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16 秒速0.5センチメートル


 お泊まり交渉成立。なんだかんだで藍は自らの意思とは反して、あやめの宿泊を認めることとなった。

 まあ1日だけの辛抱だ、と無理やり自分を納得させ、リコのこしらえてくれたソーメンに舌鼓を打つ。

 口内に広がる夏の風物詩は、彼の高ぶった気分を鎮めるいい材料となった。

 いつもならお昼のニュースを見ながらとる昼食だが、テレビは二人に占領されている。ブラウン管には一昔前のゲームが映しだされていた。

「黄金銃はなしにしようって」

「だったらロケランも禁止にすべきよ」

 死に神と座敷童が、テレビゲームに興じるさまは、人畜無害といったところだったが、彼は騙されるものかと、常に気を張っていた。

 少なくともこのヘビオンナは油断ならない。

 食べおわって箸をおき、手を合わせる。ペロリと平らげた器を流しに置いてから、ソファーで横になろうと居間に戻った彼に、チョップでリコを殺したアヤメが(ゲームの話)画面から目を放さずに言った。

「ポテトチップスが食べたいわ」

「あ?」

「ないの?ポテトチップス?」

「ねぇよ」

 こいつが俺にものを頼むなんて珍しいな、と思ったが、残念ながらその望みを叶えることはできない。

「だったら買ってきなさいよ」

「……」

 何様だよ、と本日何度目かの質問をグッと飲み込んで彼は自らの意思をキッパリと言い放った。

「断る。なんで俺がそんなことしなくちゃなんないんだ」

「私とリコは手がふさがってるの。だったら暇なあなたがパシ、……お使いに行くのが道理じゃないの?」

「パシリって言おうとしただろ!それにゲームやってるやつは忙しいなんて単語使っちゃだめなんだぜ」

「いいじゃない、お客様をもてなすのは家主の度量の見せどころよ」

 それもそうだな、と納得しかけたが、そう簡単に口車に乗るわけにはいかない。

「客人の手土産がないってのも問題だと思うがな」

「あなたがネズミやカエルの死体を欲しいというならいくらでも用意するわよ」

「ヘビ目線で考えるなよ。もっとこうあるだろ、ハムとか」

「あらやだハムじゃ共食いになっちゃうじゃない」

「もうこの話は止めよう、気分が悪くなるだけだ」

 無視するようにソファーにごろんと横になる。食ってすぐ寝ると牛になるとはよく言うが、午睡なら許されよう、字的に。

「私はいまポテトチップスが無性に食べたいと言ったのよ。はぐらかさないでちょうだい」

「ゲームやりながらポテチ食ったらコントローラーがベタベタになるだろうがよ」

 ロケランをリコに浴びせながら(ゲームの話)アヤメはニヤリと片方を釣り上げた。

「むしろそれが目的よ」

「全国小学生ケンカの原因ナンバーワンをここで発動しようというのか!?」

「注意されたらカーペットで拭くから安心して」

「抜かりないな!」

 おやつを要求する死に神の表情は涼しげでいまいち感情がつかめない。

 なにを考えてるのかわからなかったが、ここでボーとしてるのも暇だし、たまには彼女の言う男の甲斐性を見せてやろうと財布を持って立ち上がる。

「仕方ねぇから、差し入れ買ってきてやる。感謝しろよ」

「素敵、惚れちゃう」

 抑揚もない機械のようにそう言われたが、やっぱり顔はいいので少し照れてしまう。

「あやめ、調子に乗るでないぞ」

「あら、こわい」

 自ら仕掛けたモーションセンサー爆弾に引っかかりながら(ゲームの話)リコは頬を膨らませた。

 ふん、差し入れするとは言ったが、その買い物のラインナップを俺にまかせたのがテメェらの敗因だ。ほくそ笑みながら玄関から近所のスーパーに向かい歩みを進める。

 なんだかんだいってゲームの仲間ハズレという状態が微妙に寂しいのだった。


 唯一の人間である藍が出ていった室内には、けたたましい蝉時雨が窓ガラスを透過して響いているのみで、アヤメとリコの間にロクな会話がなかった。

 ただ黙々と作業のようにボタンを操作し、画面の中の登場人物を動かすだけだ。

 何回かゲームの中で殺し合いをした後、リコは、ゆっくりと、下手したらクーラーの稼働音に負けるのではないかという声量で呟いた。

「限界、か」

 テレッテレー、ブラウン管のスピーカーから、死亡時に流れる悲壮な音楽が奏でられた。

 リコはリスタートを押さず赤く染まる画面から目をそらした。


「待たせたな」

「随分と時間がかかっておったようじゃが大丈夫だったか」

「はは、心配無用だぜ」

 30分ほどで戻ってきた藍は、スーパーの袋を戦利品のように高く掲げた。ニヤつきながら袋から取り出したポテトチップスをアヤメに放り投げ渡す。

 怪訝そうな表情でそれを受け取ったアヤメはパッケージをみて毒づいた。

「しお味ね……。私はコンソメがよかったわ」

「まあ、よいではないか。我はなんの味だろうと好きじゃぞ。藍、ありがとの」

「リコがいいならいいけど」

 ヘビ女め、いまに見てろ。自分の苦労をちっとも労わないアヤメに怒りを感じながらも、にやけは収まらない。

 続けて袋から塩昆布をとりだす。

「あら、いいツマミね。なかなかのチョイスだわ」

「あとこれ」

 おもちゃのカエル。

「?」

 カタツムリ。

「なんじゃそ……って、」

 塩(1パック)。

「さいご露骨じゃのう」

 藍の考える座敷童とヘビの弱点だった。


「なんど言えばわかってくれるのか……。我はあれほどクリスチャンだと」

 あきれ顔で塩昆布を咀嚼するリコに、無駄金をはたいてしまったことを悟った。

「ちくしょう。聖水にすべきだったか」

「聖水なんて売ってるわけなかろう。あれはまず教会に行って……」

「いや、そんなことないぞ。その気になれば俺だって精製できるし。ちょっと色つくかもしれないけど」

「ほう、それはすごいのう。藍は司祭の血筋かなにかなのか?」

「いや、なんでもないんだ。忘れてくれ」

 微妙な下ネタは、純粋な乙女には通用しないようだった。汚れなき瞳に怯んで、視線をそらした藍は、脂汗をたらしているアヤメと目があった。

 爬虫類なのに汗かくなよ、とズレた突っ込みを脳内でした藍に、リコから声がかけられた。

「それでそのカタツムリとカエルの玩具はなんのつもりじゃ?」

「ほら、三竦みっていうだろ。ヘビはカエルに勝って、カエルはナメクジに勝つ、ナメクジはヘビに勝つから、お互い相対したら手を出せなくなるってやつ。ようはジャンケンだよ」

 この場合、カエルは玩具、ナメクジはカタツムリ、ヘビはアヤメに変換される。

「よくわからんが、それはカタツムリではないか」

 ペットボトルに入れられたカタツムリがうねうねと体をくねらせていた。

「代用品ですよ。ナメクジが見つからなかったんで。まあ、似たようなもんだしいいかな、と」

 ペットボトルを揺する。カタツムリは平然と粘膜でひっついたままだ。

「はぁ、呆れたわ。藍がまさかそこまで小さな男だとは」

「なにいってやがる。女とはいえヘビになめられっぱなしは性にあわないんだ」

「元の場所にかえしてきなさい」

「はあ?い、いやだよ。けっこう探すの大変だったんだぞ」

 子犬を拾ってきた子どもを諭すようにリコは厳しい口調で続けた。

「かわいそうに、カタツムリ。梅雨が終わり夏を乗り越えるスタミナのペース配分を考える大切な時期に捕まってしまうとは」

「最初はヘビ女を攻撃する手段としか考えてなかったが、苦労したぶんかわいく思えてな。見ろよ、この角、キュートだろ」

「カタツムリのような軟体生物は雑菌の塊みたいなもんじゃし、寄生虫の宝庫じゃぞ」

「め、愛でるだけなら問題ないだろ。俺のことはキサンタ、もしくはツナデと呼んでくれ」

「はぁ、やれやれ」

 ため息をつかれても、カタツムリには愛嬌がたっぷりで、すっかり飼う気になっていた。

 エサはキャベツでいいかな、と冷蔵庫を確認しにいく前に、固まったまま動かないアヤメに気がつく。

「おい、どうした」

「はぃっ!?」

 声をかけられたアヤメは、びくっ、と大きく肩を震わせ、上半身を後ろにのけぞらせた。

「……」

 手にもったカタツムリ入りのペットボトルを彼女に近づかせる。

「ひぃ」

 小さな悲鳴をあげ、彼女はバネのようにバックステップした。

 苦労は報われた!

 当初の目的を思いだし、彼は自分が今まで生きてきたなかで一番邪悪な笑みを浮かべる。

「なあ、アヤメ。カタツムリ、かわいくねぇー」

「な、なななにを言ってるの?暑さでイカレたんじゃなくて?」

「ほら、見ろよ。ツムリンって名前つけたんだ」

「せ、センスの欠片もないわね。は、はやくそんなおぞましい生物、捨ててき、きなさいよ」

 気丈な態度を保とうと必死になっているアヤメは、誰がどうみても、カタツムリが苦手だと分かるものだった。

 三竦みは本当だったんだな、と彼は故事に感動したが、冷静に考えれば、カタツムリやナメクジが平気な女子の方が圧倒的に少ない。

「おいおいそんな寂しいこと言うなよ。同じ地球の仲間だろ。ほーらツムリン、ユァーブラザーですよー」

「き、気色悪いこと言わないで!頭おかしいんじゃないの、気持ちわるいカタツムリなんて、そんな、そ」

 カタツムリが仲間になりたそうな目でこちらを見ている!

「仲間になれるわけないじゃない!」

 全力で拒否られてツムリンはショックを受けたように角を引っ込めた。

「知ってる、ほらー」

「や、やめっ」

 眼前にペットボトルが掲げられる。

「カタツムリの進む速度って、秒速0.5センチメートルなんだよ(大体)」

「だからどうしたのよ!」

「ちょっとロマンチックじゃね?」

「死ね!二度死ね!死んでからも死ね!」

 三竦みの通り足が動かなくなったアヤメは、涙声で怒鳴りつけた。

 完全に調子にのった藍は、尚もニヤけながらペットボトルを嫌がるアヤメに近づかせる。

「ほーらかわいいカタツムリだろ?そんな怖がんなって、サブリミナル効果だって」

 パシャ、と封を切られた塩バックがリコの手より投げられ、

「藍、我は幻滅しとるぞ……」

「わぁーツムリーン!ツムリンがぁ!溶けるっ!?」

 キラキラと塩の雨が藍とツムリンに降り注いだ。


(※このカタツムリはこの後野に帰されました。)

「まったく非道な男よ。嫌がる女子にあんなことを」

「悪かったと思ってるよ……」

 やられっぱなしのイライラがあんな行動に駆り立てたのだ。やり方は最低だが男のプライドは保てた。と、微かな誇りを持って、抜け出た魂が戻り始めたアヤメに謝罪の声をかける。


「まあ、アヤメも許してく、」

「安心してください。あなたの○○を××して、【ズキューン】するくらいで勘弁してやるわ」

「ほ、ほんと申し訳、」

「割れた器は二度と元には治らないのよ。蛆虫」

「……ィッ!?」

 自分の軽率な生き方を、改めよう。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁああぁぁ!!」

 そう思った夏休みだった。




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