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18 ホラーハウスショー


 くじ引きで順番をきめ、二人一組で肝試しは行われるらしい。相方選びは各自自由なのでリコとペアで肝試しをすることになった。

 夏の空気に恐怖を感じるとこなど、どこにもあるはずがない。ただ一つの心配事といえば、恐怖の大王たるヘビ女が意気揚々と脅かし係りに加わったことだ。

「っく、なんという妖気!まるでケツの穴にツララを突っ込まれているような気分だ!」

「いきなり何を言うてんよ。下品じゃの」

 流し目でこちらを見ているリコの肩をぽんと叩き、

「人間の勇気の力をあの化け物に思いしらせてやるっ!」

 自らの軽率さを吹き飛ばそうと、気合いをいれた。


「大げさじゃのう。あ、そうじゃ、あやめから藍に渡すように頼まれていたもんがあるんじゃが」

「ん?」

 リコは懐に手を突っ込み、夜店でよく売っている光るリングを取り出した。

 ブレスレットのように藍の手にそれを装着してから、受けとっていた懐中電灯で手紙を照らし声に出して読み上げる。

『拝啓モルボル様。顔面偏差値32.8、人生がハードモードのあなたにブレスレットをプレゼントします。これを装備していると防御力がマックスまで上がるかわりに常に混乱状態に陥ります』

「はんにゃのめんかよ!」

『でも安心してね。常に頭がパープリンのあなたには効力がないから』

「なら今のくだりいらないだろ!」

 森のどっかにいるアヤメに届け、と声を大にする。

「うるさいのぉ。黙って聞いとれ、話が進まんじゃろう。えー、なになに」

 朗読に水をさされ、少しだけ不機嫌そうに眉間に皺をよせリコは続けた。

『言い忘れてたけど、もう一つの効果が、肝試しにおけるお化けのレベルがあがることです。脅かし役のみなさんには手加減しないよう伝えてあります』

「富士急かよ!」

『それでは良い悪夢を。ラスボスより愛をこめて。ポーキー』

「やっぱり最後は豚にするんだなっ!」

 突っ込みすぎて息をきらしながら、藍はその場にしゃがみこんだ。

「疲れた」

「だろうのぅ。無意味に突っかかるからじゃ。文句なら脅かし役で忙しいあやめに言わないけん」

「ああ、そうだな。がんばんぞ、俺」

 森の入り口に睨みつける。

 入り口は螺旋のように底知れぬ恐怖が渦巻いており、それらを霞に追いやるためか、少年は自らを激励するように叫んだ。

「無限の彼方へ、さぁゆくぞぉっ!」

「盛り上がっとるところ悪いが、名前を呼ばれとるぞ、藍」

「むっ?」

 なんだ、と口を閉じて集中してみると、たしかに自分の名を呼ぶ声がする。

 これは……きたる逢魔が時に、誰かが自分の名を呼んでいるのだ。ある種の恐怖がわきおこる。

「誰だ?」

 目の前にいるリコとは別の幼さ残る声が闇夜に「橘藍」を繰り返し響かせている。

「もう肝だめしは初まってんのか?」

「なんじゃ藍、びびっておるのか?なさけないのう」

 声はどんどん近くなる。どうやら近づいてきているようだ。

「ぼ、」

「ぼ?」

「僕をー、知っているだろぉかー、いつも傍にいるのだけどー、マイネームイズラブー」

「……恐怖のあまり歌い初めおった」

 それはごまかしだった。自分の名前と曲名をかけたくだらないダジャレである。俗世には疎い座敷わらしにはイマイチ通じなかったようだ。


 ついにすぐ後ろから声をかけられ、それに反応し振り向く。

「やっぱり橘だ」

「お、あれ五十崎」

 そこにはあっけらかんと爽やかな笑顔を携えた同級生、五十崎柚が立っていた。どうやら先ほどからしつこく藍の名前を呼んでいたのは彼女のようだ。

「あー、よかったぁ。違ったらどうしようかと思ったよ。それで橘も肝だめし参加するの?」

 きょとんと首をかしげる。とても可愛らしい動作だが、狙ってやってるわけでないのだから、天然というのは恐ろしい。

「ああ、一応な。そういうお前もか?なんでまたこんなチャチなお祭りに」

「お兄ちゃんの部活の人が主催だからね、夏休みで暇を持て余すくらいなら、って参加したんだ。それに一種のフィールドワークもかねてるかも。知ってる?ここ蛇神様が祀られてるんだって。人の死を司ってるんだってさ」

「それはもう」

「あら意外。橘ってそういう俗信とか疎そうなのに」

「俺にだって現実を受け止める覚悟くらいあるさ」

 フィールドワークとは彼女が所属しているクラブ、民族学部の活動でもさしているのだろう。さして興味のない藍は質問を重ねるでもなく、ポケットから携帯を取り出してサブディスプレイを光らせた。

「つうか、肝だめしってもう始まってんの?時間的にはスタートしてもいい頃だと思うんだけど」

「あ、まだだよ。開会挨拶が部長さんからあるから、それ終わってクジの順番でスタート」

 おお、そうか、と納得いったようにこくりと頷いた藍に、

「一人先走らないでよかったのぅ」

 後ろから抱きつくようなカタチで、藍の首に腕を回したリコが声をかけた。

「ああ、まったくだ。初参加は勝手がわからないからな」

「アヤメにもっとちゃんと訊いとけばよかったんじゃ。無意味にケンカ腰になるから」

「うるせぇな。いいじゃねぇか。人間にだってプライドがあんだからよ」

 ボソボソと会話していた藍だが、リコが衆人の目に捉えられる存在になっていることを思い出し、声量を普通のトーンに戻す。しかし、五十崎柚はなぜかきょとん目を見開いていた。

 まさかリコの姿は見えず、独り言みたいになっていただろうか、と焦る彼に彼女は、微笑んで、リコを手のひらを上にして指し示した。

「親戚の子ども?かわいい子だね。怖いの平気かな?」

 藍の背中にぴったりのリコは端から見たら、半ばおんぶ状態だ、そう思われても仕方がないかもしれない。リコはその五十崎の質問が気にくわなかったのか、ブーたれながら口を開いた。

「なんじゃこの失礼なおなごは。おぬしなんぞより我の肝っ玉はよっぽど座っておるわい」

「わあ、かわいい!なんかのゲームの影響?でも今の内からそんな老人みたいな口調してると癖になるから気をつけた方がいいよ」

「むきっー!」

 口で怒りの効果音を発するのはそれだけ彼女が、怒髪天で取り乱しているからだろう。

「田舎の中学生みたいに垢抜けん顔しよって!我を幼子扱いできる顔立ちか、おぬし!」

「きゃあ、橘、この子めっちゃかわいいんだけど!今何歳?小学生?」

 二人の相性は最悪、というより噛み合っていない。

 藍は小さくため息をついた。とてもじゃないが二人の仲を取り持つ気はしなかった。

「なななな、言うに事欠いて我を子女扱いするとは許せぬ暴挙!いくら温厚で有名なリコ様もキレるというもんじゃ」

「あはは、リコちゃんって言うんだ。キュートな名前。着物もスッゴく魅力的だよ!座敷わらしみたい」

「うぬっ、な、なんじゃと、貴様!見抜くとは、ただ者ではないな!さては名のある神職の者とお見受けした!だが我は屈せぬぞ!」

「えー、私はただの高校生だよ。神職に憧れがないわけじゃないけどさぁー」

 リコは五十崎の趣味が人を妖怪に喩えることだと知らない。たまたまリコが座敷わらしと言い当てられただけだ。それがわかっている藍は露骨にパニックになるリコが面白く、笑いをこらえるのに必死だった。

「それに我は藍の親戚ではない、恋人じゃ」

「まあ、おませさん!でもダメだよー、藍お兄ちゃんには彼女がいるからね」

 五十崎柚は藍の家に遊びに行った時、たまたま出くわしたアヤメを藍の恋人だと勘違いしたままだった。

「ふざけたことを抜かすなよ、五十崎とやら。まさか自分が藍の恋人だと言うのではあるまいな?もしそんな嘘をはいてみろ、貴様の唇を引き裂いてくれようぞ」

 ぞわ、と空気が静かに嘶く。

 藍は背中のリコが特有の霊気を発しているのに気が付き身震いした。しかしながら怒りの矛先である五十崎は全く気がついていないようだった。

「違うよー、お姉さんはただの友達。橘のカノジョはアヤメさんっていうスッゴい美人の人」

「「は?」」

 リコとシンクロして藍も口をポカンと開け放していた。

 なにいってんだこいつ。

「おい、五十崎。お前たぶん勘違いしてっから言うけど、んふぐっ!」

 藍がその勘違いを正そうと声を上げようとした瞬間、背後からチョークスリープをかけられる。

「どぉぉいいいう、ことじゃぁあぁ」

「は、はぐ、っう」

「藍よ、返答によってはお主は我らの仲間になるぞ。肉体を失いたくなけば、正直に返事せい」

「あ、あが」

 必死に彼女の手にタップする。細腕からは想像ができないくらい技が決まっていた。

「お主の浮気の虫ごと踏み潰してくれようか。よりにもよってアヤメとは、それ相応の覚悟を決めておるのだろ?二秒やる、その間に答えるのじゃ。ウノ、ドゥーエ」

「……」

「ちょっ、リコちゃん!橘マジで小花畑見えちゃてるみたいだよ!」

 五十崎の助けにより、三途の川を渡らずにすんだ藍は咳き込みながら、リコとそれから五十崎に文句を言った。

「お前ら、バカだろっ!」

 夏の夜風が彼を慰めるように爽やかに吹いた。

「俺のカノジョがあんな毒舌蛇女のわけあるか!スタイルよくてもそんなのこっちから願い下げだ!」

「え、うそ。アヤメさんすっごい美人で性格もいいじゃない」

「アヤメをバカにするのは気に食わんのぅ」

「どないせいっつうねん!」

 関東住みなのに関西弁になってしまった。

「ともかく俺とアヤメは付き合ってなんかないからな!勘違いすんなよ!」

「はーい……」

 しぶしぶと言ったように五十崎は頷き、それからはたと気が付いたように眉をしかめた。

「ちょっとまって、橘、それじゃあ」

「なんだよ」

「えーと、……」

 一瞬の躊躇いを見せてから彼女は続ける。

「橘とリコちゃんが、ほ、ほんとに付き合ってるの?」

「だから、そうだって言って、」

「それってヤバくない?」

「え?」

 五十崎の視線は、テスト休み中、公園ではっちゃっけていたときに向けられていたものと、寸分たがわなかった。

「……っは!」

 引いている。

「?」

 その場できょとんと無垢に首を捻らすのは座敷わらしのリコだけだった。


 そう、多めに見ても、彼女の見た目は中学生、普通に見たら小学生。実年齢は発言等から考えて、さほど自分たちと差がないように思える、が、

「ち、違うぞ五十崎誤解すんな!たしかに付き合ってはいるが、」

「え、付き合ってるの?あ、えーと、……年の差なんて愛があれば関係ないよね」

「だから、違うって」

 俺はロリコンじゃない!

 声を大にする前に、横のリコから回し蹴りを食らう。

「ふげぇっ」

「違うとはなんじゃ違うとは!?あの時の我に囁いた「愛してるぜハニー」は嘘じゃったのかっ!」

「ん、んなこと言った覚えが、」

「その後二人で愛を確かめ合って、ビクビクする我に「天井のシミを数えてる間に終わるよ」と優しく言ったあの言葉も!ぬしさんは、体目当てのゲスだったのか!?」

「どこで覚えたそんなセリフ!」

「ホストになって戻ってきた康夫が八重子に言うておった。意味はよくわからんが、こういう場で使う言葉じゃろ?」

「……」

 彼女がよく見ている昼ドラの話である。

「た、橘、それは、は、犯罪だよ……」

「はっ!?」

 彼はその後、五十崎の誤解を解くため、リコから回し蹴りを5回食らうはめにあう。




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