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リトルサマーウォーズ 後


 靴を脱ぎ終えた一同を、案内しようと藍はにこやかに声をあげた。

「おしっ、荷物は寝室においてきてくれ」

「え、いや、橘がそう言うならそれでいいけど、……なんで寝室?」

「ベッドでゴロゴロしながら遊ぼーじゃねぇーか」

 質問を無視し、藍は強引に白江と五十崎の二人を寝室に向かわせようとする。

 座敷わらしの退治を目論んでいるからだ。それを阻止しようとしているアヤメは、はりついた仮面のような笑顔を浮かべる藍の肩を掴んで引き寄せた。

「まあまあ、その前に居間に行きましょうよ。おいしい紅茶をいれてあげるわ」

 口調は穏やかだが、目はまったく笑っていなかった。その瞳に静かな怒りの炎をゆらゆらと宿している。

「俺が一人で飲もうと密かに企んでいたやつだ」

 そもそも紅茶があることをなんでこいつは知っているんだ?

「私は別にどこでもいいよー、アヤメさんとお話できれば」

 五十崎柚が手を上げて意見した。彼女たちの目的は、あくまで橘のカノジョ(と勘違いしている)であるアヤメとの恋バナである。

「そうかぁ?んじゃ寝室に行こうぜ」

「なんで橘はそんなに寝室に行きたがるのさ」

「それは……」

 そうだ。なにも白江を無理やりリコと逢わせなくても、口で伝えてやればなんとかなるじゃないか。

「実は、」

 自然の道理にたどり着いた彼が、友人に助けをもとめるより先に、強烈な痛みが襲いかかった。アヤメが肩に置かれたままにしていた手に力を込めたからだ。

「なんでもないっす……」

「?」

 無言の威圧と、言葉を滑らせようものなら握りつぶすと言わんばかりの握力に、彼は口を閉ざすしかなかった。

 口内だけで、ちくしょー、と叫ぶ。

「さぁ、居間に行くわよ。だいたい女性をベッドルームに誘うだなんて人として軸がブレてる。けがらわしい」

 その指摘で気がついたのか、さっきまでケロリとしていた五十崎柚(16)は頬を赤くしてうつむいた。

 それをチラリと横目に藍は声を荒げる。

「軸がブレてんのはどっちだ!夏にホットな飲み物飲みたくねぇよ。せめてアイスティーにしやがれ」

「私自らがウスラボケどものために手をかけてやろうというのに命令すんの?最低なブタねっ!」

「え、ウスラ?」

 しまった、露骨にその表情になって、アヤメは失言をしどろもどろで訂正しはじめた。

「おいしい紅茶をいれるコツなんです!ティーパックをウッスラぼかすよーにお湯を注ぐのが」

 彼女の正体を知らない二人は、腑に落ちない点があるものの納得したように頷いた。

 化け物を追い詰めるのは今がチャンスだ!

「はっ、何がおいしい紅茶のいれ方だ。お前にそんな器用なことができるとは思えんな」

 藍がここぞとばかりに声高になる。実際蛇が他人のため行動するとは思えなかった。

「なによこのハゲ」

「は、はははハゲてねーよ!根拠に乏しい悪口言うな!」

 男は誰もがその罵詈に弱い。たとえ毛根にダメージがなくてもだ。

「髪の毛といっしょに味覚もイカレちゃったから美味しい紅茶かどうか判断もつかないんでしょ」

「失礼な!俺の味覚は半端ないぞ!お前がいれたクソマズい紅茶なんざすぐわかる!」

「なによ。そんなに文句いうならあんたがいれてみなさいよ」

「はん!いいぜ!見せてやるよ!漫画で培った美味しい紅茶の入れ方の技術をな!」

 実際インスタントのティーパックにお湯を注ぐだけなのでなんの問題もない。

 ただお茶をいれるだけなら誰がやっても大差ないだろう。

「そう、じゃお願いね。私たちは居間で待ってるから」

「はっ!」

 気づいたら、アヤメに乗せられていた。


 アヤメの作戦通りキッチンに立たされた藍は、ヤカンを火にかけ、戸棚から取り出したティーパックを、マグカップに引っ掛けた。人数分、いちおう奥でダウンしているという座敷わらしの分を含め5つ、並べる。

 むしゃくしゃしたのでアヤメの分だけ出涸らしにしてやろうとほくそ笑み、ヤカンの火をぼんやりと見つめていた。

 飲み終わったら我らが白江藤吾大先生が魑魅魍魎を南無成仏してくれるはずだから、それまでの我慢だ!

 と企んでいた。


 一方、藍がお茶を運んでくるのを待っている学生二名と蛇の死に神一名は、

「アヤメさんって美人ですねー」

「そんなことないわ」

「いやいや!見てください、朴念仁で有名な白江藤吾が顔を真っ赤にしてるじゃないですか!」

「ちょ、五十崎!急になに言ってんだよ。僕はそこまで節操ないことはしないぞ」

「でもアヤメさんは美人でしょ?」

「そ、それはそうだけどさ」

 わりと楽しく会話していた。

 しかしアヤメの脳内は、そんな浮ついた会話とは裏腹に冷え切っていた。冷静にこの先を乗り切る方法を探す。


 この野郎(白江)をリコに逢わせるわけにはいかない。

 一昔前の私なら危険因子は問答無用で排除していたのに、神となってそういうわけにはいかなくなったことがもどかしいわ。

 くっ、思い出に浸るより先にどうするか決めなくちゃ!

「ところで、」

 思考をまとめるより先に口を動かしていた。

「ホラー映画は好きかしら?」

「え?」

 突然の質問に二人はキョトンとした顔になった。

 その場をつなげるためにした、世間話の一つだ。

「私は、けっこう好きですけど……急にどうしたんですか?」

「いえ」 

 五十崎の答えを聞くとともに、ちらりと白江藤吾に視線をやる。

「白江さんは?」

「僕ですか」

 さて、私はほんとに何を言っているのだろう。

「ええ、ホラーはお好き?」

 さっき連続で見たから妙に印象に残っていたみたいね。

 それよりもリコを守る方法を考えなくてわ。

「うーん、わりかし好きな方です」

 白江の返答を「そう」と頷いた瞬間だった。

 キッチンからヤカンが沸騰した、サッカーの試合終了を告げるホイッスルのような音が響いてきた。お湯が沸いたのだ。

 まずい!

 時間が残されていない。藍がいては白江たちの行動を思うようにコントロールできなくなってしまう。出来るなら今のうちに二人の行動を縛らなくては。

 そうだ!さっき観たホラー映画に、どんなヤツの行動も操るとっておきの一言があったはずだ!

 魔法の言葉、セリフ、セリフだ。あれを言えば

「ねぇ、」

 自然と猫なで声になっていた。

「さ、」

 二人がアヤメに視線をやる。

「先にシャワー浴びてきて」

「え?」

 ホラー映画の見過ぎだった。


「あ、あの。き、急にどうしたんですか?」

「おかしいわね。このセリフを吐けば男は喜び勇んでシャワールームに向かったのに……」

「しゃ、しゃわー、って」

 五十崎柚がまた頬をほんのりと紅くした。

 アヤメさんってば恋人がいるのに、別の人を誘うだなんてっ、と微妙に勘違いしていたからだ。

 白江はというと、こめかみから垂れてきた汗の滴を拭い、少しだけどもりながら、目の前の女性に言った。

「そ、そういうのは僕じゃなくて橘に言ってください。冗談でも心臓に悪いですよ」

「冗談なんかじゃないわ」

 その端的な切り返しに、白江の横にいる五十崎の方が、完熟トマトのようにさらに真っ赤になった。

「それに藍さんはそんなの(除霊)出来ないですし、あなたは(霊能力が)大きそうだから頼んでるんです」

「はっ?」

 ブバッ、白江が混乱するよりも先に、鼻血が噴き出した五十崎が気を失うほうがコンマ数秒早かった。


 五十崎柚は純情な少女である。恋に恋する16歳。

 彼女は昔からオカルトめいたものを好み、それゆえ人間心理がよくわかる恋愛に興味を持っていたのだ。

 しかし彼女が持っているデータは全てフィクションのもの、彼女は免疫というものがろくに備わっていなかった。


「うーん、お兄ちゃん気をつけて、そいつは妖怪変化だよ」

「どんな寝言だよ」

「はっ!」

 まだぼんやりとした世界が、五十崎の視界に広がった。

 鼻血を出して気を失ったらしい。

 クラクラとする脳で、そう理解するのに時間はかからなかった。視線を辺りに這わせてみれば、アヤメに橘、白江が寝かされているソファーを覗きこむように囲んでいる。今彼女の寝言に突っ込んだのは、紅茶をいれ終わった、藍のようだ。

 五十崎が眉間に手をあてるのを見て白江が小さくため息をついた。

「五十崎、大丈夫?」

「あ、うん、ごめん、急にどうしちゃったんだろうね」

 原因は明らかだったがあえて口にしなかった。

 五十崎が倒れた後、アヤメと白江は話合いのすえ、どうにかこうにかお互いの誤解を解いていた。

「熱中症かなんかかな。屋内でも油断してたらなるってはなしだし。それで五十崎、もう気分は悪くない?」

「うん大丈夫。寝てたらよくなったみたい」

 そう言ってから彼女は上体を起こした。

「今日はもう帰ろうか。早くウチ帰って休んだ方がいいよ」

「そうね。これ以上は橘も迷惑だろうし。でも残念だな、アヤメさんともっとお話ししたかった」

 呟いて立ち上がる。アヤメはにこやかに言った。

「私も残念です。今度ゆっくり話をしましょ」


「おじゃましましたぁー」

 玄関から出ていった二人を恨めしそうに藍は見送った。

 ほんとうに、残念だ。うまく行けば蛇もろとも座敷わらしとお別れできたかもしれないのに。

 がっくりと肩を落としてリビングに戻る。

「さて、それじゃ私もそろそろ帰るわね」

 帰り支度を整えたらしいアヤメが落ち込む藍にそう告げた。

 ここにきてようやくグッドニュースだ。頬をほころばせて藍は笑いながら言った。

「おう、そうかそうか。さっさと帰れ。もう二度と来るなよ」

「あらヒドい言いようね」

 すっと近づいて、アヤメは藍の肩に手を回した。

「それにしてもリコを祓おうとするなんて大それたことを考えたわね」

「はっ、1ヶ月の辛抱とはいえ我慢の限界が近づいたんだよ」

「調子に乗るなよゴキブリが」

 耳元でささやかれた声はドスの効いた低い声だった。

 しゅる、肩をなにかがはう。いや、違う。アヤメの手だ。

「お前なんざ」

 藍は恐怖のあまり固まっていた。肩を回されたアヤメの手が、蛇になっていたからだ。

「いつでも始末できるんだよ」


 最後そう言い残して、アヤメは去っていった。


「あれ?アヤメは帰ったのかのう」

「あ、ああ」

 茫然自失状態でソファーに沈むこむように座っていた藍に、完全回復を遂げたらしいリコが話かけた。

「起こしてくれたらよかったのに」

「それよりも、」

「む?」

 友人を見送りすることができなかったことが不服らしく口を尖らせたリコに藍は叫んだ。

「この夏、俺は引きこもるから」

「は?」

「いいか?絶対この家に誰も上げるなよ!友達をよぶな!俺は一歩も外を出ない!」

「な、なぜに」

「今日俺は悟ったんだ!なにか行動を起こすだけ無駄。なら運命に逆らうためにはどうしたらいいか。答えはなにもしないだ!よって俺はこの家から一歩もでない!」

「はあ」

 彼の中で変な世界が目覚めた。





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