㉖
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姉と再会してからヴァージルの気持ちは乱されっぱなしになっていた。
実家にいた時は、周囲から聞かされていた話を鵜呑みにしてまともに話をしたことさえなかった姉だったのに、実際は他の誰よりも話を聞いてくれて、ヴァージルのことをちゃんと心配してくれて……。
「すみません、姉上」
今も姉がハンカチを差し出してくれたので、それで涙を拭っていた。
ハンカチを汚してしまったことを詫びると、アンジェラは優しく微笑んでくれた。
「これは、姉上が刺繍を?」
白いハンカチに綺麗な花の刺繍とイニシャルが入っている。
アンジェラの刺繍の腕前も知らなかった。
だが、この刺繍の花には見覚えがある。
以前、サマンサが、自分が刺したのだと自慢してベルナルドに渡していたハンカチと同じ花だ。
「えぇ、時間が空いた時に刺した物よ。似たような刺繍入りのハンカチをいくつか作ったから気にしないで」
「……家にいた時も刺していたんですか?」
「……何度かね。お母様にすぐに見つけられて持っていかれてしまったけど。どうも教会のバザーに出していたみたいよ。ご自分の物をバザーに出すことなんて、絶対にしたくない人だったから」
「はぁ、やりそうですね」
確かに、母は何度か教会のバザ-用に物を寄付していた。
あの母が、孤児のためのバザーに自分の物を出すとは思えない。
かといって、他の貴婦人たちが出しているのに自分は出さずにケチだなんて噂が立つことも、見栄っ張りなあの人には許せないことだろう。
アンジェラの刺したハンカチはちょうどいい物だったに違いない。
自分が刺したと言えば、周囲から褒められただろうし。
「一度、サマンサがベルナルド殿にこれと同じ柄のハンカチを渡しているのを見たことがあります。自分で刺したと言っていたのですが……」
「サマンサが持っていった覚えはないけれど、私の部屋の物はいつも誰かが勝手に持っていっていたから……。サマンサが直接持っていったのか、お母様からもらったのか分からないけれど、あの二人が刺繍なんて出来ると思う?」
くすりと笑いつつも、ちょっと意地悪そうな顔でそう言ったアンジェラに、ヴァージルは一度真顔になってから笑い出した。
「あはははは、そうですね。あの二人が刺繍なんて出来るはずないですよね。いつも誰かに命令するだけで、あの人たちが針を持っているところなんて見たことありませんし。そこら辺で買ってきた物を自分で刺した物だと言ってそうですよね」
「そうねぇ」
ベルナルド以外の友人たちとやらにも配っていたのなら、アンジェラのハンカチだけでは足りなかっただろうから、きっとどこかで購入していたのだ。
それを自分が刺したとでも言っていたのだろう。
「これ、いただいてもいいですか?」
「え?それを?」
「はい。記念に……」
「なら、もっとちゃんとした物を渡したいわ。ヴァージルの好きな花を刺繍して、名前もちゃんと入れたいから、それは返し……」
「本当ですか!?」
言い終わる前に、ヴァージルが食い気味できたので、アンジェラは一歩引いて頷いた。
「え、えぇ」
「嬉しいです」
「えっと、そうね、ガーベラの花でもいいかしら?」
「もちろんです」
ガーベラの花言葉は、前向きとか希望とか明るい感じのものだったはずだ。
今から新しく姉弟としてやり直す二人には、ちょうどいい感じがした。




