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先日会ったアンジェラとヴァージルは、多少ぎこちなかったが、姉弟としてお互いを認識していた。
それに、常識というものも持ち合わせていた。
二人に比べて、末の妹だというこの女性の常識はどこに捨ててきたのだろうか。
目の前で楽しそうに笑っている少女の言動に意識を飛ばしそうになりながら、キリアムはそんなことを考えていた。
「ですからキリアム様、姉にはあまり近付かない方がいいと思うのです」
いつもの巡回を行っていたところ、サマンサが声をかけてきた。許可も出していないのにキリアムの名前を馴れ馴れしく呼び、急に自分には婚約者はいなくて、姉が婚約者にも捨てられるようなどうしようもない女性であると言い出した。
特にアンジェラのことは、悪意を持った言葉選びをしていた。
アンジェラのことを全く知らない人間が聞いたら、会ったこともないのにアンジェラに嫌悪感を抱くように誘導する話し方だ。
そして自分は、姉を心配する健気な妹をアピールしていた。
だが、キリアムはアンジェラのことを知っている。
彼女が決してサマンサが言うような女性でないことを知っている人間にとって、サマンサの言葉はアンジェラに不信感を持つというよりも、平気で自分の姉を貶めるサマンサに対する嫌悪感しかもたらさなかった。
「姉がキリアム様に色々とご迷惑をおかけしたことは、妹である私がお詫びいたします。姉は……」
「トウニクス伯爵令嬢、もうけっこうです」
「え?」
サマンサがなおもアンジェラについて何か言おうとしたのを、キリアムは無の表情で遮った。
気を引き締めて表情を作らないと、サマンサに対する嫌悪感が顔で出てしまいそうになる。
「トウニクス伯爵令嬢、あなたはアンジェラ殿のこと何も知らないご様子ですね。少なくとも、この国に来てからのアンジェラ殿のことを調べれば、彼女を貶めるようなことは言えないはずなのですが」
「この国に来てから?ですが、姉はディウム王国では」
「ディウム王国でのアンジェラ殿のことを知りませんが、私自身はこの国で出会ったアンジェラ殿の方を信じます。私が知っているアンジェラ殿は、あなたの言う人物とはかけ離れています。アンジェラ殿は、あなたの言うような人物ではありませんよ。むしろ、そんなことを堂々と言えるあなたの方に不信感が募ります」
サマンサは、キリアムの言葉に内心でギリッとした思いを抱いていた。
せっかく親切に姉の噂を教えてあげているのに、どうして私の言うことを信じないのよ。
ディウム王国なら誰だって私の言うことを信じてくれたのに。
サマンサの周囲の人間がサマンサが作った話を信じたのは、その方が面白そうだったからか、都合がよかったからだ。
それが真実じゃなくて嘘だと知っていても、真実などどうでもよかったからだ。
その話に乗った方が色々と楽しめたからだ。
「残念ですわ、キリアム様。故国では誰もが姉が奔放な女性であることを知っておりますのに」
悲しそうな顔を作ってサマンサは涙を拭う仕草までした。
これでもっと真実味が増しただろうと思ってチラッとキリアムの方を見ると、キリアムは表情を変えることなくサマンサの方を見ていた。
「……トウニクス伯爵令嬢、一つお尋ねしますが、あなたはフレストール王国におけるアンジェラ殿の後見人が誰かご存じですか?」
姉は名前で呼ぶくせに、サマンサのことをずっとトウニクス伯爵令嬢と呼ぶキリアムに苛立ちながらも、サマンサはちょっと考えるふりをしてから首を横に振った。
「いいえ。姉には後見人がいるのですか?」
「えぇ、当然でしょう。アンジェラ殿はまだ学生の身です。他国の方が学園に入るには、我が国の後見人が必要なのですよ」
キリアムはさらっと嘘を吐いた。
別に留学生だからといって、必ずしもフレストール王国の後見人が必要なわけではない。
ただ、アンジェラの場合は保護という形になったので、フレストール王国の後見人が必要になっただけだ。
「えぇっと、その」
「彼女の後見人は、我が国でも重要な人物です。トウニクス伯爵令嬢、あなたはその方の人を見る目がなかったと言いたいのでしょうか?」
「い、いえ、そういうわけでは」
サマンサは慌てて否定した。
さすがに、アンジェラの後見人だというフレストール王国の重要人物にまで貶したいわけじゃない。
「あ、あの、姉のことはもういいのです。キリアム様のことを教えていただけないでしょうか?」
慌ててアンジェラの話題から、キリアムへの質問に切り替えた。
「私ですか?見ての通り騎士をしています。今はその職務の最中ですので、これで失礼いたします」
そう言うと、サマンサが何か言う前にさっとその場からいなくなったのだった。




