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最近、ちょくちょく会うようになったアンジェラという女性は、キリアムにとって興味深い存在だった。
話をしていると妙な安心感がある。
それは、好意ではあるが、決して恋愛的なものではなかった。
純粋な好奇心だけだと思っていたのだが、彼女の弟が現れてから胸の奥が何だかざわざわするようになった。
彼女の弟は、最初こそ敵意丸出しでアンジェラのことを憎んでいるようにも見えたのだが、いつの間にか子犬のように彼女にくっついているようになっていて、キリアムのことを警戒しているような素振りも見せている。
あれは、仲間を守るとか、縄張り意識とか、そんな感じを受けた。
まぁ、姉弟の仲が良くなったのはいいのだが、何と言うか……。
「……目障り?」
「お兄様、私の話を全く聞かずに上の空状態で、いきなり妹に目障りと言うなんて……いつの間にそんなに性格がねじ曲がってしまったの?」
セルフィナが呆れ顔でキリアムを見ていた。
今日はセルフィナが最近話題のカフェに行きたいと言ったので、今は海に出ている義弟の代わりにキリアムが連れて来たのだ。
「す、すまない。セルフィナのことではないんだ」
「分かっていますわ。だって、お兄様、ずっと何かを考え込んでいたのですもの。目の前の妹なんて、どうでもいい感じですよね?」
「そんなことはないよ」
「白々しいですわよ。それで、何を考えていらしたの?」
慌てる兄がとても面白くてもっとからかいたくなったが、そこはぐっと堪えたセルフィナが兄に問いかけた。
「いや……あー……セルフィナには直接関係はないんだが……」
「目障りと言われて私の心が大変傷つきました。お兄様には慰謝料として、洗いざらい話すことを要求いたしますわ」
「はぁ。妹が強くなってくれて兄は嬉しいよ。……この間セルフィナも会ったアンジェラ嬢のことなんだが……」
「あの勉強熱心なお嬢さん?可愛らしいというよりは、ちょっと大人びた感じで一緒にいると落ち着く雰囲気の方だったわね。私も色々と話をしてみたいわ。それで、そのお嬢さんがどうしたの?」
「元々、年末に知り合って、ちょっと話をするだけの女性だったんだが、彼女の弟が現れてから……その……」
自分の感情なのだが、上手く表現出来ないでいる兄に、セルフィナは嬉しくなった。
今まで兄は、ずっと家族を優先してきた。
セルフィナが祖国を出て行く時に、妹を傷つけた王には仕えられないと言って、一緒に国を出てくれた。
あのまま祖国に残っていれば、伯爵として何不自由なく生きていけたのに、フレストール王国に来てくれて、子爵位を持っているとはいえ騎士団に所属して日々、王都の警備をしている。
本人は、机にかじりついているより、身体を動かす方が好きらしく楽しそうに仕事をしているが、その割には副団長になってやっぱり書類に埋もれて……。
忙しく充実した日々を送っている兄の、家族以外にはだいたい平等を貫く姿を見ていて、特別な誰かを作る気がないのではないかと心配していた。
セルフィナがコンラートに出会ったように、兄にも誰かが現れるといいなと思っていた。
「アンジェラさんの弟さん?」
「そうだ。最初は問題ありの弟がいると思って注意して気にしていたんだが、何がどうなったのか、今ではまるで忠犬のような感じで彼女の傍にいてね」
「うふふ、お兄様、アンジェラさんに近寄れないでいるのかしら?」
「あ、いや、近寄るとかそういうことは思っていなくて……あれ?思ってないのか?俺?」
「思っていないのでしたら別に仲の良い姉弟ですね、でいいのでは?」
「あー、うん、そうだな」
何とも歯切れの悪い答えに、セルフィナはくすりと笑った。
「……彼女は確かに落ち着いた雰囲気を持ってはいるが、何だか危なっかしくて……。目を離すといなくなってしまいそうな感じなんだよな」
「正確なことは分からないけど、ひょっとしてアンジェラさんは、自分のことをいつ消えてもいい存在、そんな風に思っているのではなくて?」
「そう、なのかな?最初の頃の弟の態度から考えると、そうかもしれない。それに、彼女の妹のこともあるし」
「あら、アンジェラさんには妹さんもいるの?」
「あぁ、だが、こう言っては何だが、あまりよろしくない妹さんだよ。アンジェラ嬢のことを見下しているのがまる分かりの態度だったし、言っていることも無茶苦茶だった。アンジェラ嬢のことを少しでも知っていれば、嘘を並べ立てているだけだとすぐに分かる内容ばかりだったのに、それをさも真実のように言ってきたんだ。その後、そんな姉に比べて自分は優秀なのよアピールがすごかったな」
つい先日、聞いてもいないのにアンジェラのことをペラペラと、それもアンジェラに問題があるということを言っていた妹のことを思い出した。
本人は、善良な妹を一生懸命演じていたつもりなのだろうが、滲み出る醜悪さのようなものは隠せていなかった。
あれに引っかかるのは、よほど見る目のない人間だけだろう。
「会ったことはないけれど、そうねぇ、話を聞く限り信用は出来ない方ね」
「そうだな。俺もそう思う」
「不思議ね、アンジェラさんはとても誠実でしっかりしているし、信用出来る方だと思ったわ。でも、その妹さんは、全く違うのね。姉妹でも育てられ方が違うのかしら?それとも本人の資質?」
「本人の資質もあるだろう。少なくとも弟の方は、以前は同じようにアンジェラ嬢のことを嫌っていたのだろうが、その状態がおかしかったことには気が付けているからな」
「お兄様は、その妹さんが苦手なのね」
「正直、好きにはなれないな。ああいう人は他人の話を一切聞かないからなぁ。自分の都合の良いことしか聞いていない」
「お兄様、その方に目を付けられたのではなくて?」
「は?仕事で会っただけだ」
「お兄様はそうでも、向こうは、大げさに言えば運命の出会いとでも思っているのでは?」
「止めてくれ。あの妹なら本気でそう思っていそうだ」
そういうのは、他の人でやってくれ。ひょっとしたら、他の人でやっても成功しなかったから、新しい標的としてキリアムに目を付けたのかもしれないが、キリアムの方はサマンサに好意なんて一切感じていない。
「はっきり言ったところで、お兄様が自分の方を向いてくれないのは、他の女のせいだ、とか言い出しそうな方ね」
「それ、きっとアンジェラ嬢のせいだって言い出すと思うぞ。今だって、悪いことは全てアンジェラ嬢のせいだと思っている様子だったからな」
「徹底しているのね。お兄様、そんな女性に負けないでください」
「あぁ、分かっている」
出来れば近寄りたくないが、向こうから近寄ってくることもあるだろう。
そうなると、またアンジェラの悪口を言い出すかもしれない。
それは、少々、どころかとてつもなくうっとうしいだろう。
キリアムは、何となく嫌な予感がしたのだった。




