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キリアムの嫌な予感は当たり、キリアムが巡回に出る度にどこからともなくサマンサが現れるようになった。そのせいか、アンジェラやヴァージルに会うことがなくなってしまった。
以前は巡回の時に学園の近くや広場などで会うことがあったが、どうやら二人とも、サマンサの姿が見えたら気付かれる前にそっと消えてしまっているので、結果的にキリアムとも会うことがなくなった。
寂しい、と思うのはおかしなことではないだろう。
どうして親しくもない女性のせいで、ちょっと気になっている女性に避けられなくてはいけないのだろう。
キリアムが会いたいのはアンジェラの方で、サマンサではない。
何度かはっきり断っているのだが、サマンサは変な解釈をして纏わり付いてくる。
「キリアム様、そんなに照れなくてもいいですわ」
「照れているわけではなく、本当にあなたに興味はありません」
「男の方は、そうやって本心を隠すと母から教わりました」
私は分かっているのよ、という感じでくすくす笑いながら言うサマンサに、キリアムは呆れるしかなかった。
それはおそらくあなたの母に言われた人の本心だったのだと思うが、この母娘には通じないようだ。
サマンサの母ということはアンジェラの母でもある。母の影響を全く受けていないアンジェラと母に育てられたサマンサを見れば、彼女たちの母親がどういう人間かは察せられる。
「トウニクス伯爵令嬢、私は仕事の最中ですので、これ以上邪魔をされるようでしたら、正式にディウム王国に抗議しなくてはいけなくなります」
「どうして?ディウム王国では、これくらい当たり前のことですわよ?」
本気で首を傾げているサマンサの様子に、キリアムはディウム王国の騎士たちの意識の低さを感じた。
国全体でこんなに緩い空気を出しているのなら、その国で育った令嬢が常識にない女性なのも納得出来る。
おかげでアンジェラの貴重さがさらに際立つ。
「失礼ですが、貴国の騎士たちは一体どのような訓練をされているのでしょう?」
「訓練はとても人気ですのよ。貴族令嬢ならいつでも訓練を見られますの。私も友人と観に行っていたのですが、観客席にはいつも訓練を見に来ている人たちがいましたの。剣を合わせたりしていましたが、動きが綺麗で美しかったですわね」
「ほう」
つまり、基本的に騎士の格好良いところを見せるだけで、全く実戦では役に立たなそうな訓練ばかりしているということか。
儀礼用の型にはまった剣技ばかりしていそうだ。
「そんなに気になるのでしたら、後でベルナルド様をご紹介しますわ」
「ベルナルド殿?」
「はい、そうですわ。ベルナルド様は……アンジェラお姉様の婚約者で、わざわざ迎えにいらしたんです」
サマンサは、アンジェラがディウム王国に戻るのも嫌だったが、せっかく好みの男性を見つけたのに、その人をアンジェラに取られるのはもっと嫌だった。
サマンサを今まで通り可愛がってくれない両親にも苛立っていたし、ちょうどいいからアンジェラとサマンサの立場を入れ替えればそれで全て上手くいくと思っていた。
だから、平然と嘘を吐いた。
自分にだけ都合の良い嘘を。
「迎えに?なら、もう王都に来ているということですか?」
「えぇ、そうよ。今頃……」
「スーシャ副団長!」
サマンサが何か言いかけた時、大声でキリアムを呼ぶ声が聞こえた。
振り返るとヴァージルが必死に走ってきていた。
「ヴァージル殿!」
「スーシャ副団長、姉上が……アンジェラ姉上が!」
「落ち着いて。一体、何があった?」
走ってきたせいか、息を切らして上手く話せないヴァージルにキリアムは落ち着いた声で対応した。
本当なら、ガクガクと揺さぶって何があったのか聞きたい。
けれど、焦って大切なことを聞きそびれたら、それが致命的なことになってしまいそうだ。
ヴァージルと一緒に焦ってはいけない。
今はまず、ヴァージルから冷静に何があったのかを聞かなくては。
「……姉上が、ベルナルド殿に無理矢理馬車に押し込められる姿を見かけて!」
ベルナルドとは先ほどサマンサが言っていたアンジェラの婚約者だという男性と同一人物だろうか。
「アンジェラ嬢の婚約者の?」
「元、です。ベルナルド殿は今はサマンサの婚約者だ」
「違うわよ!ちょっといいかなって思った時もあったけど、要らないわよ、あんな人!」
ムキになって否定するサマンサを、ヴァージルがきつく睨み付けた。
「お前がアンジェラ姉上から盗ったんだろうが!要らないって言ったところで、お前たちはもう結婚するしか道はないんだ!ディウム王国の誰もが、お前たちの仲を知っているからな!」
「嫌よ!私はキリアム様と……!」
「うるさい!兄妹ゲンカは後で好きなだけやってくれ!それから、トウニクス伯爵令嬢、何度も言いましたが、私はあなたとどうこうなるつもりは一切ない。むしろ、近付かないでくれ。あなたは全く好みじゃない」
ケンカを始めようとしていたヴァージルとサマンサに、キリアムは苛立ちを隠せないでそう言った。
「あ、すみません、スーシャ副団長。サマンサはディウム王国へ帰すので、放っておいてくれてかまいません。それで、姉上とベルナルド殿を乗せた馬車ですが、こことは反対方向に向かって行きました」
「反対か。なら、港の方か」
ディウム王国までの船はそこから出ている。
ベルナルドはおそらくその船に乗りたいのだろう。
それもアンジェラと一緒に。
「私はそちらへ向かう。ヴァージル殿は第二騎士団の詰め所に行って港に人を回すように伝えてくれ。ただし、あまり大事にならないようにしろとも伝えてくれ」
「はい」
ヴァージルは王都に来てまだ間もない。あまり道にも詳しくないので、ヴァージルが付いていったところで迷子になりそうだ。
第二騎士団の詰め所なら、ちょっと前に騒がせたことを詫びに行ったので覚えている。
まさかあの時の経験が今になって生きるとは思ってもみなかった。
「サマンサ、ベルナルド殿の計画は知らないのか?」
「し、知らないわよ。アンジェラお姉様は……」
「お前がアンジェラ姉上のことをお姉様とか呼ぶな!お前が言うと見下しているようにしか聞こえない」
ディウム王国を出る前まではこんなに怒鳴ることなどなかったヴァージルに、サマンサはギリッと奥歯をかみ締めた。
誰も彼も、アンジェラ、アンジェラとうるさくてしょうがない。
「スーシャ副団長、サマンサのこの反応を見ると、こいつは本当に何も知らないと思います」
「分かった。では、頼むよ」
キリアムは、サマンサの方を見ることなく走り出したのだった。




