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10日々懺悔


 チャイムが鳴り、ホームルームを始まる。教壇に立つ担任が丁寧に名簿順に名前を呼びあげていく。

 「はい」と返事をする順番がくるまでの暇つぶしと言わんばかりの私語は収まりそうにない。教室は潮騒のように賑やかだった。

「他人の恋人を紹介されるなんてはじめて」

「五十崎が頼んだんじゃん」

「それはそうだけどさ」

 後ろに座る五十崎柚と白江藤吾の会話を聞きながら、ぼんやりと橘藍は考える。

(これで、あいつともお別れか……)

 気が早いかもしれない、

 それでも後ろに座る白江の捉えどころのないオーラは彼の家系が退魔師だという五十崎の主張にどことなく説得力を加えていた。

 ひょっとしたら、ひょっとするかもしれない。

 座敷童や死に神が存在したのだから霊能者が近くにいてもなんら不思議ではない。

 だけど

(だけど、これでいいのか?)

 自問自答に対する答えは彼の瞼のスクリーンに、リコという名の座敷童の愛らしい姿を浮かばせる。

 笑顔のリコ

 料理を楽しそうに運ぶリコ

 照れたようにはにかむリコ

 ……それらが浮かぶ度に綿雪のような後悔が胸を掠める、のだが、

 テレビから出てくる化け物

 金をせびる妖怪

 蛇の死に神

 それらの映像が代わりに流れた瞬間

(別にいいな)

 と彼の思考はシフトした。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!」

「素晴らしい!リコ見て!革新的シナリオの誕生よっ!」

「う、ふぉげぇぇ」

 座敷童のリコがこの世のものとは思えない叫び声をあげ、スプラッタが上映されるブラウン管から目を逸らした。

 藍が通う高校とは、歩いて15分の位置にある彼のアパート。

 そこでは相変わらず映画鑑賞会が開かれており、終わりがない猟奇的シーンの連続にまた幼さが残る嬌声が室内にこだました。

 隣のソファーで彼女の首根っこを掴んで離さないあやめの表情は生き生きとして血色に満ちている。

「肉が、骨が、げぇぅぅ」

「見てスゴい!CGがない時代にこのリアリティ!特殊技術のレベルの高さが伺えるわ!それにほら、ただ恐怖を煽るだけじゃなく人肉という近くて遠い存在を観客に知らしめるカメラワーク!脱帽だわ!流石の私もヒクくらいの拷問法ね!」

「やめっ、とめっ、消してっ!」

「なに馬鹿なこと言ってるのリコ!ここからが本番よっ!見て、赤いドロドロが至る所から吹き出してる、人体ってこんな風になるのね、勉強になるわ」

「そんな勉強しとうないわっ!」

 普段クールなあやめが嬉々とした表情のまま高説たれるホラー映画鑑賞はまだまだ続きそうだった。

「きゃあぁぁぁ!」

「わ〜、まさかそこまでやっちゃう?」

「ぎゃああああぁぁぁぁ!とめって!誰か助けって!ぎゃああ、うぅうぅ!!!」

 終わりまでリコの精神と喉がもつか、危ういところだ。


「それでね私すごい疑問に思ってるんだけど」

 数学のテストが返却され、思ったより低かった点数にがっくり肩を落とす藍に、励ますような口調で五十崎が語りかけた。

「なんでアンパ○マンって自分の顔以外のあんパンは常備しないのかな、って」

「心底どうでもいいわ」

 その声は力づける為に出されたものではなく、ただ単に雑談なのだということを彼は静かに理解した。

「それにチーズっているじゃない、犬の。チーズは人語が話せないんだけど、あの世界で喋れない動物がいること事態おかしいよね。カバとかゾウとか果てには無生物の食品でさえ普通に立って喋ってるのに、なんでチーズは素っ裸で四足歩行してるの……、あらなんだからエロチック」

「それ言うんだったらドラ○もんだって裸に首輪じゃねぇか」

「……」

「おい、急に黙ってどうしたよ」

「変態っ!」

「えっ!?」

「橘がそんないかがわしい目でアニメ見る人だとは思わなかった!変態っ!」

「今のは俺が悪いのか!?悪くないだろっ!絶対」

 顔を真っ赤にしてバシバシと藍の肩を容赦なく叩く五十崎に辟易しつつ、2つ折りにした回答用紙を机の奥にしまう。

 執拗な彼女の攻撃は相変わらず「変態」コールとともに繰り出されていたが、五十崎がオーバーヒートするのはいつものことなので別段気にすることはなかった。

 そんな彼女の攻撃を止めたのは、自分の席についてぼんやりとしていた白江藤吾の一言だった。

「でもチーズには彼女がいるよね」

「えっ」

 ピタリ、動きがその言葉で完全に止まった。彼女は衝撃をうけた表情のまま口を閉ざす。

「知らない?なんかちょっと白っぽいメスの犬で名前が確かレアチーズちゃん。それにチーズは喋ろうとすれば喋べれるらしいよ、ただ単に喋らないだけで」

「嘘だぁー」

 にへら、っと強張らせた表情を破顔させ彼女は手首をおばさんのようにくいくいさせて、否定の言葉をはいた。

「いやいや本当だってば。妹が好きだったから見てたんだけど、レアチーズちゃん結構数出てきてるよ」

「……信じないから」

「でも事実だよ」

 急に真剣な表情になった彼女に白江は続けた。

「しかもバタコさんとおむすびまんは両思いらしいし」

「……絶対嘘」

「まあ噂で聞いただけだから」

 付け加えた一言を聞いても、どことなく五十崎は立ち直れていなかった。疲れたようにグッタリと机にダレている。

「子供向けアニメに恋愛要素が絡むだなんて……」

 ぶつぶつと呟いている。

 病気か?と尋ねれば、間違いなく反感を買うだろうから黙って藍は席についた。

 そして小さくため息をつく。

 あいつら、今なにやってんだろ……

 白江が恋愛について変な例えを持ちだしたから、なんとなく気になってしまった。



「わぁ」

「……」

「ねぇ、リコ見てよ、これ。すごいわよ!ものすごい血飛沫!」

「……」

「……リコ?黙っちゃってどーしたの?リコ?」

「……」

「っは!死、死んでるっ!?」

 藍の部屋で、気を失っていた。




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