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読んでいただいてありがとうございます。

 ヴァージルはいつ姿を現すか分からないが、試験の日程はすでに決まっている。

 そして試験は、よほどの事がない限り絶対に実施される。


「というわけで、アンジェラには悪いが、このまま試験勉強に付き合ってくれ」

「ごめんね、アンジェラ。弟さんが来た時は絶対にアンジェラの味方になるから、今は切り替えて試験勉強を……!」


 クラスメイトたちの懇願に、アンジェラはくすりと笑った。

 確かにすでに日程が決まっている試験勉強は大切だし、今日ここに集まった理由がそれだから勉強をやらないという選択肢はない。

 それと同時に、クラスメイトたちがアンジェラの心を軽くしようとわざと軽く言ってくれているのも分かった。


「はい。皆でがんばりましょうね」


 王国に来てよかった。

 アンジェラは心の底からそう思っていた。





 アンジェラは焼き菓子を持って王宮にある騎士団の練習場に来ていた。

 騎士団の練習は一部が一般にも公開されており、誰でも見学が可能だった。

 お気に入りの騎士に差し入れを贈る若い女性も多いが、基本的に差し入れは受付けで渡して届けてもらうことになっているので、直接渡すことは出来ないようになっている。

 ただし抜け道も存在しており、それが高位貴族の紹介状だった。

 それがあれば、直接目当ての騎士に会うことが可能だった。

 アンジェラにその紹介状を書いてくれたのは、ジェラールだった。

 あの場でキリアムが声をかけてくれたおかげで、ジェラールはあれ以上騒ぎを大きくすることはなかった。

 だからキリアムにお礼をしたいと相談したら、すぐに書いてくれた。

 クロウリー公爵家の紹介状を持っていたアンジェラは、すぐにキリアムのいる部屋へと通された。

 第ニ騎士団の主な任務は王都の治安維持なので、普段は見回りに出ていることが多いが、今日はジェラールがキリアムに連絡を入れて面会の予定までしてくれていたのだ。

 受付けで紹介状を渡すとあらかじめ話は通っていたらしく、すぐに第三騎士団の騎士が迎えに来てくれた。そのまま、何事もなくキリアムのいる部屋へと案内された。


「副団長、お客様をお連れしました」


 アンジェラより少し年上の騎士の案内で部屋に入ってキリアムと目が合うと、あの時と同じようににこりと微笑まれた。


「ようこそ、アンジェラ嬢。むさくるしい男ばかりの場所へ」

「むさくるしいなど。皆様のおかげで王国の平穏は保たれております。常日頃より私たち王国の民を守ってくださいまして、ありがとうございます」

「はは、嬉しいですね、そう言ってもらえると。どうぞ、おかけになってください。今、紅茶を淹れます。これでも妹と義弟に鍛えられたおかげで、紅茶を淹れるのは上手いんですよ」


 アンジェラが何かを言う前に、キリアムが楽しそうに紅茶の用意を始めた。

 騎士団の副団長という地位にいる男性だとは思えない手際の良さで紅茶を淹れると、キリアムはきらきらした目でアンジェラを見た。

 ……これは、おそらく、感想を求められているのだ。

 アンジェラ自身はそれほど紅茶を上手く淹れられないが、ミュリエルが上手いのでいつも飲ませてもらっている。それにミュリエルは侯爵家の令嬢で、さらに婚約者が公爵子息なので、茶葉もこだわった良い物を使用している。おかげで紅茶の味の違いが分かるようにはなった。

 ゆっくりと香りが漂ってくる。


「……良い香りですね。まるで甘い果物のような匂いです」


 一口飲むと、見た目の色以上に濃い味が口の中に広がった。


「濃いですね。ですが、すっきりしていて美味しいです。この国の紅茶ではないのですか?」


 王国の紅茶はもう少し薄い。

 かといって、時間がかかっているようには見えなかった。


「えぇ、これはこの国の紅茶ではなくて、もっと東の国の紅茶です、義理の弟が交易を仕事にしているので、お土産でもらったんですよ。うちの連中にも飲ませてみたのですが、揃いも揃って、美味い、しか言わなかったので、ヤツラにはもったいなくて棚の中で眠っていたんです。アンジェラ嬢が来てくれたおけげで、ようやくこの紅茶の良さを分かってもらえる相手に飲ませることが出来ました」


 嬉しそうに言うキリアムに、アンジェラもほっこりした気持ちになった。


「今まで王国産の紅茶ばかり飲んでいましたが、たまには他国の紅茶もいいものですね」

「えぇ。義弟の扱う品物の中には王国産の紅茶もあるのですが、他国の紅茶を知らなければ売りつけられないと言って、行った先々で買ってくるんです。で、紅茶の淹れ方にもこだわりを持つようになったそうです。俺にも教えてくれたおかげで、この国に来てから紅茶を淹れるのがものすごく上手くなりましたよ」

「素敵な義弟さんですね」

「大切な妹が選んだ自慢の義弟です」


 キリアムが本当に嬉しそうに家族について語るので、アンジェラはうらやましく感じた。

 こうやって兄妹仲良くしている家もあれば、アンジェラの家族のように血の繋がった娘を憎み、蔑む家族もいる。

 アンジェラは、王国に来てから家族のことはあまり思い出していなかった。思い出したところで、あの嫌な目ばかりが記憶の奥底から浮かんでくる。

 新しい地での生活と学業に追われていたアンジェラは、祖国のことなどすっかり忘れていたのだが、ヴァージルと会ったことで嫌な記憶が次々と思い出されるようになった。

 

「……正反対ですね……」

「?アンジェラ殿?」


 アンジェラが小さく呟いた言葉は、キリアムに届いていなかった。

 けれど小さく何かは聞こえたようだった。

 キリアムの訝しげな呼び声に、アンジェラは何でもありません、と言って首を横に振ったのだった。

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