、食べてみて!」

 まぁ、億が一にも……と考え、なにも言えずに、口に入れてみる。

 ぷちゅり、という嫌な食感とともに、

「うっ!」

 口に広がるなんとも言えぬ芳醇な味わい、ただただチーズが鼻につく。気分は最悪だ、体力は30パーセント回復するどころか、無駄に削られていく。

 ステータス毒状態の藍はそのままとトイレにダッシュした。口からビームが出そうになったのは藍だった。

「そーですかぁー、ワタクシは案外いけますけどぉー」

 バカ舌のヴィオなどあてにならない。いまはっきりしているのは納豆が入れられなくて良かった、ということだけだ。

 ゲテモノ食いがぁー。

 涙目になりながら、儚く散った命に報いるという意味でドジョウだけは残さず食べなくては、と考える藍だった。

「ふははは、くる、くる、来ましたわー!魔力回復ですぅ!」

 えー、絶対嘘だよー!

 糾弾することが出来ず藍はがっくりと項垂れた。

 これが噂の夏バテか。

 余ったヤミナベはヴィオが美味しくいただきました。まる。



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