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タイム・リミット+ 後


『妖怪と幽霊の違いってなんだ?』

 授業が始まるまでのわずかな休み時間、なんの気なしに五十崎柚にそう質問した藍は数秒で後悔することとなる。

『いい質問ですねぇ』

『……』

『いまフリップ用意するからちょっと待ってて』

『は?』

 彼女は数秒でノートに『妖怪談義』と大きく書き付け、声高だかに講義を開始した。

『柳田国男先生曰く!』

『誰?』

『第一に妖怪は出る場所が決まっているが幽霊は決まっていない。

 第二に妖怪は相手を選ばないが幽霊は特定の相手を狙う。

 第三に妖怪が常時出現し、霊が出るのは丑三つ時とされている。

 もっと単純な説では、妖怪は物や動物が化けてでたもので、人間などの魂が生前の姿で現れたのを幽霊とする、ってのがあるわ。覚えておいてね』

『あ、ああ。……さっぱりだ』

 瞳に星が宿りそうなほどきれいなウインクだった。しかし、教えは藍の耳に留まることなく、右から左へと流れていった。

『うーんそうだな、もっと突き詰めていうと、人それぞれの感じ方だから気にすんなってこと』

『身も蓋もねぇな。んじゃ座敷わらしはどっちなんだ?』

 マニアックな知識に辟易とする藍に、五十崎は首を傾げながら答えた。

『線引き上は妖怪とされてるね。現象や事象を定義づけたものは妖怪、ようは枕がなくなったり幸せになるっていう現象自体が『座敷わらし』って呼ばれてるわけ。さっき言ったように特定の場所に現れ、相手を選ばず、出現する。一応妖怪ね。ただ座敷わらしは幽霊が妖怪化したとする説があるから、あんまりアテにならないかも。あやふやな存在なわけ』

『あやふやね』

 ウチでゴロゴロしている少女を思い浮かべて藍は苦笑した。


「リコは幽霊よ」

 学校での会話を思い出しながらした質問にアヤメは答えを端的に告げた。

 リコは本当に座敷わらしなのか?

 初めて会った時から、ずっと考えていたその疑問に終止符がうたれる。

 内緒でスクラッチクジを30枚買い、結果が惨敗だった時から、ずっと考えていたのだ。

「じゃなんで座敷わらしだなんて俺に嘘ついたんだ?」

「幸せになりたいのかもね。色々と悲惨な目にあった子だから」

「お前は、死に神、だったよな」

「あんまり詮索するようなら、あなたの魂を食べてあげてもいいのだけど」

「いや、いい、なんでもないんだ」

 ゾクリと肌が粟立つ。

 リコは、もしかして、成仏しようとしてるんじゃないのか?

「あいつはどこ行った。墓はどこにあるんだ?」

「行き先なんて知らないわ。定期的に連絡をいれるようには言ってるけど、あの子人の話ろくに聞かないんだもん。お墓はそうね、たしか、小学校の前のお寺にあったはずよ」

「リコは、……幽霊になって永いのか?」

 アヤメはその質問には答えず、小さく舌打ちをしてから口を開いた。

「あなた入院したことある?」

「は?入院?……いや、ないはずだけど、……急になんだよ」

「そう。それじゃあ、そうね」

 アヤメが考えるように上目づかいになったと同時に藍はぼそりと呟いた。

「ただ、病院なら何回か足を運んだことある」

「ケガでもしたの?」

「いや違う。……お見舞いだ。友人の」

 小学校の時、自分のせいで友人にケガをさせてしまったと責任を感じ、足繁く見舞いをしたことを思いだした。

「その時、女の子にあわなかった?」

「女の、子?」

 白江藤吾の妹の声がいまでも耳によみがえる。

『おにいちゃん、しんじゃいやだ!』

「桃里ちゃん?」

「その子じゃないわ」

 必死に当時の記憶を探る。霞がかっていた記憶がだんだんとカラフルになっていく。

「いた、かもしれないな」

 友人にケガをさせてしまった負い目から待合室のソファーで一人うなだれる彼に、声をかけてくれた少女。まだぼんやりしているが、思いだせそうだった。

「おそらくその子がリコよ」

「……」

 口を結ぶ。ほんとうにそんな女の子いたのかさえ曖昧だ。仮にいたとして、それがリコだったかなんてわかるはずもない。

「リコが、俺と会ってる?」

 人形坂梨子……。アヤメに真実を教えてもらってもやはりピンとこない。

 明確な記憶がないのは、俺が無頓着だからだろうか。

「初恋だったって。だからあなたに会いに行ったのよ」

 雨の日、テレビから飛び出した少女。頬を赤らめ、冗談という布でくるまれた告白を、俺にした、少女。

「あの雨の日、あいつはそんなことを考えて……ッ」

「リコはほんとにあなたを愛していたのよ」

 アヤメの声を最後まで聞くことなく藍は、たまらず玄関から飛び出した。いてもたってもいられなかった。どこに彼女がいるのかなんてわからない、だけどなにかせずにはいられなかった。

「っふ」

 アヤメが微笑む音が背中に届いた。


「リコ、お前はっ!」

 息切れが激しい。太陽がまぶしく汗が大量に流れる。

 アスファルトのジャングルをせかされるように走りぬける。

 嫌になるくらい夏だった。

 吐き出す二酸化炭素は湧き上がる熱気に混じって、突き抜けるような青空に登っていく。

 リコ、お前は!


 線香の香り、太陽光を浴びキラキラと輝く花崗岩。

 アヤメの言っていた神社についたのは、家を飛び出して数分後のことだった。

 お盆にはまだ早い。人なんていない。セミが騒がしいはずなのにあたりは教会のような静謐さに包まれていた。

「リコ!」

 墓地で叫ぶほど非常識じゃない。少しだけ大きな声で彼女の名をよぶ。

「やっぱり、いないか……」

 座敷わらしの姿はそこにはなかった。

 行きは軽かった足取りが重い。自宅に帰ることにした。探せばリコの墓もあるかもしれないが、そんな現実、見たくなかった。


 途中、二人で行った商店街を抜けて帰る。

 なんだかんだでちゃんとしたデートはここが初めてだった。プレゼントが欲しいとねだったから、髪留めを買ってやったんだ。

 だけど、なんで、それを置いていったんだ?

「リコ……」

 目頭があつくなった。涙が出そうなったのに自分自身驚く。あんなに追い出したがってたのに、いざ別れてみると寂しいもんなのかな……。

 立ち止まって、小さく息をついた。

「どこ行ったんだよ」

 震える声で呟く。このままじゃ独り言が増えていきそうだ。

 いろんなことがあった。

 テレビから出てきて、びっくりしたけど、なんだかんだで付き合うことになって、自己紹介をした。

 すべり台で名前を教えてあった時、少し近くなった青空が、俺たちを見守っていたんだ。

「公園……?」

 藍はゆっくりとまた歩きだした。

 ブランコを知らない女の子がどこにいる?遊具で遊んだことない少女がどこにいる?

 アヤメはリコは不幸な子だと言っていた。アヤメはリコと俺は、病院で出会ったのだと言っていた。

 彼女は、外を知らぬ入院患者だったのか?

 だから、あんなに誰かと一緒に外を歩くことを望んでたんじゃないのか?

 それを拒否して、俺は……。


 微かな予感が、視界に宿った景色で確信に変わる。

 リコはそこにいた。


「リコ」

「およ?藍?」

 ブランコに腰掛けたリコはつぶらな瞳を、汗だくになっている藍に向けた。

 普段通りの無邪気さで、彼女はにっこり笑った。

「いま次の目的地を考えておるところなんじゃ。アヤメにも連絡せにゃあかんしのう」

「リコ」

 泣き出しそうになりながら、いつもと同じようにぶっきらぼうに彼は口を開いた。

「帰ろう」

「は?」

「早く帰って、夕飯の準備をしてくれ」

「な、なにを言うておるん?今朝言うたじゃろう、今日はちょうど1ヶ月目で」

「関係ねぇ!」

 自分の声が耳に響く。リコは目をまるくして驚いていた。

「時間なんて関係ない。俺はてめぇと一緒に、この先、幸せになりたいんだよ!」

「な、なにをいうておる!」

 リコは頬を赤らめ続けた。

「だ、だめじゃぞ藍。人外の力で得た幸福なぞ所詮まやかし」

「もう既に、お前がいなくなることが、俺にとっての不幸なんだ」

 吐き出すようになんとか言ったその言葉にリコは「藍……」と呟き、

「ありがとう」

 それからお礼を言った。

「だけどのう」

 悔しそうにリコはうつむく。

「我は座敷わらしぞ。口でいくら言うてもこれは変わらぬ。おぬしと我は生きてる世界が違うんよ。なに、ぬしさんならすぐにボンキュボンの彼女が見つかるはず」

「俺は妖怪に恋した」

「にゃ!?」

 リコの顔が変な雄叫びとともにさらに赤くなった。

「お前を好きだって言ってんだ。グダグダくだらねぇこと言ってないで、さっさと家に帰るぞ。幸せにしてくれるんだろ?」

「あああ、あぃ〜」

 ブランコに座ったままリコはボロボロと泣き始めた。

 大粒の涙が、地面にまるいシミをつくる。予想外な彼女の涙に藍はうろたえた。

「な、なんで泣くんだよ?」

「だ、だってぇ〜……」

 へぐへぐと鼻をすすりながら彼女は続けた。

「藍から好きって言ってくれたの初めてなんだもん」

「え?そ、そうだったけな」

 照れ隠しに鼻の頭をかく。

 相変わらずボロボロと泣き続ける彼女は本当に幸せそうだった。

「これからはいくらでも言ってやるよ。だからもう泣くな」

「本当に?」

「ああ、嘘はつかない。約束だ」

「へへっ、嬉しいのぅ」

 リコはそう言いながら笑ったけれど涙の粒は重力にしたがって下に落ちていくだけだった。

「おい、リコっ」

 ふとした違和感に気づいた彼は慌てて彼女の名を呼んだ。

 リコは鼻をすすって満面の笑みを彼に向けた。


「思い残しがなくなったのう」


 足元からリコの体は黄色い光に包まれ順々と、薄くなっていった。

「おい、なにしてんだよ!」

「……藍」

 下からみたクラゲが光とともに海に溶けていくように、彼女の存在が透明になっていく。

「我は幸せじゃ」

「待てよ、おい、お前がいなくなったら、おれは!」

「藍なら大丈夫」

 消える寸前まで、彼女は歯をのぞかせて微笑んでいた。

「私が好きになった人だもん」

 彼女の声はその姿とともに、この世に溶けて無くなってしまった。

「リコ……」

 消えてしまった彼女の名前をもう一度呟くけれど返事が返っくることはなかった。ただ夏の太陽が公園を照らすだけだ。

 主をなくしたブランコが風もないのに微かに揺れた。




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