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読んでいただいてありがとうございます。タイトルの変更を考えていますので、ご了承ください。

 ミュリエルの呼びかけで勉強会が開かれることになったので、アンジェラは手土産を買ってからミュリエルの家であるスルア侯爵邸へと向かうことにした。

 手土産、と言ってもスルア侯爵家ならたいていの物は手に入れることが出来る。それこそ数量限定の物でも手に入るだろう。となると、まだあまり世に知られていなくてこれからというお店の物がいいだろうか。

 考えた結果、アンジェラはいつも勉強ばかりしていて、そういう店の情報をほとんど知らないという結論に達して落ち込んだ。

 こうなったら行き当たりばったりで、大通りに面した店より少し奥まった場所にある隠れ家的な店を探そうと思って早めに寮を出た。

 きっと奥の方の店の方が、変わった商品を売っているはずだ。

 そういう店で買い物をする物語は多いので、ほんのちょっと憧れが入っているのは否定出来ない。

 控え目な紺色のワンピースを着たアンジェラは、思い切って女神像のある中央広場に繋がる道から少しだけ離れた場所で店を探してみることにした。

 王都は比較的治安が良いので、女性が一人で歩いていても昼間ならそれほど危険はない。

 アンジェラが歩いている道は、新しい店と古い店が混在する何だか不思議な雰囲気を放つ場所だった。

 活気があり、若者たちが楽しそうに歩いている。

 子供たちはお菓子屋さんにでも行って来たのか、手にキャンディを持って遊んでいた。


「……初めて来たけれど、面白い場所ね」


 基本的に寮で過ごしているアンジェラは、フレストール王国に来てからあまり王都内をうろついていない。

 でもせっかく王都に住んでいるのだから、隅々まで歩いて回るのもいいかもしれない。

 試験さえ終われば少しは暇が出来る。

 今までは学園での生活と自分の勉強のことで精一杯になってしまって学園の外に目を向けていなかったが、アンジェラがこれから先ずっと生きていく場所はここになる予定だ。

 祖国にいた時のように、無意味な誹謗中傷をされることはない。

 アンジェラがやってもいないことを押しつけてくる姉妹もいない。

 姉妹のやったことを何も聞かずに全てアンジェラがやったと決めつけた兄弟だっていない。

 アンジェラ以外の人間の言うことを全て信じてアンジェラを軽蔑の瞳で見ていた婚約者も、アンジェラを虐げていた方が楽だからずっとそうしてきた両親もいない。

 フレストール王国の王都では、アンジェラは隠れることはない。

 ここでは誰もアンジェラのことを知らない。

 だからこそ、アンジェラは生きていける。

 

「ふふ……」


 こうして誰に憚ることなく好きなように歩けるのが楽しくて、アンジェラはきょろきょろと店を覗いた。


「アンジェラ?」


 名前を呼ばれて振り向くと、クラスメイトでミュリエルの婚約者でもあるジェラールが立っていた。


「あぁ、やっぱりアンジェラか。久しぶりだね」

「はい、ジェラール様。ミュリエルから色々と聞きましたが、連日のパーティー、お疲れ様でした」

「それは本当に疲れたよ」


 ジェラールは苦笑したが、それでもミュリエルとずっと一緒に居られたせいか、幸せそうだった。


「今日の勉強会には参加なさるのですか?」

「そう。今から行くところなのだが、この辺りに新しい焼き菓子の店が出来たと聞いたから、買って行こうかと思って」


 ジェラールは公爵家の子息だが、こうして街に出ることに慣れている。

 さすがに一人ではなくて後ろに護衛付きではあるが、けっこう気軽に街に出ている。


「私もミュリエルにお土産を買って行こうと思っていたところです」

「そうか、ならちょうどいいから二人で買って行こう。少し先に馬車を待たせているから、一緒に乗っていけばいい」

「ありがとうございます。焼き菓子なら手軽に食べられるので、ちょうどいいですね」


 途中で休憩した時に、軽くつまむのにちょうどいい。お菓子が勉強で疲れた頭を癒してくれるだろう。


「アンジェラは休みの間は、ゆっくり出来た?」

「はい。本を何冊か読み終えました。ジェラール様やミュリエルには悪いですが、のんびり出来たと思います」

「その分、今から教師役をしてもらうからね」

「承知いたしました」


 軽く近況を話ながら焼き菓子を購入して店を出たところで、アンジェラは声をかけられた。


「アンジェラ姉上?」


 恐る恐るといった感じで小さな声で呼びかけられた声に、アンジェラは聞き覚えがあった。

 どくり、と心臓の音が大きく響いた。

 ゆっくり振り返ると、そこにいたのは、もう二度と会うことがないと思っていた血の繋がりのある存在。アンジェラが捨ててきた者。

 弟が大きく目を見開いて、アンジェラを見ていた。


「……ヴァージル……?」


 アンジェラと全く似ていない弟。

 そして、アンジェラを蔑んでいた家族の一人。

 それを思い出して、アンジェラはふっと笑いそうになった。

 なぜこんなところにいるのか分からないが、これから先、彼が言うだろう言葉は分かる。

 きっと、アンジェラを罵倒するのだ。

 今までと同じ様に。

 たまたまこうして一緒にいたジェラールには迷惑をかける気がする。

 後で、ジェラールとそれからミュリエルにも謝らないと。

 何と言っても、彼らにとってアンジェラはどんな男とも関係を持つ淫らでみっともない女なのだから。

 

「本当にアンジェラ姉上ですか?どうしてここに……?」

「……あなたこそ、どうしてこの国にいるの?」

「僕は留学生です。あ、あの……」


 第一声が罵倒でないことを意外に思ったが、いなくなった存在がこの国にいたら罵倒より驚きの方が大きかったのだろう。

 けれど、留学?この国に?そんなの、これから先も会う確率が高くなってしまう。ヴァージル一人だけならまだしも、他の人だって来るかも知れない。

 絶対に会いたくない人たちなのに。


「アンジェラ?」


 気遣わしげにジェラールがアンジェラの名前を呼んだ。

 ジェラールはアンジェラの肩が少し震えているのに気が付いて、アンジェラを姉と呼んだ少年からかばうように前に出た。


「大丈夫か?アンジェラ」

「は、はい。ジェラール様」


 アンジェラをかばうジェラールを見たヴァージルは、二人を睨み付けた。


「姉上、やはり姉上はそういう女性だったのですね!兄上が姉上のことをそういう女性じゃないと言っていましたが、この国でも男性をいいように利用しているのですね!」


 ヴァージルの言葉に反応したのはジェラールだった。


「おい、お前が本当にアンジェラの弟なのかどうかは知らないが、僕たちのことを知りもしないくせによくそんな風に言えるものだな」


 ジェラールの冷ややかな言葉に、ヴァージルはカッとなった。


「うるさい!姉上に惑わされてる男のくせに!」

「ヴァージル!!」


 ジェラールはフレストール王国の公爵家の子息。次期公爵だ。

 そんな人相手に、何と言う口の利き方をするのだろうか。

 ヴァージルがさらに罵倒しようとしたところで、後ろに控えていた護衛が二人の前に出た。


「ジェラール様、アンジェラ嬢、お下がりください」


 護衛の圧力にヴァージルは一瞬怯んだが、それでもアンジェラを憎々しい目で見ることは止めなかった。


「ヴァージル、今すぐに謝罪しなさい。この方は……」

「これは一体、何事ですか?」


 アンジェラが言葉を言い終わらない内に、周囲の人の間から数人の騎士が現れた。


「往来で何を騒いでいるのですか?説明をお願いします」


 先頭に立って静かに声を発したのは、あの夜に出会った騎士だった。


 

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