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読んでいただいてありがとうございます。アンジェラの物語は、これが今年最後の更新です。が、アンジェラが出て来なかった……。年明けにはきっと幸せになったアンジェラをお届け出来ると思います。
ベルナルドがうつむいたまま泊まっていた宿の部屋に帰ると、待ち構えていたヴァージルが思いっきり殴りかかってきた。
ダンッという音が響き、ベルナルドは部屋の壁に激突していた。
「アンタ!本当に何考えてんだ!」
激高したヴァージルは、ここが宿屋だということも忘れてベルナルドに向かって大声で叫んだ。
壁に激突した背中と殴られた頬が痛かったが、アンジェラに拒絶されたことで意気消沈していたベルナルドは、のろのろと顔を上げた。
「ヴァージル?どうしてここへ?」
「スーシャ副騎士団長がアンタを追って行ったんだ。だから絶対に姉上を無事に取り戻してくれると思っていたから、ここでアンタが帰って来るのを待ってたんだよ!」
「……スーシャ副騎士団長……あの男か……」
アンジェラを連れ去った忌々しい男。
当たり前のようにアンジェラの手を取っていた。
「アンタはもう、姉上の隣にいる資格をなくしただろう?サマンサの手を取った時点で、もうアンジェラ姉上との関係なんて綺麗さっぱりなくなってるんだよ」
「お前がそれを言うのか?アンジェラのことは、お前だって同罪だろう?なのに、なんでお前だけ許されてるんだ?アンジェラの傍にいられるんだ?親しげに名前を呼ばれて、弟だと認められて。どうして、お前だけ!」
ベルナルドの悲痛な声に、ヴァージルの怒りに燃えていた心がすっと冷めていった。
確かにベルナルドの言う通りだ。
ディウム王国にいた時のアンジェラに対する罪は、ベルナルドとヴァージルにそんなに違いはない。
婚約者と弟という立場に違いはあっても、やっていることは同じだった。
アンジェラを認めず、アンジェラに辛く当たって。
違うのは、この国に来てからの態度だ。
最初こそヴァージルも間違えたけれど、間違いをきちんと認識して謝り、もう一度姉弟としてやり直すことが出来た。
「本当は俺にだって、こんなことを言う資格はないんだって分かってる。だが、俺は、過ちを認めて姉上に謝った。だから姉上はもう一度、俺と姉弟としてやり直す機会をくれたんだ。最初はぎこちなかったけれど、それでも姉上と少しずつ話をして一緒に笑って過ごすうちに、自然と姉弟という仲になったんだ。俺はその機会を逃さなかった。アンタには二度、その機会があったはずだ。それを気付かずに逃したんだ」
「二度?」
「そうだ。一度目はディウム王国の図書館で姉上に会っていた時、二度目はこの国で姉上に再会した時。アンと名乗っていた姉上に気付いて守ることが出来ていれば、アンタは今頃、姉上と結婚していたかもしれない。この国で再会した時に過ちを認めて謝り、この国で姉上を支える決意があれば、今頃、姉上とこれからどうしていくのかを一緒に考えていたかもしれない。そのどちらの機会も逃したのは、アンタ自身だ」
「……お前は、逃がさなかったということか?」
「そうだ。俺はみっともないと思われても、姉上に謝る道を選んだ。父や母が何と言おうと、自分が接した姉上を信じると決めたんだ」
「……俺、は……」
「アンタが今、姉上に出来る最良のことは、サマンサを連れてさっさとこの国から出て行くことだ」
「サマンサが俺の言うことを聞くと思うか?」
「聞かなくても、無理矢理船に乗せるとかは出来るだろう?それくらいなら、俺も手伝える。兄上から手紙が届いて、サマンサの事は俺とアンタに一任するってさ」
今までなら、ブレンダンが何を言っても母がサマンサを甘やかしていた。
けれど、すでに母にその権限はない。
全てブレンダンが取り上げた。
ヴァージルに届いたブレンダンからの手紙には、もしあまりにごねるようならば、サマンサの使える資金を全て取り上げると言えばいいと書かれていた。
何だかんだとお金に不自由したことのない身だ。
それだけでサマンサは文句を言いながらでも従うだろう、と。
ディウム王国に戻れば母が何とかしてくれると楽観的に考えて。
戻って来たらすぐに、結婚するか修道院に入るかの二択を迫るつもりらしい。
もっとも結婚相手が、ベルナルドになるかどうかは微妙な線らしいが。
ベルナルドも戻ったところでどうなるかは分からない。
だが、今の状態でここに残られて困るのだ。
ベルナルドのことは、兄のように慕っていた時もあった。
アンジェラのことがなければ、ヴァージルだってきっと今でもあの自分勝手な狭い世界の中に浸って、悪いことは全て自分ではなく他人が悪いのだと言って誰かを嫌い、同じ感性を持つ家族の中でひたすら愚痴だけを言う生活を送っていたのかもしれない。
そこから抜け出させてくれて、もっと広い世界があるのだということをヴァージルに教えてくれたのはアンジェラだ。
アンジェラだけが、外に向かっていく努力をしていた。
閉じられた家族の中で、たった一人で外への穴を開けて出て行った。
自分はアンジェラが開けてくれた穴を通って外に出ただけかもしれないけれど、外に出る勇気は出せた。
そして兄が、内側から何とかしようとしていることも知っている。
父母やサマンサは、そこから出ることはないだろう。
きっと一生、穴が開いていることにも気が付かない。
「サマンサをディウム王国に……伯爵家に戻してくれ」
ヴァージルの言葉に、力なくベルナルドは頷いたのだった。




