㊷
読んでいただいてありがとうございます。本年もよろしくお願いします。
「嫌よ」
不機嫌な顔をしたサマンサは、ベルナルドとヴァージルを睨み付けた。
「嫌とか、お前の意思なんてどうでもよくて、お前はベルナルド殿とディウム王国に帰るんだ」
「嫌ったら、嫌。お兄様に私をどうこうする権利なんてないわよ。あんまりうるさいと、お母様に言いつけるわよ?そうしたら、お母様とお父様から怒られるのはお兄様よ」
「残念だけど、言いつけたところで俺が怒られることはない。だいたい、どうやって言いつけるつもりなんだ?ここには誰もいないのに」
「えっと……手紙で」
「意味のないことは止めろ。手紙代がもったいない」
「意味はあるわよ!私がお母様に手紙を書いたら、お兄様への仕送りが止まるんだから!」
得意気な顔をしたサマンサに、ヴァージルはため息を吐いた。
「お前、兄上からの手紙を読んでないのか?」
ヴァージルに届いた手紙には、サマンサにもブレンダンが伯爵家の実権を握ったことを書いた手紙を出したと書かれていた。
その手紙を読んでいれば、こんな脅しは無駄だと分かっているはずなのだが。
「……読んでないわよ。どうせ、帰って来いって書いてあるだけだと思ったから」
「馬鹿だな。嫌だろうが何だろうが、そういう手紙はちゃんと読むべきだ。読んだ上でどう判断を下すかは自分次第だがな」
ヴァージルの言葉にサマンサはカッとして言い返そうとしたが、自分を見る兄の冷たい目に身体が少しだけ震えた。
今まで、兄にこんなに冷たい目で見られたことはなかった。
「ベルナルド様、ベルナルド様も何とか言ってください」
兄の視線から逃れるためにベルナルドを味方に付けようと思ったのだが、そのベルナルドもサマンサを冷たい目で見ていた。
「ベルナルド様?」
今までずっと、不出来な姉の可哀想な婚約者だったベルナルドはサマンサを可愛がってくれていた。
確かに、つい先日、少し揉めたけれど、それは全て姉が悪いのであってサマンサは悪くない。
だから、こんな風な目で見られる覚えもない。
「サマンサ、俺はブレンダン殿からお前を連れ戻すように言われている」
「だから、それは嫌だと」
「どうでもいい」
「え?」
「だから、お前の気持ちはどうでもいいんだ。俺は頼まれた仕事を早く終わらせたいんだ。お前を連れ帰れば、それで俺の仕事は終わる」
サマンサを連れ戻すという仕事が終われば、ベルナルドは自由になれる。
もう一度ここに来て、アンジェラと話をすることが出来る。
「仕事?え?ベルナルド様の仕事?」
「そうだ。ブレンダン殿から頼まれた仕事だ」
「仕事って何よ!ベルナルド様は私の!」
「私の何だ?俺の婚約者はアンジェラだ」
「あれだけ嫌っていたのに、よく言うわね」
婚約者はアンジェラだと言ったベルナルドを、サマンサは馬鹿にした顔で笑った。
「そうだな。俺もお前も、アンジェラの悪口ばかり言っていたな。今は俺たちが言われる立場だ」
「はぁ?何で私が悪口を言われなくちゃいけないのよ」
「それが理解出来ない程度の人間なんだよ、お前は。はは、俺もか……。ディウム王国の社交界で俺たちがどういう風に言われて笑われているのか知らないのか?いや、俺とお前では違うか。俺は真実に気付かなかった愚か者で、お前は男にすぐに媚びて夜遊びが激しい女だ。しかも、バレバレなのに姉の名前を騙っている愚か者だ。同じ愚か者でも、色々な言われ方をするもんだな」
「そんな噂、余計に帰れないじゃない!私、絶対にここに残るわ!」
ベルナルドの言う噂がどれだけ広がっているのか分からないが、そんな噂が立っている以上、絶対にディウム王国に帰れない。
サマンサにだって、多少は自分の態度が悪かったという自覚があった。
同世代の女性たちの中では少々傲慢に振る舞ってしまったこともあったし、友人を馬鹿にしたこともある。
年上の男性と遊べない女性たちに見せつけるような態度を取ったこともあったし、婚約者のいる男性に近付いたこともあった。
しょせん、夜の間だけの遊びで、将来、自分はベルナルドと結婚して伯爵夫人になるのだから、それくらい許されると思っていた。
実家も伯爵家だったし、そんな噂を立てられるなんて、想像もしていなかった。
「ここに残って、こっちで結婚するわ」
こちらでは多少大人しくする必要はあるけれど、それこそディウム王国とは規模が違うのだから、サマンサが入り込んだって目立たないはずだ。
「お前がここに残ったとしても、今まで見たいな暮らしは出来ないよ。それこそ、兄上からの仕送りはなくなるから」
ヴァージルが呆れたような感じでそう言った。
「え?待ってよ、お兄様!どういうこと?」
「そのままの意味だけど?サマンサがここに残っても、家のお金は一切使えなくなる。お前が何かを買おうとしても、伯爵家のお金は使えない。もちろん、すぐに商人には通達するから、だまそうとしても無駄だよ」
「ゆ、許されないわよ!そんなこと!」
「許されるんだよ。言っただろう?父上と母上には、もう実権はないんだって。全て兄上が握ったんだから、何も持たないお前は、兄上の言う通りにするしかない。アンジェラ姉上のように、自力で何とか出来るのなら別だけど、母上に甘やかされて育ったお前には無理」
「出来るわよ!私にだって!」
「無理だよ。アンジェラ姉上のように成績が良いわけでもないし、自分で後見人を見つけられるわけでもない。言っておくけど、今この状況でお前の後見人になるっていう人物が現れても、それはお前を騙すつもりしかないからね。どこかに連れて行かれようと、伯爵家は一切関知しないよ」
具体的な場所などは言わなかったが、サマンサにだって理解出来るはずだ。
サマンサは苛立ったのか、握った手がふるふると震えている。
「お前の選択肢は二つ。一つはこのまま大人しくベルナルド殿と一緒に帰ること。もう一つは、伯爵家との縁を全て切って一人で生きていくこと。前者の場合は、家までの旅費などはこちらから出す。後者の場合、お前がどこでのたれ死ぬことになろうとも、伯爵家は関知しない。今すぐどちらかを選んで」
ヴァージルに選べと言われて、止めてほしくて媚を含んだ目でチラリとベルナルドの方を見たが、ベルナルドはサマンサに興味がないのか、あらぬ方向を向いて無言で立っていた。
「さぁ、どうする?」
無視をするベルナルドのことなど眼中にないのか、ヴァージルがサマンサに聞いた。
さすがに今ここで無一文で放り出されたらどうなるのかは、サマンサでも想像出来る。
そんな生活はしたくないのが本音だ。
今のまま、好き勝手に生きたい。
それにはまず、ディウム王国にいるブレンダンを味方に付けないといけない。
幸い、ブレンダンとの仲は普通だ。
ちょっとアンジェラの悪口でも言えば、きっと乗ってくる。
そうしたら、今度はヴァージルの悪口を言って仕送りを止めてもらえばいい。
ジタバタして悔しがるヴァージルの様子をディウム王国に戻って高みから見物をしていれば、気分も良くなるだろう。
どちらにせよ、一度、ディウム王国に戻らなくてはいけないことは理解出来た。
「……ふぅ、仕方ないね。分かったわ、じゃあ、ベルナルド様と一緒に戻ってあげるわよ」
仕方ないと言いながらも上から目線の言葉だったのだが、ベルナルドは興味がないのかさらっと無視をして、ヴァージルは何を言っても変わりそうにない妹に、諦めたような視線を送ったのだった。
アンジェラ、出なかった……。




