⑤
読んでいただいてありがとうございます。「誰のための幸せ」の修正・加筆をしていたので遅くなりました。
「スーシャ副団長」
知り合いらしいジェラールがキリアムに声をかけた。
アンジェラは彼が副団長だとは知らなかったので、ちょっと驚いていた。
……副団長だったんですね……子供相手に戸惑っていたので、そうは見えませんでした、すみません。
正直に心の中で謝っておいた。本人には、機会があったら謝ろう。
「クロウリー公爵子息殿ではありませんか。お久しぶりです。それで、この騒ぎは一体?」
騎士であるキリアムがジェラールに「公爵子息」と呼びかけたので、ヴァージルの顔が一気に青ざめた。
アンジェラは、自分たちが思っているようなあばずれじゃない。
いくら兄からそう言われたとはいえ、ヴァージルは半信半疑だった。それに働いてもいなかった姉がどうやって祖国を逃げ出したのか、お金はどうしたのかなど色々と疑問に思っていたことがあったので、身なりの良さそうなジェラールを見てやっぱり姉がそういう男を籠絡していたのだと思い込んだ。
まさか、その男が公爵家の人間だとは思ってもいなかった。
それもこのフレストール王国の騎士が親しそうに呼びかけているのだから、当然、この国の公爵家のはずだ。
姉がそれほど身分の高い男性と一緒にいるなんて、全くの想定外だった。
「友人と手土産を買って婚約者のところに行こうとしていたところなのだが、そこの者が変な言いがかりを付けてきたんだ。彼女は僕の婚約者の大切な親友でもあるんだ。アンジェラを傷つける者を僕たちは許さないよ」
ジェラールがそう言ってヴァージルを冷たい目で見たので、ヴァージルはさらにびくついた。
姉に引っかかる程度の男なんて、身分が高いわけがない。
いくら王国の貴族だろうが、せいぜい男爵程度だろう。
本気でヴァージルはそう思っていた。だからこそ、それが証拠のない冤罪だとしてもどうとでもなると思ったのだ。
「ヴァージル、謝った方がいいですよ。この方はあなたが思っているような方ではありません。それとも王国の公爵家を敵に回してもいいというのですか?」
「そ、それは……」
いいわけがない。だが、姉の前で姉の知り合いに謝りたくなんてない。
だって、いつだって正しいのはこっちのはずだ。
姉が全て悪くて、自分たちは悪くなんてなくて……。
「あなたが考えていることはだいたい分かりますが、公爵子息に言いがかりを付けたのはあなたです。私ではありません」
弟の態度にアンジェラはため息を吐きそうになった。
長年、全てアンジェラが悪いと決めつけてきた考え方は、そうそう変わるものではない。
兄のように自分で気が付いたのならともかく、弟とはまともに会話したことさえない。
どこまで兄から聞いているのか知らないが、聞いただけならきっと変わらない。
だって、全てアンジェラのせいにしておけば、彼らが傷つくことなどないのだから。
「ヴァージル……」
名前を呼んで促したが、ヴァージルはいっこうに謝るそぶりを見せなかった。
「はぁ。アンジェラ、君は優秀なのに弟の方はそうでもないようだね。今回は見逃してやる。だが、次はない、覚えておけ」
ジェラールは、婚約者のミュリエルやお気に入りの友人であるアンジェラには見せない冷たい瞳でヴァージルを睨み付けた。
「クロウリー公爵子息殿、よろしいのですか?」
「未成年の言いがかりだ。今回だけはかまわない」
「はい」
キリアムはヴァージルをチラッと見ると、周囲に集まった者たちを解散させた。
「約束の時間に遅れそうだな。アンジェラ、ミュリエルが待っているから、早く行こう」
「はい、ジェラール様」
アンジェラも今のヴァージルには何を言っても無駄だろうと思って、大人しくジェラールと共に馬車に乗った。
馬車に乗る時にキリアムの方を見るとにこりと微笑まれたので、小さく会釈をしておいた。
「申し訳ありません、ジェラール様。弟が変な言いがかりを付けてきた上に、あのような態度を取って……」
「アンジェラが悪いわけじゃない。君は宰相閣下が後見しているし、信頼出来る女性だと思っている。だから君が祖国を捨てた詳しい事情を今まで聞かなかったのだが、話してくれる?」
「……そうですね。先ほどのようなことがまた起こってしまう可能性もありますし……勉強会の前に、お話しします。あの子は留学してきたと言っていましたから、学園で何かしらの問題を起こすかもしれません。今日の勉強会に集まる皆さんにも、聞いておいてもらった方がいいと思うので」
ジェラールだけでなく、他のクラスメイトにも迷惑をかけるかもしれない。
ミュリエルの前の婚約者のおかげで、クラスメイトたちともずいぶんと仲良くなった。
ヴァージルがどれだけ騒いでもアンジェラのことを信じてくれるとは思うが、巻き込んでしまう可能性が高いので、事情を説明しておいた方が絶対にいい。
アンジェラには、知られてまずい過去などない。
捨ててきた過去が弟の形を取って追ってきた。それは、とても嫌な予感しかしない。
そう思ったアンジェラは、深く息を吐いたのだった。