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「弟くんは、僕が君に惑わされていると騒いでいたね。ずいぶん失礼な言いがかりだったが、どこをどう見たら君がそんな女性に見えるんだろうね?」
ジェラールは、先ほど会ったヴァージルの言葉を思い出して、首を傾げた。
外見からして真面目そのもののようなアンジェラを見て、奔放な女性だと思う人間は少ないだろう。
逆に、もう少し肩の力を抜いて生きてもいいのに、と忠告したくなるくらいだ。
それなのに、ただアンジェラが男性と一緒にいただけで、彼は迷うことなく決めつけた。
「まぁ、アンジェラが男性を誘惑したと決めつけてきたのですか?その方、アンジェラの実の弟君なのですよね?アンジェラのどんな姿を見ていたのかしら?こんなに真面目で優しい女性なのに」
ミュリエルが自分のことのように怒り、周りにいたクラスメイトたちもざわざわと騒いだ。
「アンジェラのどこに男性を誘惑するような要素があるんだよ」
「真面目に生きてます、っていう風にしか見えないだろう」
「告白したくても近寄れなくて嘆いているヤツなら知ってる」
「アンジェラは遊びで付き合う女性ではありませんわ。もしそんなことを考えている男性の方がいらしたら、私たちで追い払ってみせますわ」
「その通りよ。むしろそう決めつけてきた弟君が遊び人なのではなくて?自分が遊んでいるから姉もそうなのだと思ったのかしら」
アンジェラはクラスメイトたちの言葉を聞いて、苦笑するしかなかった。
クラスメイトたちの言葉が、グサグサと刺さってくる。
そういう見方をされているだろうな、とは思っていたが、やはりアンジェラは生真面目で遊びには向かない女性だと認識されているようだ。
実際、自分でもそうだと思っているので否定はしないけれど、客観的に見てもそういう人間らしい。
「皆さん、私を信じてくださってありがとうございます。私は祖国では奔放な娘だと噂されていました。もちろん私は何もしていませんが、姉と妹が私の名前を騙って遊んでいたんです」
「……何それ。どうしてアンジェラの名前を騙るの?」
「姉と妹は、遊んでいるのが自分だと知られたくなかったんです。だから、家でどうでもいい扱いをされていた私の名前で遊んでいたんです」
噂では、かなり際どい遊びもしていたようだ。
父母に可愛がられている自分たちと、父母から嫌われていて軽く扱ってもいい存在のアンジェラ。
アンジェラについてどんな噂が流れようと、誰も否定も訂正もしない。
「一応、婚約者もいたのですが、普段地味な装いをしているのは誤魔化しているだけだろう、と何度か怒られたこともあります。どれだけ私が否定しても、信じてもらえませんでした」
婚約者の隣でほくそ笑んでいる妹を見るたびに、どうして気が付かないのだろうと思っていた。
噂だけを信じて、すぐ隣にある真実を見抜く力を持たなかった彼ら。
家を出る少し前に兄だけは気が付いたようだったが、アンジェラは何を言われてももうどうでもよかった。
あの時は、家を出ることが唯一の道だと信じていたし、今もそれは正解だったと思っている。
未だに噂だけを信じて、ただアンジェラが男の人と一緒にいただけで言いがかりをつけてきた弟を見た後だと、よけいにそう思う。
「あの人たちに必要なのは現実の私ではなく、あの人たちに都合の良い虚構のアンジェラなんです。実際の私が男の人と遊んだこともないような人間でも関係ありません。そして、その文句や怒りを現実の私に向けていたんです」
きっと厳格な曾祖母の生まれ変わりのような娘を男にだらしのない奔放な女に仕立て上げることで、曾祖母に対する恨みを晴らしていたのだろう。
アンジェラを見下すことで、曾祖母を見下したかったのだ。
「幼い頃からずっと嫌われていました。変な噂も社交界に広まっていたので、国を出ることを目標に図書館でずっと勉強をしてきたんです。そこでこの国の外交官の方と出会って、国を出るなら一緒に行けばいいと誘っていただいて……。嬉しかったんです。初めて私を私として見てくださる方と出会えて。あの国を出られるのならどこでもよかったのですが、せっかく出来た縁を頼ってフレストール王国に来たんです」
後見をしてくれている宰相は、アンジェラの祖国や家族が何を言ってこようが気にする必要はない、と言ってくれた。
ミュリエルのようにこの国で出来た友人たちは、アンジェラをアンジェラとして接してくれる。
「私を私として接してくれる。当たり前のようですが、私にはそれが嬉しかったんです。誰も現実の私を見てくれないあの家の人とは、二度と会うことがないと思っていました」
会っても気が付かないと思っていた。アンジェラの顔なんて覚えていないと思っていた。
「先ほどのジェラール様への態度から考えると、弟は未だに私のことを噂通りの女だと信じているのでしょう。留学してきたと言っていたので、学園に通ってくると思います。学年は下ですが、どこかで会えばきっと私のことを悪く言うでしょうし、一緒にいれば皆さんのことも悪く言うかもしれません。申し訳ありません」
「誹謗中傷を言うのは弟さんでしょう?アンジェラじゃないわ。アンジェラがそんな弟を背負うことなんてないのよ。幼い子供ではないのだから、言った言葉に対しては自分で責任を負ってもらいましょう」
ミュリエルがそっとアンジェラの手を取ってそう言った。
「私の時はアンジェラにずいぶん助けてもらったわ。私は私の知っているアンジェラを信じてる」
「僕もアンジェラを信じているよ。よく考えたら、本当のアンジェラと一緒にいる時間は僕たちの方がアンジェラの家族よりも長いんじゃないのかな?だって、彼らが過ごしていたのは虚構のアンジェラなんだし」
「そうね、私たちは現実のアンジェラと過ごしているもの」
ジェラールとミュリエルが笑顔でそう言うと、クラスメイトたちも大きく頷いた。
「そうだよなー。アンジェラにいつも勉強を教えてもらってるし」
「アンジェラとのおしゃべりは楽しいですわ」
アンジェラは、いつの間にか目の端に溜まっていた涙をぬぐった。
「……ありがとうございます」
「私たちはアンジェラが大切だから、きっと弟くんには容赦出来ないけど、いいかな?」
何故かクラスメイト全員が良い笑顔だった。
「……お手柔らかにお願いします……」
その言葉を言うことが、姉としての精一杯の擁護だった。