よろしく駄文2
あまりの暑さに蕩けるように腹這いになっている藍の背中に、どしんとリコがのしかかってきた。
「ぐふっ」
「ゴロゴロするなー!なしてそないなまけるかー?」
「暑いし、眠い、それ以外に理由があるか?」
真夏は活動意欲を根こそぎ奪っていく。手付かずの宿題が、彼のやる気スイツチOFFを物語っていた。
「そんなことより、我の相談事の解決案を練るのじゃ」
「まだ続けんのかよ」
溜め息をつきつつ、床のひんやりとした冷気を全身に浴びようとする。
夏休みに入り、怠け癖に拍車がかかっていた。
「ん?お前、軽いな。それにそこはかと なく涼しいような」
「霊体だから質量操作はお手のものじゃ」
「よし、そのまま上にいることを許可する。俺は昼寝すっから、ウォーターベッドのように身体を冷やしてくれ」
リコは無言で藍の肩にエルボーを浴びせた。
「ぬぐわっ!」
「早く起きて、考える!いち!にー!さーん!」
背中で跨がる彼女は、カウントごとに重くなっていった。
「こなきじじいじゃんか!」
「ははは、急がぬとストレッチパワーが背中に溜まっていくぞ!」
「重くなったら起き上がれないだろ!」
「あ、ふむ。確かに」
てへっ、と舌を出した彼女はしずしずと背中から降り、それを憎々しげに睨み付けながら、仕方なく身体を起きあがらせた。
「大体お前は俺に意見を強要できる身分か?人の提案シカトしといてよ」
提案とは名ばかり、自分好みのアイドルにとり憑いてもらいイチャイチャするという空しさ120%のエゴイズムだ。
「でもなんだかんだでやっぱアイドルは可愛いよなー、あんな子がカノジョだったら最高なのに」
「死に急ぎかや?われが死出の旅の水先案内人になってやってもよいぞ」
水溜まりにおちた蟻を観察する子どものような純粋な笑顔で、どす黒い一言が放たれた。
「とまぁ、冗談はさておき、真剣に考えるとしますか」
俺はチキンではない、命が惜しいだけだ。
「ひとまず話を纏めると、目的は『リコが人間になる』、おーけー?」
「もしくは藍が妖怪になる」
「断る!断固拒否!」
心の底からの叫びだった。
「妖怪効率的じゃぞ、病気にならないし、歳もとらない」
「ん?まぁ。特に不利益はないわな」
ならなんで、妖怪になりたくないのだろう?倫理的に?それともただ面倒だから?
「じゃろ?どれ、我と契約すれば永遠の命と世界の半分と惜しみ無い愛情を約束しよう」
一瞬考えてみたが明確な答えは出なかった。
「別に人間でも不利益ないのに無理して妖怪になる必要はないわな。不老不死とか疲れそうだし」
「なんという草食系な意見、権力者の最終目標をそのような一言で片付けるとは、達観的な……くくく、藍はすでに妖怪なのかもしれんな」
「ほう」
リコの含み笑いに軽く頭を抱える。
「妖怪、穀潰し!」
「そりゃおまえだ」
「……」
素早い切り返しにリコは言葉を失った。
「話を戻すぞ。挙がったアイデアのなかでは『アイドルに取り憑く』が一番実現性が高いわけだ」
「そうじゃのー、最近アレやってなかったから身体がなまっとるかもしれんの、どれ、いっちょやってみるか」
「?なんだ」
肩をグリグリまわしながら、朗らかな笑顔で彼女は答えた。
「妖力をフル活用した、脅は……、もといお願いじゃよ」
「うん、いま、脅迫って言おうとしたね、謝る、俺ちょっと調子のってたよ、だからあれだけはやめてくれないかな、ね、まじわるかったから」
途端に卑屈になったのはそれだけ彼に深いトラウマが存在しているからだった。
「しょうがないのー」
「で、だ。ろくな意見がでないんだから、今回でこの話はおしまいでいいじゃん」
「ううむ、そうはいっても」
納得がいかないらしくリコは唇を尖らせる。
「いやはや、なにか手が無いものか」
「そんなに悩んでるなら第三者に相談でもしたらどうだ」
「はにゃ?」と首を捻る彼女の横で携帯電話のラジオ機能を呼び出し、音量をマックスまであげる。
スピーカーから聞こえてきたのは『子ども電話相談室』だった。
「夏休みだし、混じってもわかんないって」
「なしてわれが子どもにまじって相談せにゃいかんのじゃ。しかもラジオって、Google検索のほうがよっぽど効率がよいわ」
「見も蓋もねぇこというな。ちょいシミュレーションしてみっか」
こほんと咳を一回してから藍は声を低めに続けた。
「お名前はなんて言うのかな」
ポカンと呆けていたリコだが彼の意図がわかったらしく渋々そのごっこ遊びに付き合ってあげることにした。
「人形坂梨子と申します」
「リコちゃんこんにちは。何年生かな」
「女性に歳を訊ねるのは無粋極わりないです。黙秘権を行使させていただきます」
「は、はい、じゃあ今日はどんな相談かな?」
「あやかしを人にする方法を知りたいのですが」
「あー、成る程、これは難しい質問だね。今日質問に答えてくれるのは妖怪博士こと××大学の水道橋教授だよ」
「……」
「はい、水道橋です」
声のトーンを変えて藍は続けた。
「こんにちは。リコちゃんはアレかな、妖怪が好きなのかな」
「あの、そういう世間話は良いので結論だけ教えていただけませんか?」
「……」
「答えてください、妖怪を人間にする方法、あるんですか?ないんですか?ないなら時間の無駄なんで」
「んー、そ、そうだね。あることにはあるよ。それはね、うんちゃらかんちゃら」
「へぇ。それは恐れ入り谷の鬼子母神です」
「カッーーート!」
「む」
あまりのクールっぷりに藍はたまらず声を揚げた。
「なんでてめー普段とキャラが違うんだよ!恐れ入り谷の鬼子母神ってなんだよ!?」
「いや、だってダルいし」
「ぶっとばすぞてめー!」
ダルいは俺の専売特許だ!
いつになく荒々しい藍に、リコは涼しげに言った。
「われは身のある意見を求めておる。お分かり?」
舌打ちをして数秒、直ぐに新たな考えが頭を掠める。
「そうだな、そんなら『こころの電話』とか」
「お主、人の話聞いてないじゃろ」
「どんな質問にも真摯に答えてくれるぜ。一人で悩むより健全だろ」
「あったこともない人に相談事なんてできるはずがないわ。ぬしはかけたことあるのか?」
「バカだな。俺がかけたら即刻メンタルクリニックのご案内になるだろ」
「なして?」
「いや……」
他人には見えないカノジョが人間になりたいと騒ぐんです!……誰がどう考えても暑さに頭がやられた人だった。
「むー、でも確かにいろんな人に意見を聞くというのはナイスアイディアじゃな」
「折衷案のつもりか?」
「よし決めた!」
大きくリコは声をあげ、手のひらで片方のこぶしをぽんと打ち付けた。
「アヤメに相談しよっと」
「きゃーーーか!!!!!」
大声コンテストがあったら優勝をかっさらうレベルの声だった。残響が室内にこだまする。
「む、なんじゃうるさいのう」
「なんで、ここで蛇女の名前が出るんだよ!!絶対家に呼ぶなよ絶対だぞ!!」
「静まりたまえ静まりたまえー、なぜそのようにあらぶるのかー」
「今までの経験を経て、アヤメと付き合うやつはキングオブドMだぞ!わかりか?MのなかのMのドMのキング!ビックリマンチョコならヘッドレベルのレア度だぞ!」
「……何言うておるのかさっぱりじゃ」
「だからお前は相談できる友達一人しかいないのかよ!」
正直自分でもなにを言っているのかわからなかったが、ともかくアヤメにだけは会いたくない一心だった。
「な、なにを、我にだって信頼出来る友の一人や二人……」
リコの声はじょじょに小さくなっていく。
「まず、アヤメじゃろ」
「もう蛇女かよ」
「それから、藍に」
「ほう」
沈黙が室内を支配した。
「終わりか?」
「……」
「お前友達いない子だったんだな」
「……あっ、桃ちゃん」
「こないだ会ってちょろっと話しただけだろ論外」
「五十崎柚」
「俺の友達はなしね」
「……」
リコはプルプルと震え自身の着物の裾をぎゅっと握っていたがやがてテンション高めに声をあらげた。
「あ、おった。おるぞ!」
「ほう誰だ」
「山田じゃ!」
まじで誰だ。
「そうじゃ忘れておったわ、ふむふむ、久方あっておらぬからのう」
「いや、誰だよ」
「む?山田・メテオール・ヴィオレットじゃよ」
「いや、しらんわそんな人」
「山田は人ではない、悪魔じゃ」
しれっと良い放たれた詳細に呆けるより先に、
「いいか、山田に俺を絶対に紹介するなよ」
身の安全を図ることが最優先に行われた。どっからともなく、死神めいた香りがしてくるブロフィールだ。
「あの性格も長らく会わんと懐かしくなるもんじゃな。よしっ、呼んでみるか」
「人の話をきけぇい」
藍は必死だった。これ以上妖怪ファミリーを増やすわけにはいかない。アヤメとリコだけで手一杯なのだ。
「山田の都合も考えろよ!つうか悪魔ってなんだよ、冗談だろ」
「自分で悪魔ゆうとるんだからそうなんじゃろ?詳しくは知らぬ。本人に訊いてみ」
「頭沸いてる人じゃんか。そんなやつとお知り合いになんてなりたくないからな」
鳥の雛のようにけたたましく山田なる人物との邂逅を拒否する藍を無視してリコはスックと立ち上がった。
そのままスタスタと台所まで行くと冷蔵庫のドアを開け、生肉を取りだし、居間に戻ってきた。
「本当は子羊の新鮮なお肉じゃなきゃいかんのじゃが、まぁこれで良いじゃろ」
「おい、お前まさか」
「あとは鏡と……」
皿に載せたお肉の前に卓上ミラーをくみたて、リコはその前に正座した。
「不思議な呪文じゃったっけ?」
「……」
「なんか、足りん気がするのう」
「もしお前が悪魔を呼び出そうとしてるならこれほどがっかりなことはない」
何がしたいのかよくわからない光景だった。
「なんじゃ藍。文句あるのか?」
「仮にも悪魔を呼び出そうとしてるくせに雰囲気もへったくれもないな」
「む。雰囲気のう。とりあえずドライアイスに水でもかけるか。あとは藍がオルガン弾きながら讃美歌でも歌ってくれりゃ雰囲気もむんむんなんじゃが」
藍はリコの無垢な瞳を見なかったことにした。
「いや、だから用もないのに悪魔呼び出すなって」
「はっ!」
藍の発言にピンときたらしい。リコは目を見開いて、手を叩いた
「そうじゃ!山田は願いを叶える仕事をしとるんじゃった」
「なにそれ?パチンコ雑誌の広告ページ作成のお仕事か?」
「むふふ、そうと決まればデーモンの召喚!我にとってのドラゴンボールは山田じゃたとはのう」
「まさか山田に人間にしてもらうのか?そんなうまい話があるか、ぼけ」
「ものは試し、カモン山田!」
リコは万歳するように両手を空に掲げたが、特に何かが起こるわけではなかった。
「変じゃのう。呪文が違うのかのう」
藍はアホらしくなって、再びその場に横になった。
お肉の前でリコはしかめっ面で、身体をくねくねと試行錯誤しているが、当然ながら山田なる人物が現れることはない。
「やーまーだー!!」
「お前の不思議な踊りに少なくとも俺のMPは0になったよ。そんじゃお休み」
肉が傷む前に決着をつけるべきだ。夏は食べ物の腐敗が早いから。
薄れゆく藍の意識は深く睡眠の底に沈んでいった。