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よろしく駄文


 うだるような暑さとはよく言ったものだが、目の前が真っ白になるくらい今日の気温は高かった。

「藍は人間と妖怪どっちが好き?」

「人間」

「……」

 砂漠のような環境を提供する真夏の太陽の下、二人はボンヤリと公園のベンチに座っていた。

 なんやかんやで座敷わらしのリコと付き合うようになって1ヶ月。橘藍は未だに彼女の全容を掴めずにいた。

 ほんのりと赤い頬は、照れているのか、それとも本気で悩んでいるのか一見したところでは判断が付けづらい。

「カノジョが妖怪なんじゃから……ノンタイムで答えなくても」

「戸籍がないから結婚できないだろ」

「むにゃ!?」

「変な声だしてどうした?」

「にょほほほ、藍ったらそこまで考えてくれてるのかのう。照れるのう」

 うぜぇ。気味が悪い笑い声の少女に藍はそっとデコピンを食らわせた。

「俺としては相手は人間に越したことはないですよ」

「むー、なんでじゃー愛こそあれば、all need is love〜♪」

「だって、……子孫残せないじゃん」

 本音をぶっちゃけそうになったが寸でのとこで卑猥な単語を言わずに思い留まる。

 危ねぇ危ねぇ、また殴られるところだった。

 おでこを押さえながら、リコは首を傾げた。

「子孫?子作りか?」

 なんてこともない表情で宣う座敷わらしの少女に、藍は少し戸惑いながら、続けた。

「うん。やっぱり生物の目的は自分の遺伝子を後世に伝えるってことだし」

 うだうだ言い連ねてきたが、結局は【ずきゅ〜ん】したいだけだった。なぜなら彼は男子高校生で、未経験者だからだ。

「コウノトリさんに頼めばよかろう」

「……は?」

「妖怪だろうが人間だろうが赤ちゃんは等しくコウノトリさんが運んで来るんじゃぞ」

 時々リコが分からなくなる。彼女が卑猥な知識に疎いのか、それともそれ相応な良識を持っているのか。少なくともコウノトリ説を提唱する彼女の目は本気だった。

「むぅ、なんじゃそのバカにしたような目は。そんなことよりぬしさんは子ども何人欲しい?我は二人かのう」

 一度は言われてみたいセリフが彼女の口から放たれたが、感動は全くなかった。

 脳裏に仙水を評する樹のセリフが蘇る。

『キャベツ畑』や『コウノトリ』を信じている可愛い女の子に無修正のポルノをつきつける時を想像するような下卑た快感さ。

「……」

 ついこの間、それに近いモノをつきつけたけど、頬をぶったたかれただけだったよ。

「黙りこくってどうしたんじゃ?」

「あ、いや、……たしかお前親がいたよな」

「うむ。我は元人の子じゃからのう」

「いいか、よく聞けよ……」

 そうして彼は語りだした。

 愛の神秘を。連綿と受け継がれる儀式を。おしべとめしべを使って分かりやすく。


「う、嘘じゃろ?」

「俺、保体は100点しか採ったことないんだ」

 純粋無垢な少女は、わなわなと唇を震わせ冷や汗を流す。母親を困らせる質問ナンバー1、赤ちゃんはどこから来るの?その完璧な答えを知らされたリコは、半分涙目になって叫んだ。

「パパとママがそんな、穢らわしい!ふ、不潔じゃ!」

「不潔じゃない」

 きっぱり、とキメ顔で、

「素敵なことさ」

 ほざいた瞬間後ろから頭を叩かれた。


「いてぇー!誰だっ!いきなり何すんだ!」

「それはこっちのセリフよ橘!幼気な女の子になんてことふきこんでんのよっ!」

「げぇ、五十崎!」

 関羽のように現れたのは、橘藍の同級生、五十崎柚だった。同じクラスの端正な顔立ちの女の子だ。また見られたくないところを見られてしまった。

「むっ、いつぞやのワラシ!」

「リコちゃん、久しぶりぃ」

 肝だめし以来の再会ではあるが、あまり会いたい人物ではなかった。五十崎にはいろいろと知られたくないことを知られている。

「そうじゃお主に質問があるのじゃ」

「あら夏休みの宿題?」

「ちゃうわい。聞くところによると、お主民族学研究倶楽部とやらで妖怪の生態に詳しいそうじゃな」

 いや妖怪生きてないから。

「そうだね。そんじょそこらのにわかオタクには負けないよ」

 五十崎も充分にわかオタクだから。

「そうと見越して聞きたいことがあるのじゃ」

「見越し入道の弱点はねぇ、見越し入道見越したと言いながら……」

「話を最後まできけぇい!」

「んー」

「妖怪が人間になる方法を知らぬか?」

 リコのした質問に藍を目を円くし、真剣な面持ちの彼女の顔を見る。

 そうまでして、お前……、彼の胸に感動に似た慈愛が去来する。

「妖怪を人間に……うーん、状況が掴めないなぁ」

「異種間を超えて結ばれる方法でも良いぞ」

「妖怪が人間に恋しちゃったのね、それって素敵!ん?どうしてそんなこと知りたがるの?」

「えぇい!いいから答えい!妖怪を人間にする方法!」

 人差し指を顎にあてながら、質問の答えを考えていた五十崎は、なんとなしに呟いた。

「そうねぇ。逆なら知ってんだけどな」

「む。逆とな」

「うん。だから人間を妖怪にする方法」

「なんじゃと」

 リコは振り返りキラキラと「藍!」と期待に満ち溢れた瞳を彼に向けた。

「断る!」

「……なんの話?」

「あ、いや何でもねぇ。ちなみに参考までに訊くがそれってどんな方法なんだ?」

「たしか妖怪100匹の血を浴びるって最遊記に書いてあった」

「……漫画仕込みかよ……」

 藍とリコが付き合っていることを知っている五十崎だが、リコが妖怪だとは知らない。

「不甲斐なくてゴメン。ちょっと待っててくれたら調べてくるけど……」

 両手を顔の前であわせて五十崎柚はリコに頭を下げた。

「すまぬ。是非お願いするのじゃ」

 対してリコはぺこりと可愛いらしくお辞儀した。

「でも妖怪が人間にって異類成婚譚よね。雪女の例を考えれば無理して人間にならなくても、掟さえ守れば」

「よぅし、五十崎!頑張って調べてきてくれ!わかり次第電話くれよな!それじゃあな!」

 この夏で物事の雲行きを敏感に察知できるようになった彼は、リコを小脇に抱え、逃げるように公園を後にした。


 こもった熱気を外に出すため窓をあける。電気代が勿体無いからクーラーは付けなかった。リコが「暑い暑い」とうるさかったので涼もうと図書館に行ったのだが、閉館していて仕方なく公園で涼むことになったのだ。

 結局、また家に帰ってきたのだけど。

「藍よっ!一つ良いことを思いついたのじゃ」

「ほう、なんだ?」

「我は霊になる前に神の声に導かれて座敷童になったんじゃ、ここまでは良いな?」

「そういや初対面の時にんなこと言ってたな。で?」

 世迷い言だと思ってたけど。

「つまり我は元人間、しからば!」

 ふんぞり返って無い胸をそらしながら彼女は鼻息を荒くした。

「生き返ればいいのじゃ」

「……」

 彼女の発言に藍は数秒思考を停止させた。どちらにせよ不可能に違いなかった。

「座敷童がゾンビになるだけじゃん」

「違わい。プリティーチャーミーな新生リコがぬしさんのハートを鷲掴み、なのじゃ」

「はぁ、妖怪が人間とか、生き返ろうとか無理に決まってんだろ。そんな簡単にザオリクできたら、世界中腐った死体で溢れかえるつっうの」

「えー、キリストだって死んでから生き返ったし、ドラゴンボールさえあれば」

「漫画みたいに単純にいくわけないだろ」

「じゃがドラえもんでもデスノート(読み切り)でも、」

「やっぱり漫画じゃねぇか」

 ため息をつく。そんな簡単に人が生き返ってたまるか。

「そもそもお前なんで死んだんだよ」

 超プライベートな質問を浴びせる藍には、思いやりが欠けていた。だからモテないのだ(友人談)。

「……」

 言ってから、しまった、と思った。目の前でプルプル震える座敷童の目尻には微かに光るものがあった。

「あ、すまん。無理して言わなくても」

 藍が謝罪の声をあげる前に、リコは戸惑いながらもやがて決心がついたらしく、深呼吸をしてから続けた。

「交通事故じゃ」

 いまも忘れないあの暑い夏の日。

「事故?」

「だから今思いついたんだけど」

 一転彼女は明るく言い放った。

「時間を戻せばいいのでは?」

「はあ?」

 彼女の瞳は輝いている。

「うむ!これはいいアイデアじゃ。時間を戻して事故を無くせばパパもママも悲しまないし」

「いやいやいやまてまてまて、落ち着け、馬鹿かお前は!?馬鹿なのか!?過ぎた時は戻らないっつうの!」

「いやしかし、ドラえもんでもドラゴンボールでもタイムマシンは出てくるし」

「またその2つかよ!」

「時速140キロを出せればタイムトラベルは出来るってドクが言ってた」

「プルトニウム入りのデロリアンにしか無理だ、レギュラーガソリンじゃ不可能」

「ふむぅ。文句が多いのぅ」

 少し苛立たげに彼女はため息をついた。

「んじゃある日目を覚ましたら時間跳躍能力が藍に備わる、このパターンで行こう」

「なに勝手に決めてんだタコ!俺を超能力バトルの世界に引きずりこむな!」

「矢に撃たれてレクイエム状態になる方が良いのかのう?アナザーワンバイチャ・ダスト藍!」

「そこで区切ると俺がゴミみたいになるだろ!」

「もしくはセレビィを捕まえるか、航時機を発明して見つけてよドリームするか」

「もっと現実みよう!失った時間は帰らないの!」

 と叫んだところで着信を知らせるアラームが鳴り響いた。眉間にシワを寄せながら携帯電話を取り出す。案の定発信者は五十崎柚だった。

 流石五十崎さん行動が早い、とスピーカー機能をオンにしてから通話ボタンを押す。

『もしもし橘?リコちゃんに頼まれた妖怪を人間にする方法を調べてみたんだけど』

「あーはいはい、いやぁ悪いね」

 リコの瞳がプレゼントを前にした子供のように再び輝く。

『手元にある資料をざっと見た限りでは、そういった情報は載ってないね』

「そうか、あんがとな」

 隣では、プレゼントの中身が『偉い人の本』だった時のようにリコががっくりと肩を落とした。

『まだ調べてみるから、わかり次第また連絡するね』

「おお、悪いな。いやぁ無理すんなよ、ほんとそこまで頑張ってくれなくていいから」

『趣味みたいなもんだから気にしないで。それにしても難しい質問だよ。幽霊を人間に、だったらまだなんとかなるのに』

「ほう。例えば?」

 リコの表情が光明が差したみたいにぱあっと明るくなる。座敷童は不浄霊の延長みたいなもんだからだろうか。

『生き返ればいいんだもん』

「いやそういうのは求めてない」

『または時間を遡って』

「まじでそんな話はしていない」

『あとは、そうだなぁ。他の人間に取り憑くとか』

「なに!?」

『ドラゴンボールが七つ揃えば簡単に復活できるしね』

「いまなんつった!?」

『え?ドラゴンボールが……』

「違う!その前だ!」

 助手の一言でピンときた名探偵のようなやり取りを終え、「そうか参考になった。それじゃまた」と電話を切り、おもむろに立ち上がった。

「どうしたんじゃ?」

「……」

 ごそごそと本棚をいじりだした藍に、リコは首を捻る。やがて手に何冊か雑誌を持って居間に戻って来た彼は朗らか表情でテーブルにそれらを広げた。

「リコ!彼女達から一人選んで乗り移っちゃいなよ」

「なぬ?」

 煌びやかなアイドル達が花咲くような笑顔でプリントされている。

 アイドルと付き合いたいという邪な思いが具象化した藍の下卑た笑顔に、リコは本気で引いていた。

「俺としては、この子がオススメかな。童顔なんだけど豊満なボディしてるし、なにより足がいい」

「……」

「いやしかし、彼女も捨てがたいな。見ろよこの胸!なにより眼力があるよね」

「藍」

「ん?」

「最低。この豚野郎」

「……え、今なんて?」

「もうまったく藍ったら。あんまり冗談が過ぎると、沈めちゃうぞ」

「……」

 座敷童のさめざめとした表情に、藍は知り合いの蛇女を見た気がした。

 直接殴られるより深く、その暴言は彼の心を抉った。





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