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読んでいただいてありがとうございます。前作「誰のための幸せ」が電子書籍化することになりました。ただ今、書籍化のための作業をがんばっております。

 休みの間、アンジェラは夜中に女神像のもとに出かけた時以外は基本的に大人しく寮で過ごしていた。

 寒かったということもあるが、普段はたくさんの人がいて何だかんだと騒がしい寮がこれほど静かになっているのが新鮮で、ゆっくりと本を読んだり勉強をしたりしていた。


「アンジェラ、元気してた?」

「ミュリエル、久しぶりね、どうしたの?」


 まだ多くの寮生が帰ってきておらず、まだ静かな寮にやってきたのはミュリエルだった。

 ミュリエルは元々実家から通っているので、寮住まいではない。

 それに新年のパーティーなどで忙しいと聞いていたので、まだ新学期も始まっていないのに寮に顔を出すとは思ってもいなかった。


「顔見せは一通り終わったの。だから今日は、アンジェラを誘ってカフェにでも行こうと思って」

「あら、ジェラール様じゃなくて、私でいいの?」

「もちろんよ。ジェラール様とはずっと一緒にいたから、今日はアンジェラと一緒にいたいの」

「パーティーばかりで疲れてしまったのかしら?」

「少しね。ジェラール様のご家族はいい方ばかりだけど、色々なパーティーに出ていたらジェラール様を狙っていた人たちにからまれちゃったの。さすがに連日、彼女たちの相手をするのは疲れたわ」


 ジェラールも少し疲れているようだった。もちろんお互いパーティーの間は決してそんな顔を表に出したりはしないが、馬車の中や屋敷の中で励まし合って乗り切った。

 アンジェラもそろそろ外に出ようと思っていたので、二人はミュリエルが乗ってきた馬車で街中に移動して、ミュリエルのお気に入りのカフェに入った。

 ここのカフェは、希望すれば中庭が見える個室を用意してもらえるので、人目を気にせずに話が出来る。


「ジェラール様は、今日はゆっくり屋敷で過ごすつもりなんですって。私もそうしようかと思ったけれど、アンジェラに会いたくなって来ちゃった」

「お疲れ様。いくら社交慣れしていると言っても、ミュリエルもジェラール様も生身の人間ですもの。疲れるわよね」

「えぇ、身体じゃなくて精神がね」

「すごいわよね、貴族って。新年から精力的に働いているもの」

「今年もよろしくね、と言いながら相手の弱点を探りあってるだけよ。まぁ、それが貴族なのだけれど」

「それ、今年もやりあいましょうって聞こえるわ」

「解釈は間違ってないかも」


 アンジェラも一応は貴族の生まれだが、アンジェラに対しては、誰もが間接的な表現で貶めるのではなくて直接的な言葉をぶつけてきた。だから実は、そういう貴族的な腹の探り合いというのはあまり慣れていない。


「宰相閣下が一番そういうことをしてると思うわよ」


 アンジェラの後見人は宰相であるシモンだ。

 子爵家の当主でありながら、家格が上の当主とにこやかにやりあっている。

 宰相という地位と女王の信頼の厚さゆえに出来ることだ。


「お姉様に聞いたのだけど、若い頃、陛下が宰相閣下を子爵から伯爵に陞爵しようとした時に、閣下は固辞したそうよ。理由は、子爵家の方が相手が侮ってくれてやりやすいからですって。でも今は誰も侮ってくれないから、今度こそ伯爵に陞爵するらしいわ」

「誰もたかが子爵家の当主が!ってやってくれないものね」

「えぇ。昔はやってくれたらしくて、とっても仕事がはかどっていたそうよ」


 どんな仕事なのかは推して知るべしだ。

 国内だけではなく外国の使者相手にもやっていたようだが、そちらも今は誰も侮ってくれない。


「ところで、アンジェラは女神像に花を捧げに行ってきた?」

「えぇ。普段と違って夜でも子供たちがたくさんはしゃいでいたから、見ているだけでも楽しかったわ。そういえば泣いていた迷子を相手にして困っていた騎士様がいたの。少しだけ手助けしたわ」

「騎士様?治安関係だと第二騎士団の方ね」

「キリアム・スーシャ様って言っていたわ。優しそうな方だったけれど、泣いてる迷子にはあの顔が全く役に立っていなかったわ」

「あらあら、どんなに格好良くても、子供には両親の方がいいものね。でも、キリアム・スーシャ様?……どこかで聞いたことがあるお名前ねぇ。でも貴族にそういう家名の方っていたかしら?」


 ミュリエルはキリアム・スーシャという騎士の名前をどこで聞いたのか一生懸命思い出そうとした。

 スーシャという家名があるので、それなりの家の人だとは思うが、あまり記憶にない。


「お姉様から聞いたような?」

「第二騎士団の方ですもの。名字をお持ちということは、貴族かそれに準ずる方でしょう?ロクサーヌ様のお知り合いの方かもしれないわね」

「そうね。帰ったらお姉様に聞いてみるわ。それはともかく、優しそうって言ったけど、どんな方だったの?」


 年頃の女性らしく、ミュリエルはきらきらした瞳で聞いてきた。


「騎士って何となく顔が厳つくて身体がごついっていうイメージだったんだけど、あの方は優しそうで騎士服よりも文官の服の方が似合いそうな方だったわ。夜会なんかだと人気者になれそうな感じね」

「へぇー、恋しちゃった?」

「まさか」


 ミュリエルの言葉にアンジェラはくすくすと笑った。


「だよね。恋する女性の顔してないもの」

「当分の間、そんな想いはいらないわ。自分自身のことで精一杯よ。試験も近いことだし」

「現実的すぎるけど、休み明けにすぐ試験があるものね。パーティーの合間に勉強はしてたけど、今回は自信があまりないわ」


 とはいえ、侯爵家の名を汚さないようにそれなりの成績は取りたい。

 長期休暇の間に勉強をさぼっていると、この休み明けの試験で酷い結果になってしまう。


「明日から一緒に勉強する?私にとってもいい復習になるし」

「本当?なら、明日から私の家で勉強しましょう。ジェラール様にも連絡しておくわ。他にも希望者はいそうね」


 ジェラールに連絡を入れておけば、だいたいいつもの勉強仲間が集まるだろう。

 試験結果に、爵位なんて関係ない。誰もが同じ内容の試験を受けて、結果に一喜一憂するのだ。

 特に将来、王宮勤めを希望する者は、あまり順位を落とすわけにはいかないのだ。


「現実は容赦なく迫ってくるわね」

「えぇ、学生ですもの。試験は避けられないわ」


 ミュリエルとアンジェラはくすくす笑うと、試験が終わったらもう一度このカフェに来る約束をした。

 アンジェラの頭の中は試験のことで一杯になり、キリアムのことはきれいさっぱり消えていたのだった。

 

 

 


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