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19 少年ナイフ


 月にかかった叢雲がどんよりとした闇を森の入り口でたむろする若者たちに落としていた。時刻は20時、お祭りという名義は、門限を緩く設定してくれていた。

 娯楽ラ部とかいうふざけた名前のクラブの部長が、肝試しの開会宣言を行い、辺りはにわかに活気づいていた。ついに待ちに待った肝試しが始まるのだ。しかも小学生むけの子ども騙しじゃない、青年向けの本格的なやつだ。

「可愛いすぎてやばい!あの人なんだよ、これは天が俺に与えてくれたサプライズかっ!?五十崎、お前の知り合いだってさっき言ってたよな!紹介してくれないか?」

 これから始まる肝試しに、ドキドキする他の学生たちとは違い、橘藍は別方向にテンションが上がっていた。手作りの台座でふんぞり返って肝試しの説明を続ける娯楽ラ部部長を指さして、彼は隣の五十崎柚に息を荒げて話かけた。

「柿沢さん?うーん、知り合いと言ってもチョロっと話したことがあるくらいだからなぁ。っていうか、あんたにはリコちゃんっていう可愛いカノジョがいるじゃない」

「だからあいつは1ヶ月限定の関係だって言ってるだろ。もちろん誠心誠意心尽くしてはいるが、本来の俺は、年上好きなんだ」

「サイテー。浮気男は悲惨な末路しかないよ」

「へっへっへ、言ってろ。最近、ロクに目の保養してなかったからな」

 目尻を垂らして締まりのない表情のまま、壇上の美人を見上げる。

「いいねぇ、スタイルも顔も申し分ない。願わくばお友達になりたいもんだ。うーん、これからあの人は脅かし役で森に引っ込むんだよな。それをうまく利用すれば、ッわッ!」

「ふぅっー」

 いつの間にか、遠くでぼんやりしていたはずのリコが人間を超越した素早さで藍の肩によじ登り、息を小さく吐いていた。重さをあまり感じないのは彼女が座敷わらしだろうか。

「おい、急になんだ。俺は今考える事に忙しいんだ。はやく降りろタコ」

「悪しき魂に神の裁きを……」

 藍の首に足を胡座を組むように巻きつけ、肩車状態のままリコは

「転蓮華ッッ!」

 回転した。

「ほぐぬぅわっ!」

 藍の視界も回転するようにブラックアウトする。


……

………

「……痛っ」

「おお、藍、やっと起きたか。開会式はとうに終わったぞ。今一番の人が森に入っていったからそう待たずして我らの番じゃ」

 草の上に寝させられていたらしい。寝違えたみたいに痛む首をさすりながら彼は上半身を起こした。

「俺は、気絶してたのか?急に視界が暗くなって……、それで、くっ数分前の記憶がないぞ。一体なにがあったんだ?」

 リコは「ニタァァ」と微笑むだけで、なにも答えない。

「首の付け根が、ズキズキする……」

「もういいから、早よう立ち上がれ。五十崎女史は意気軒昂とお化けの格好して入って行ったぞ」

「あいつ、脅かし係だったのかよ……」

 妙に事情に詳しいとは思ったがそういうわけだったのか。

 藍はリコの手をつかんで、起こしてもらい、辺りを軽く見渡した。

 先ほどと比べると人数はずいぶんと減っている。どうやら参加者、脅かし役、半々くらいの割合だったらしい。

「ああ、立ち眩み……」

「だらしないのう。少し休んでおれ」

 原因は明白であるが、素知らぬ顔で彼女は藍の背中をさすった。

 ほんと、なんで首が痛いんだろ……思い出そうとすると頭も痛むし、う〜ん。

 いまだクラクラする視界を戻そうとたまらずしゃがみこんでいた藍の肩をリコが小鳥を相手にしているような優しい手つきでそっと撫でた。

「我らの番じゃ。番号が呼ばれておる」

 立ち上がり、森の入り口を睨みつける。

「行くか。なんだかやる気がしおれているが、蛇女の鼻をあかすチャンスだしな」

「うむ。年甲斐にもなく、我も興奮してきたぞ」

 だからお前何歳だよ。

 思ったことをすぐ口に出さなくなった分、彼は成長したのかもしれない。


 肝だめしのルートに照明はなく、暗闇を照らすのは座敷わらしの持つペンライトに毛がはえたような懐中電灯のみだった。微かな湿り気を帯びた赤土の上を、二人連れたって歩きながら、お化け役の気配に二人は微かにびびっていた。

「そ、そろそろだのう」

「ああ、タイミング的にそろそろお化け役が来る頃だ」

 藍はちらりと自らの腕に留められた光るリングを視線を落とす。

 アヤメの言う通り装着したはいいが本当に難易度があがるとしたら、それなりに覚悟しなくてはならない。

 憂鬱をため息でごまかす。それから、口では気丈なことを言いつつビクビクと怯えているのが丸わかりの座敷わらしの肩に手をおいた。

「っひ」

 それにびっくりした彼女に多少呆れながらも、なるたけ優しい声で彼は言う。

「……まあ、なんだ。お化けがお化けにびびってどうする、って話はさておき、俺だって男だし、いざとなったら守ってや」「ばああああ!」

「ぎゃぁぁぁあ!出たぁぁぁ!」

 茂みから馬のマスクを着けた女が飛び出してきた。

「ばあ!……お化けだぞ!どう?怖い?」

「もうわかったからあっちに行け!おぬし!」

「そうはいかないわよ。こっちだって脅かし役として寂しく待機してたんだからね、ここぞとばかりに脅かせてもらいます!ばあああ!」

「ぎゃあああああ!し、しつこいわ!」

「ふっふっふ、部長から光るリングには手加減するなと言われてるから、わたしも容赦しないわよ!」

「……」

 折角のいい雰囲気をぶちこわすエアブレイカーの少女を睨みつける。

 プラスチックの馬仮面が彼女の動きにあわせてブニブニ揺れるだけだった。長い髪の毛はマスクに収まりきっておらず、微妙に飛び出ている。

「なななな、まさか地獄の門番、馬頭がこのような僻地におるとは!?ぐぅ、さすがアヤメ、スタメンが想像以上じゃ!」

「馬並みなのねー、あなたはとってもー」

 ぐいぐいと馬女に迫られるリコを細めで見ながら、彼は普段と変わらぬ口調で助け船をだしてあげた。

「いや、それマスクだ。馬のマスク」

「むっ、たしかにゴム臭いとは思ったが」

「ば、ばれたぁ!『みやぶる』をつかえるなんてとんだヨルノズクだぜぇ!」

 彼女はそう言い残し、茂みに帰って言った。

 一瞬の間を置いて、辺りは静寂に包まれる。

「……なんであんなにテンション高いんだよ」

「ふ、ふん。座敷わらしをナメんなよ、ってところじゃな!」

 勝どきのように片手を天高くあげたリコの頭を軽く叩いて再び歩き出す。

 強がりなのかなんだかしらんが、リコはやっぱり怖がりらしい。じゃなきゃあんなギャグみたいな馬マスクにビビるはずがない。


「とりあえず道なりにそって進んではいるが、これであってんのか?」

「しばらく行くと神社があるそうじゃ。そこに置いてあるお札をとれば肝試しは終了。なんともわかりやすいルールじゃろ」

「単純というかなんというか。まあ簡単なのに越したことはないけどよ」

 馬マスクが現れた茂みから、しばらく歩いた道の上。非日常に高揚していた気分は落ち着いてきて環境に順応しはじめていた。

 怖いというよりただ単に夜の散歩という様相のほうが強い。藍はあくびを噛み殺して、隣を歩くリコをみた。

 彼女はいまも怖いのか、多少青い顔をしている。

「イかれた高校生のイかれたイベントだぜ?本物が現れるわけじゃないんだから、もう少し気を楽にしたらどうだ?」

「むっ、我に言うとるのか。ははは、藍よ、何を言うておる。我は常に自然体よ」

「いや、別にいいんだけどよ。まあ唯一の問題と言っちゃプロデュースバイ蛇女ってところなんだがな」

「それはまったく。なにせ相手は『本物』じゃからのう」

 おまえもだろう。

 思ったことをすぐ口にしなくなった分、彼はこの夏成長したのかもしれない。

「む」

 ぴた、と足を止めてリコが立ち止まった。

「つけられるておる」

「なに?」

 隣の少女の顔をうかがう。微妙にこわばっていた。リコは真剣そのものの表情で続ける。

「後ろじゃ。相手は、ふむ2、いや3人かのう」

「まじかよ」

「おっと気づかぬふりをするのじゃ、藍。できるだけ泳がせて」

 彼女が忠告するより先に振り向いていた藍は、小さくため息をついて、後ろから小走りで走りよる少女を見た。

「もう橘、早いよー。なんでそうスタスタ行っちゃうわけ」

 五十崎柚だった。

 隣で刺客は2、3人とかデタラメほざいたリコを流し目で見る。

「いや、一度言うてみたかったんだもん。ハードボイルドっぽいセリフ」

 ふけもしない口笛をふくように唇を尖らせたリコは、なんとも珍妙な言い訳をするだけだった。

「はぁはぁ、やっと追いついた。橘、私の説明聞いてないでしょ」

 息を切らせて呼吸を整えながら、彼女はそう言った。

「説明?なんの説明だよ」

「この肝試しの注意事項だよ」

 五十崎は前屈みから腰を伸ばすようにして、「あー、くるしい」と胸をとんとん叩いた。どうやらこの決して走りやすいとはいえない道を彼女は走ってきたらしい。

「確かにそんなもの聞いてないが、別にいいだろ。つうかお前、それを言うために走ってきたのか?ご苦労なこったな」

「ほんとよ。私一番最初のところで待機してたんだけど、あんたたちすたこら行っちゃうんだもん。普通なら諦めるけど、橘には注意事項を教えてないの思い出してわざわざ追いかけて来たんだからね」

 ようやく呼吸が整い、いつもと同じ口調に戻った五十崎は小さく息をはいてから続けた。

「リコちゃんもちゃんと聞いてね。言っておくけど、ここ、霊的地場は洒落にならないほど強いから。実際死人も出てるほどよ」

 思わず吹き出しそうになる。お化け屋敷でよくある与太話だ。

「ははは、俺をビビらせようってくだらない話をすんのはよせよ。言っておくが俺の心の耐久性は常人のそれをはるかに凌いでいるからな」

「藍から小者臭がぷんぷんするのう。まるでホラー映画冒頭で死ぬチャラチャラした若者たちのようじゃ」

「……」

 余計なことをほざいたリコを睨みつける。彼女は吹けもしない口笛を「ぴゅーぴゅー」言ってごまかしていた。

「まっ、ともかく注意はしたからね。こっから先は自己責任。なにが起ころうと我々責任者は責任をとらないわよ」

「それ責任者じゃないじゃん」

「まー、ここの土地神である蛇神様を怒らせない限り祟られるなんてことはないだろうけど。ここの神様、すごい力を持ってるらしいから。橘なんて一睨みで昇天しちゃうわよ」

「なっ」

「それじゃ、橘、リコちゃん。頑張ってねー」

 最後に不吉なことを言って五十崎柚はもと来た道を戻っていった。

「……」

 自分の行いを他の参加者たちで鑑みて、口を閉ざしていた藍の肩をポンと叩いたリコがぼそりと囁いた。

「すでに手遅れかもしれんのう」

 まったくもってごもっとも。

 藍は心の中で頭を抱えてうずくまった。




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