㉗
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キリアムがいつも通りの巡回をしていると、前から見知った二人が歩いて来た。
アンジェラと、その弟でジェラール相手に騒動を起こしたヴァージルという学生だ。
あの時は、アンジェラに対して弟が敵意のようなものを持って接していたはずなのだが、今の二人からはそんなギスギスした感じは受けない。まるで仲の良い姉弟のようだ。むしろ、ちょっと弟の視線がシスコンっぽい。
アンジェラの笑顔にも不自然なところはない。
これは、何らかの理由で仲違いしていたのが直ったということだろうか。
「アンジェラ嬢」
「まぁ、キリアム様。巡回ですか?」
「はい。ところで……」
チラリと隣を見ると、弟が頭を下げた。
「先日は申し訳ありませんでした」
きっちり頭を下げる様は、ちゃんと反省をしているように見える。
「謝罪は受け取ろう。けれど、君が謝る相手は私だけではないはずだ」
「はい。クロウリー公爵子息様には、改めて謝罪したいと思っております」
「クロウリー公爵子息殿もだが……」
「アンジェラ姉上には、これまでの全てのことに対して謝罪をいたしました」
「……そうか。一番の被害者であるアンジェラ殿が許しているのなら、それでいい。だが、今回のことを忘れるなよ」
「はい。これからは、噂だけに惑わされないように気を付けたいと思います」
根が素直そうな青年の言葉に、キリアムは彼の肩をポンッと叩いた。
ぶつかって理解し合うことは、騎士の中ではよくあることだ。
姉弟の仲も良くなっているようだし、キリアムとしてはこの件はこれで終了でいい。
「姉君を守るのも、弟である君の役目だぞ」
「はい」
アンジェラと目が合うと小さく頷いたので、彼女も納得しているのだろう。
「改めて、ヴァージル・トウニクスと申します。先日、こちらに留学してきたばかりですので、何かとご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします」
「王都を守る第二騎士団の副団長をしているキリアム・スーシャだ。基本的にこの辺を巡回しているから、何か困ったことがあったら声をかけてくれ」
「よろしくお願いします、スーシャ副団長。その……さっそくなんですが……」
ヴァージルが言いにくそうにしながら、意を決したように口を開いた。
「先日、騒動を起こしたのは、私たちの末の妹でサマンサという名です。大変、申し上げにくいのですが、その妹がどうもスーシャ副団長に……その、執着を持った様子でして……」
ヴァージルの苦い顔を見たキリアムも、同じような苦い顔をした。
「姉弟であるお二人には大変言い辛いのですが、サマンサ嬢に興味はありません」
きっぱり言ったキリアムに、二人揃ってほっとした表情をしていた。
「よかったです。これで一目惚れをしたとか言われたら、どうしようかと思っていました。兄である僕の口から言うのも何ですが、はっきり言ってサマンサはお薦め出来ません。アレと結婚したところで、好き勝手したいアレの尻拭いで苦労するだけです。兄とも図りますが、アレは修道院に送る方向で調整したいと思っております」
ヴァージルの口から修道院という言葉が出てきたので、アンジェラは少しだけ驚いた。
あの母が自分によく似た妹を手放すとは思えない。むしろ、自分の夢や理想をサマンサに勝手に背負わせている気がする。
「ヴァージル……」
「大丈夫です、姉上。そこから先はサマンサ次第です。サマンサが真面目に日々の仕事を熟すようならば、再び貴族令嬢に戻す可能性もあります。全てはサマンサが自分で選ぶ道ですよ」
「……そう……」
今は、ほぼ部外者となっているアンジェラが口だしすることではない。それは残っている両親や兄姉の仕事だ。
アンジェラは、ヴァージルがサマンサのことを色々な意味で諦めている気がしていたのだった。




