㊺
読んでいただいてありがとうございます。
自分にこんな日が来るなんて思ってもみなかった。
穴場的な場所にあるカフェでキリアムと向かい合って座りながら、アンジェラはふとそんなことを思った。
恋人は、アンジェラを大切にしてくれている。
不器用ながらも、アンジェラもキリアムに恋人として接するようになった。
手を繋いでデートをするのが、照れるけれど楽しい。
初めての恋に浮かれていると言われれば、きっとそうなのだろう。
「アンジェラ、勉強の方はどう?」
「試験の結果は上々でしたよ」
勉強は今までのアンジェラを形作ってくれた大切なモノだ。疎かになんてしない。
「アンジェラは真面目だから大丈夫だとは思ってはいたけど、色々とあったから心配していたんだ」
「案外、ヴァージルに勉強を教えたのが、いい復習になりました。クラスメイトともいつも通り勉強会もしましたから」
「そうか」
キリアムは、アンジェラと会えるのは嬉しいが、そのせいでアンジェラの勉強が滞るのは困ると思っていたので、成績が落ちていないことを聞いて内心で安堵していた。
ただでさえ、こちらは大人でアンジェラはまだ学生だ。
普段会う時は、アンジェラの方が時間の調整をしてくれている。
「王宮の採用試験は受けるのか?」
「はい。元々、その予定でしたので。先生からも、このままの成績を維持出来れば大丈夫だと言われました」
「文官も武官も、基本的には試験を受けないといけないからな」
とはいえ、試験の内容はかなり違う。
文官の試験の内容は難しいものばかりだが、体力面の試験はない。武官の方は紙の試験は一般的なもので、実技や体力といった試験の方に重きを置く。
「キリアム様も受けられたんですよね?」
「あぁ。勉強は、義弟に手伝ってもらった」
他国から移住してきたキリアムは、試験を受けるためにしばらくの間、義弟の家で世話になっていた。
実技の方はともかく、書き問題に関してはフレストール王国に関することも多く、義弟に教えてもらいながら勉強をした。
「あれだけ勉強をしたのは、学生の時以来だったな」
義弟は教えるのが上手かったので、キリアムも勉強をしていて楽しかった。
久しぶりの学生気分になれたので、あれはあれで面白かった。
「どこを希望するつもりなんだ?」
「……外交官です」
ディウム王国という国の、さらに伯爵家という小さな場所で虐げられて生きてきたアンジェラは、広い世界を知ってしまった。さらに世界は、フレストール王国だけではなく、もっともっと広い。他国との関わりを一番持つ外交官という仕事に、アンジェラは興味を惹かれた。
ただ、そうなると、キリアムとはあまり会えなくなってしまうかもしれない。
その頃の自分たちの関係がどういうものになっているのか分からないけれど、傍にいられなくなる。
「そうか。なら、君が一人前の外交官になって外に行く頃には、俺も部署異動の申請を出すか」
「え?」
「外交官の護衛は前にもやっていたし、移動に関しても問題ないと思うよ」
アンジェラは驚いた顔をした。
「何を驚いているんだ?」
「だって、私は他国に行ってしまうかもしれないから、キリアム様に会えなくなるって思って……」
キリアムはくすりと笑った。
「夜会なんかはパートナーが必要だろう?俺は、君の相手を誰かに譲るつもりはないよ。それに」
「それに?」
「俺は、愛する女性を傍で守りたい」
その言葉に、アンジェラの顔がうっすらと赤くなった。
「……妻の手を取るのも、妻を守るのも、夫の特権だろう?」
妻、という言葉に、アンジェラはさらに顔を赤らめた。
それは、将来の約束をするような言葉だ。
他の誰かの言葉なら信じられなかったかもしれないけれど、キリアムの言葉なら信じられる。
「……夫を守るのも、妻の役目です……」
「なら、お互いを守れるような関係を築いていこう」
「……はい」
ひょっとしたら、どこかでケンカをするかもしれない。
そうそう全てが上手くいくとも思わない。
もし問題が起きた時は、その都度、二人で解決していけばいい。
あの時、初めて船に乗って祖国を捨てた時は、まだ漠然とした未来しか見えなかった。
けれど、今は、キリアムと一緒に歩む未来がはっきりと見える。
「とはいえ、それは正式にアンジェラが外交官になってからの話だな。まずは、目の前のことを一つずつやっていこう」
「はい、キリアム様」
後見人の宰相閣下への挨拶とか、シスコンを拗らせた弟とか、色々問題はあるけれど、きっと何とかなる。
アンジェラは、にっこりと微笑んだのだった。
ひとまずアンジェラの物語は終了です。長い間、ありがとうございました。




