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ヴァージルと話をしていたら、巡回中だったキリアムが声をかけてきた。
「やあ、アンジェラ嬢、ヴァージル殿」
「こんにちは、キリアム様」
「……こんにちは、スーシャ副団長」
アンジェラはにこやかに、ヴァージルはぎこちなく挨拶を交わした。
最初の出会い方が出会い方だったので、謝罪はしたが何となくヴァージルは気まずいようで、苦手意識を持ってしまっているようだった。
アンジェラとしても、無理にどうこうする気はなく、こういうのは時間の問題だと割り切っていた。
実際、故国でどうしようもない関係だったヴァージルとはこの国に来て何とかなったのだし、ヴァージルがこれから先もこの国に住むつもりなら、キリアムとも話す機会はどんどん出来るだろうし。
「楽しそうなところに悪いが、楽しくない話をさせてもらってもいいか?」
「……もちろんです」
キリアムの真剣な表情に、アンジェラとヴァージルは表情を改めた。
姉弟が揃っているところで話をされるとなると、嫌な予感しかしない。
「君たちの妹君のことなんだが」
何となく苦い表情になったキリアム同様、アンジェラとヴァージルもちょっとだけ苦い表情が出た。
「……お互い、すごい表情になってるな」
自覚があるのか、キリアムがそう言って少しだけ笑った。
「何をやらかすのか分からない妹なので……」
「俺に話しかけてきたんだが、まぁ、内容はアンジェラ嬢のその」
「姉上の悪口ですね」
キリアムがどう言おうか迷った言葉を、ヴァージルがさっくりと口に出した。
「スーシャ副団長、姉上からどこまで聞かれているのか分かりませんが、ディウム王国にある我が家では姉上は冷遇されていて、何かあると姉上が悪いという話ばかりしていました。恥ずかしながら私もそれを聞いて育ってきたので、ずっと姉上は悪い人間なのだと思っていました。両親が何を思って姉上を悪人に仕立て上げていたのか知りませんが、サマンサもずっと姉上の悪口を吹き込まれて育ってきたんです。しかも、それに便乗するように、自分が遊ぶ時は姉上の名前を使って遊んでいました。サマンサは、姉上と和解することは無理だと思います、あいつは自分に自信を持っているので、下に見ている姉上がこの国で幸せそうに暮らしているのを知って、嫉妬をしているんでしょう」
きっぱりと言い切ったヴァージルに、キリアムは苦笑するしかなかった。
サマンサからは、アンジェラに嫉妬しているという印象を受けた。
抑えても抑えられない嫉妬心が滲み出ていた。
だからこそ、彼女の話は嘘ばかりなのだと思ったのだ。
「なら、アンジェラ嬢は今まで以上に気を付けてくれ。嫉妬心の強い者はどんな手段に出るか分からないからな」
嫉妬心の強い者、と自分で言った言葉でキリアムは妹のセルフィナの婚約者だったルカに強い想いを寄せていたタニア王女のことを思い出した。
彼女は、常に自分が一番でなければ許せない性格をしていた。
自分を可愛がってくれていた兄王子と結婚した女性に嫉妬して、想いを寄せていたルカの婚約者だったセルフィナに嫉妬して。
最終的にセルフィナをひどく傷つけ、スーシャ家は一家でフレストール王国にやって来た。
故国を捨てる原因となった王女と、サマンサはどこか似ている気がした。
「外に出る時は、必ず誰かと一緒にいた方がいい。誰もいない時にどうしても外に出たかったら、俺に連絡をしてくれれば、護衛するから」
「そんな、悪いです。大人しく寮内で過ごすか、誰かと一緒にいますから」
「何かあれば力になる。すぐに連絡してくれ」
「はい」
その姿を見ていたのが、サマンサではなくて彼女を連れ戻しに来たベルナルドだったということに、三人は気が付くことはなかった。




