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15 勇気はあるのか?

 朝は何度でもやってくる。

 夏休みにはいって一週間、自堕落の生活に体が悲鳴を上げているが、習慣となった夜更かしをやめるなんて簡単にはできやしない。

 その日も昼過ぎに目を覚ました藍は居間にいるはずのない人物を見つけて凍りついた。

「な、なんでテメーがここにいるんだ!」

「今頃目を覚ますだなんて、不健全ですね」

「質問に答えろ、もしくは、そのまま消え果てろ」

 できることなら二度とお目にかかりたくないと願っていたヘビオンナことアヤメが我が物顔でソーメンをすすっている。

「やっぱり夏と言ったらソーメン。何日も続けば飽きるものだけど、一日目の私にとっては贅沢なごちそうよ」「んなこと聞いてないんだよ!俺はなぜここにいるのか質問したんだ!」

「リコー、麦茶おかわり」

 藍の質問なぞ無視してアヤメは空っぽになったコップを、キッチンに向かって高く上げた。

 しばらくしてから元気のいい返事とともに、奥からリコが顔を出した。

「おろ、藍、おはよう。だめじゃぞ、夏休みだからと言って不規則な生活は」

「お、おぉ」

「いまおぬしの分のソーメンもってくるからちょっと待っとれ」

 リコは平然とそういうとアヤメからコップを受け取ってまた奥に引っ込んだ。

「早めに麦茶量産体勢になることをオススメするわ、今年の夏は暑いから」

 アヤメは涼しい顔でキッチンにむかったリコにアドバイスしている。

「って、てめーが何様のつもりだ!」

「なによ。優雅な午後のティータイムを邪魔しようというの?」

 文字通り蛇にらみ。麦茶でティータイムとはおかしな話だ、と思った言葉は彼女の冷たい瞳で発する前に殺された。

「それともオレサマとでもこたえてほしいのかしら。いやね、そんな微妙なジョークいう気になれないわ」

「違うわ!テメーが勝手に人んちの敷居をまたいでんのが気に食わないんだよ」

「あらあら・・・」

 英国の貴婦人を思わせる優雅な微笑を浮かべながら、アヤメは自身の下半身を指差した。

「私は蛇だから、跨ぐだなんて器用なマネできませんよ」

 蛇の尾が蜷局を巻いていた。

「ら、埒があかねぇ!リコ!ソーメンは後ででいいからちょっと来てくれ」

 のらりくらりと箸を動かすヘビオンナより、料理上手の座敷童のほうが日本語が通じると判断した藍はキッチンに向かい大声を挙げた。

 それに応えるように麦茶が入ったコップとひとり分のソーメンの器をもったリコがゆっくりともどってきた。

「そないな大声出さずともきこえておるわ。どうしたんじゃ?」

 テーブルにそれらを置いて、夏の暑さにだれるように座りながら、リコは首だけを藍にむけた。

「なんでこいつがいるんだよ」

「む?アヤメから聞いてないのか?」

 聞いたけど答えてくれないんだよ、とおいしそうにソーメンを食べているアヤメを睨み付ける。もちろん藍の視線のナイフは、彼女に何のダメージを与えない。

「なんでもアヤメの住処の近くで小学生が肝試しを開くんだそうで、うるさくて眠れないんだと」

「肝試し?コイツどこにすんでんだよ」

「本人に聞けばよかろう。目の前におるんだから」

 それもそうだとアヤメを見やる。食べ終わったらしく小さく手を合わせていた。今なら満腹のご機嫌から質問にも答えてくれるだろうか。

「きいてました?アヤメさん?ヘビには耳がないんでわからなかったですかねぇ」

 ここぞとばかりに嫌味を言う。それにすこしムッとした感じにアヤメは答えた。

「鎮守の森よ」

 アヤメ対策にヘビに関してネットで引っ張ってきた知識を披露できた藍は満足げに一度だけうなずいた。

「耳がないけど音はちゃんと聞こえるんだ。それでそこはドコにあるんだ?きいたことないが」

「ここから北へ70西へ80行ったところにあるわ。迷ったら”おうじょのあい”をつかいなさい」

「俺はロトのしるしがほしいわけじゃない!」

 適当なごまかしに冷静につっこまれ、どうすればいいのかわからなくなったアヤメはため息をついてから正直に続けた。

「小学校の裏山のことよ。今じゃすっかり忘れられてるけどあの辺りにはちっちゃいけど神社があるの」

「あー、あのエロ本小屋の」

「?」

 一瞬にして空気が重くなったのを感じた藍は即座に話題を変えようと手足をバタつかせた。リコが眉根を寄せてこっちを見ている。

「いやでもあの辺家ないだろ。ゴミ捨て場になってた気がするぞ」

「だからたまったもんじゃないのよ。住んでる私のことを考えてほしいわ」

「……」

「不気味な雰囲気が漂ってるから近所の子供が集まってくるし、ひどい騒音災害だわ」

 お手上げといったように肩をすくめアヤメは愚痴を続けた。

「不法投棄を失くす為にパトロールの強化が必要とかなんとか言っちゃって、夜中に納涼会を兼ねた肝試しを行うんだもん、ひどい話よ」

「あのさ、ひょっとして、なんだけど……」

 気まずいことを尋ねる自覚があるのか、藍はそっとつぶやくように尋ねた。

「お前、もしかしてホームレスじゃね?」

「……な、なにを根拠に」

「だってあの辺りマジ家ないもん」

 空気が固まった。

 自覚はあっても、空気は読めない、彼の短所の一つだった。

「鎮守といったでしょ!私があの辺一帯のヌシなのよ!homelessとかじゃないわ!」

「アルファベットのかっこよさで誤魔化そうとすんなって。大丈夫、貧乏でも生きてればきっと良いことあるさ。根拠はないけど」

「だから家ならあるって言ってるでしょ?あなたの耳は飾りなの?」

「固定資産税払ってますか?」

「……ルールに縛られるような生き方はしたくないの」

 おたくのお友達も似たようなこと言ってたぞ、と座敷童に非難めいた瞳をむける。

「いやでも、ぶっちゃけ家なき子だろ。だからずうずうしくも他人の家に転がり込んでんのか」

「お山の大将がなにを偉そうに……」

「それに家があるったって、どうせ鬼太郎の小屋みたいな昔懐かしの藁葺き式だろ?妖怪ポストにヘビオンナの除霊頼みたいんだけど」

「リコ・・・、悪いことは言わないわ。早くこのネズミ男みたいなヤツとは別れなさい」

 横で二人のやり取りをボウと見ていたリコは、生あくびをかみ殺していた。

「俺を愉快な妖怪一家に加えんなよ」

 的外れの発言は妖怪二名の心には響かない。

「ともかく」

 話に区切りをつけるため短くそういってからアヤメは語気を荒げた。

「昨日は耐えられたけど二日連続はさすがの私でもむりなの。だから今日はお世話になるわね、リコ」

「うい。それにしても2日続けて肝試しとは、最近の子どもは元気じゃな」

 こっくり頷いた座敷童に危うくだまされるところだったが彼は肝心のことを思いだしていた。

「ここの家主は俺だよ!」

「じゃ、今夜泊めてもらうわね」

 しれっとアヤメは彼を見ずに言った。

「ついでみたいに許可とるなよ!駄目だよ!前に言っただろ、二度と来るなって!」

「お泊り交渉失敗かー」

「おめぇは黙ってろ!」

 某番組のナレーションのような声を上げたリコを一喝してから藍は続ける。

「ヘビはヘビらしく墓石に下で丸くなってろ。ぜぇぇぇったいに泊めないからな!」

 ナイフを持って寝室に乱入してきたり、高枝切ばさみを平然と振り回すような人物を快く迎えるやつがいたらそれは本物馬鹿だ!

 藍は鼻息荒く言い放った。

「それにテメェもバケモンなんだから、脅かしてやりゃいいじゃねぇか」

「前にそれやって怪物大王から怒られたのよ」

「怪物大王?」

「怪物くんのオヤジよ」

 からかわれていることに気がついているが、今更相手にするのも疲れた。寝起きからすでに披露困憊である。

「まあ、私の安眠を妨害するというなら死に神の盟約に則って呪殺くらいなら許されるわよね」

「おいちょっとまて、なんの話をしている?」

「私を怒らせたらどうなるか、あのクソガキどもにわからせてあげるわ。楽に死ねると思わないでね。ホラー映画でも夜バカ騒ぎする若者は惨たらしく殺されると相場が決まっているのだから」

「え?は?」

 混乱極める藍の耳元でリコがぼそりとささやいた。

「楽しいはずの肝試しがぁ、惨劇の夜になるとはぁ、このとき誰が予想できただろうかぁ」

 心霊番組のナレーションのように鼻につくしゃべり方に藍は不機嫌そうに眼がしらを抑えた。

「でも、藍が気にすることはないのじゃ。われらの知らぬところで子供が一人二人、死神に導かれたところで遺族は誰も藍がアヤメを止めなかったからだとは思わぬよ」

「何が言いたい?」

「本日未明、納涼会のイベントの肝試し中に凄惨な事故が起こりました。原因は不明。死者行方不明者はイベントに参加していた小学生十数名。なぜひと夏の思い出がこのような惨劇をもたらしたのか、警察には捜査の進展が求められます」

「おまえは…、だまってろ……」 ニュースキャスター風のリコのつぶやきに、藍はアヤメの宿泊を認めるしか残された道はなかった。



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