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2まにまに


「あのさ、一つ気になってたんだけど」

「なんじゃ?」

 床にごろごろ寝っ転がってテレビを見ていた座敷童に少年がケイタイをいじりながら、暇つぶしに会話を選んだように話かけた。

「お前は幸福を呼ぶ座敷童なんだろ。じゃあ宝くじとか当たるわけ?」

「ふむ、我にかかれば楽勝じゃな。運のみのギャンブルだったら、まず負けることはないじゃろう。それはそうと、」

 座敷童は寝っ転がった状態のまま振り向きじろりと冷ややかな視線をむけた。

「お主はまだ学生じゃろ。日本では未成年の賭博は禁止されておる。公営競技は18歳、パチンコパチスロは20歳」

「宝くじに年齢制限はねーだろ」

 きっと自分の能力の穴を見破られるのを恐れているに違いないといった挑発的な口調で彼は言った。

「そういうことが言いたいんじゃなくての」

 リモコンでテレビのスイッチを消して立ち上がり、真剣な面もちで彼を見つめた。


「ギャンブルは労せずしてお金が稼げるから、努力することを忘れてしまうんじゃ。キチンと働き稼いだお金でご飯を食べる、それが人として一番大切な生き方じゃ」

「何様だ、てめぇは」

「カノジョ(語尾あがる)からの忠告」

 ケイタイを苛立たげにしまって少年は欠伸を小さくした後にだらけたように声を上げた。

「はんっ。ほんとは浮遊霊ってのを誤魔化すための言い訳じゃねぇの」

「むぅぅ、まだ信じておらんのか」

「信じるも信じねぇも……。お前妖怪らしいこともなんにもしてねぇじゃねぇか。このままじゃただの穀潰しだ」

「女の子を妖怪扱いとは失礼なヤツだのう。それに一番はじめテレビから出てきたじゃないか」

「それだけかよ。今お前は俺の想像上の人物なんじゃないかと思って内心ビクビクしてんだからな」

 そこまで深刻に考えてはいないが一抹の不安はある。もしこの少女が自分の中にしか存在しえないというのなら、精神科か眼科に予約の電話をいれなくてはならない。

 もっとも、面倒、という二文字で放置するに違いないが。

「ふっ、案ずるな。我は確かに存在しておる。お主に我のようなキュートな存在がイメージできるとは思えんからのう」

「うっせぇ、クソガキ」

「なんじゃ失礼な!」

「てめぇのが失礼なことほざいてたよっ!さっさと俺の目の届かないところに行ってくれ!」

「住まわせてくれると言うたではないか。それに我とお主は付き合っておるのだろう?」

「憑かれてるの間違いだろうが。ほんと、俺おかしくなっちまったのかなぁ。こんな幻覚みるだなんて……」

 幻覚扱いされてさすがに頭に来たのか小柄な少女はプリプリと頭から湯気を出しながら地団駄をふんだ。

「だから我は幻覚ではなく、きちんとここに存在しておる!見よ、この手のひらを!生きているからここにあるんじゃ」

「そうですか。存在してんならさっさと岩手県に帰ってくれませんかねぇ!そうでなくても塩まいてやる!」

「だから幽霊ではなく座敷童だとあれほど、」

「口ではなんとでも言えるだろ。このちんちくりんっ!」

「ぐぬぅ、……いいじゃろう。しからば証拠を見せてやる」

「はっ、やってみろ!えせ座敷わら、」

□■□■□■ガッ□■□■□■□■□■□■□■


「ご、ごめんなさい…」

「わかってくれて嬉しいわ」


 彼女、座敷童がテレビからひょこり姿を現した次の日。

 一晩考えてみて、夢の中の出来事だと判断していた少年が目を覚ますと、リビングには朗らかな笑顔のおかっぱの少女がトーストを焼いて食べている、という光景が彼の視線の先にいた。

 そのあたかも日常風景のような雰囲気に頭をかかえうずくまったが、1ヶ月の辛抱だと考え直し一応の同棲を決意したのだった。


「そういえばまだ主さんの名を知らん」

「…だからどうした」

「彼氏彼女の関係において不自然ではないだろうか」

「たった1ヶ月くらい名前を知らなくても過ごせるだろうよ」

「むぅ。なんでそこまで名乗りたくないんじゃ?」

 ほっぺをぷくぅと膨らませた少女を見て少年は少しの間考えた。

 こいつ何歳だ?

 パッと見、中学生くらいに見えるのだが、妖怪の外見年齢など当てにならないだろう。

 しかし年上だとしても、見た目がこんなんではこちらとしては落ち着かない。

 この春、無事高校生になった少年の夢は、先輩のお姉さん方とお付き合いすること、だった。

 値踏みの視線を彼女の胸部によせ、少年は小さくため息をつく。

「これ、お主!なぜ質問に答えず哀れむような視線を我によこすのじゃ」

「いや別に。ただ着物って便利だな、って思っただけ」

 寸胴体型を誤魔化すのに、日本の民族衣装は一役買っている(独自の意見です)。

「う、むむ?そうかのう。まあ確かに着付けは不便かもしれんが、ファション性は高いかのう」

「見た目なんざ自分しか気にしてねぇよ。白装束の方が雰囲気でるんじゃねぇのか?」

「うん。そうかのう?主さんがそっちがいいと言うならば着替えるが」

「…いや、なんでもねぇ」

 経帷子(死に装束)でも着てろ、と皮肉をはいたつもりだったのだが、彼女が微笑みながら着物の裾を掴んでクルリと一回転しているのを見て何も言えずに口を噤んだ。

 花柄の着物は人形のような彼女にとても似合っていた。

「それはそうと名前じゃ」

「だから言いたくないって」

「なぜに?」

「……」

 少年は瞑想するかのように目を閉じて、彼女とは反対の方向をツーンとわざとらしく向いた。

「ぐぬぬ、なんと無視にでるとは…」

 独り言を呟く座敷童など露にも気にせず、そのままソファーに寝転がるような倒れこむ。二度目の睡眠をとることにしたのだ。

「しからば、我も本気を出そう。ふふふ…、ファイナルウェポンと化した我の拷問に口を閉じることが出来るかのう」

 色々と言い返したくなったが、グッと言葉を飲み込んで夢の世界へ逃走を開始しようと、スタートラインに意識を立たせる。

 眠気を確実に脳みそから分泌しようとした時だった。

「ふぐわっ」

「ふふふ…、どーじゃ?」

「き、貴様、な、なにしやがった!?」

 違和感が体を包み込む。まるで太い鎖が体中に巻きついたように身動きがとれない。

「これが座敷童流妖術、金縛りの術!今お主が動かせるのは口だけよ」

「てめーこの化け物!さっさと解放しやがれ!」

「言うにことかいて化け物とは失礼なやつじゃ!まだ力の差を理解しとらんというのか」

 睨みつけるように目をあける。金縛りにあっているとはいえ、瞼は自由にあけられた。

「いい加減にしろ!」

「あ」

 座敷童がその小さな手を彼の腰に目一杯まわし、ギュッと抱きついていた。

「……」

「ぬかった!瞼をセロハンで止め忘れるだなんて、不覚っ!」

「おい、こら。こりゃどういうことだ」

「……どう、とは?」

「なんでてめー抱きついてんだ?」

「……」

 視界の下から上目づかいて言いよどんでいたが、少年の激しい視線に根負けしたのか小さく口を開いた。

「…これが座敷童流金縛りなんよ」

「子泣きじじいの間違いじゃねぇのか」

「あくまで座敷童ですから」

 妙に澄ました決め顔で彼女はそう言った。


「にしても地味に凄いな」

「なにがじゃ?」

 術を解いて(といっても離れただけだが)、二人並んでソファーに座る。

 カップに麦茶を入れ、口を潤してから、彼は続けた。

「いや、ほら感触がなくて、縛られてるって感覚だけがあったからよ」

「ふふふ、エリートの我は質感を自在にコントロールできるんよ」

「ほう、なかなか興味深いな。そういえば一番最初に触られた時ヒヤリとしたがアレはなんだったんだ?」

「ああ、お主の動きを止めるために手をつかんだ時だのう。アレはただ単に物を掴むために一部を実体化したに過ぎない。いわばノーマルバージョンじゃな」

「口が達者な座敷童だこと……」

 ちらりと隣の誇らしげな少女を見て呆れたように呟いた。

 どうやらこの誉め殺しで、名前の件をすっかり忘却のかなたに押しやったようだ。

「それに本気を出せば、人間と同じように人肌で実体化することも出来るぞ」

「ほう。やってみろよ。正直言うとお前に触られるのなんだかクラゲを相手にしてるみたいでちょっと苦手だったんだ」

「それならそうと言うてくれればよいのに…」

「なんか言い辛いだろ」

「そうじゃの、……」

「……で?」

 なぜか無口になった座敷童の方を流し目で見る。キョトンとしていた。

「なんじゃ?」

「いや、だから実体化したのかよ?」

「うむ。完全な人と同じになっておる」

 えっへん、と語尾につけくわえふんぞり返っている座敷童をまじまじと観察してみるが、特に変わったところは見受けられない。

「見た目変わんねーな」

「まぁ、普段から体裁は保つようにしてるからのう」

 少年は生きてるのか死んでるのかよくわからない存在のくせになぜ見た目にこだわるのか、と疑問に思ったが口にはださない。

「触ってみるが良い。キチンと人肌を感じられるはずよ」

 誇らしげに胸をそらし、にっこりと彼女は言った。

「そうか」

 一度小さくコクンと頷き、彼は躊躇うことなく、

「ふぃぎっ!?」

 その小ぶりな胸に手をかけた。

「うん」

「ぬ、ぬ、ぬぅわにぃをするぅ!」

「たしかに実体化はしてるなぁ」

 手を放した彼は呑気にそう呟く。

「おおおお主!なんたることをっ!い、いきなりなにをしとるかわかっとるのか!」

 激しく狼狽しつつ両手で胸をかばいながらも少女は訴えかけるような涙目で少年を非難する。

「実体化してるか確かめたんだよ。悪いか」

「悪いよ!バカか!?バカなのか!?それとも天然でやったのか!?」

「確信犯です」

 キラリン、歯を灯りに光らせてかっこよく言い放ったその言葉と態度に座敷童は目をカッと見開いて烈火のごとく怒った。

「威張れることではないわぁっー!最低じゃ!鬼畜じゃ!人として終わっとるわ!」

「人じゃないやつに言われたくないな」

「黙れ小僧!ナチュラルにスケベ!まさかお主、実体化した我の体が目的だったのか?」

「おいおい、なに言ってんだ」

 一回鼻で笑ってから彼はとても良い笑顔で、

「確かに実体化はしてたけど、質感は再現できてなかったぞ。ありゃ人肌というよりは着物のシワを触っただけだ」

 息もつかせず続ける。

「洗濯板みたいだったなぁ」

 ブチン、

 少年はその時たしかに堪忍袋の緒を切れる音を聞いた。

「ぶっ殺す、」

「キレんなよ、ただのスキンシッ、」

「と、心で思ったなら!その時すでに行動は終わっているんだッ!」

「へ?」

■□■□■□ガッ■□■□■□■□■□■□■□


「ギャァぁぁ〜〜〜!!!」

 その日、その時、近所中の動物たちが一斉に恐怖を感じたようにけたたましい鳴き声をあげたそうだ。

 その鳴き声の中心地には、軽率な行動と迂闊な発言をした、少年の愚かな断末魔があった。





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