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読んでいただいてありがとうございます。

 授業が終ったので教室を出ると、ヴァージルがひっそりと扉の近くに立って待っていた。

 何だかものすごく悲壮感が出ている気はする。


「……何て顔をしているの?ヴァージル」

「……姉上、お話が……」

「人に聞かれたくないのね?」

「はい」


 情けない顔をしている弟を連れて学園の裏にある古びた温室にやって来ると、アンジェラは鍵を出して扉を開けた。


「ここって、入って大丈夫な場所なんですか?」

「ここの鍵を持っている人間が一緒なら入っていいの。ここは古い温室だから、出入りするのは世話をしている少人数だけね」


 確かに古いが、中は綺麗に手入れされているし、ソファーや机も置いてある。

 どれも華美ではないが、ちょっと休憩するにはちょうどいい感じの物だ。


「もう一つ、大きめの温室が表の方にあるでしょう?あちらは場所も良いし、薔薇などのぱっと目を引く美しい花が多いから、ほとんどの生徒はあちらに行くの。ここは何となく誰かに代々引き継がれて、静かに過ごしたい人たちが手入れをすることを条件に使わせてもらっている場所よ。学園の庭師が簡単な手入れや掃除はしてくれるけど、ここの植物に関しては何も言わないの。ここを使いたかったら、たとえ王族であろうと自分の手で土いじりをしないと、植物は消えて行くだけ。今の女王陛下も、ここで植物を育てていたそうよ」


 今の宰相と王配たる方も、たまに付き合わされてここで植物の手入れをしていたそうだ。

 女王よりも年上の二人はとっくの昔に学園を卒業していたのだが、卒業してもやらされるのか……、とため息を吐きながら、それでもどこか楽しそうにやっていたらしい。

 アンジェラは昨年、卒業したとある先輩からこの場所の鍵を譲られた。

 アンジェラも卒業する前に誰かに鍵を渡すつもりではいるが、その先輩もたまたま出会ったアンジェラとちょっと会話をしただけであっさりと譲ってくれた。

 先輩曰く、ほとんど直感で後輩に受け継がれてきたものらしい。

 学園内には他にも何人か鍵を持っている人はいるが、アンジェラのようにほとんど面識のない先輩から譲られることも多く、もうこれは何となくの直感で選ばれているとしかいいようがないらしい。

 譲られる時期も様々で、一年生の時に渡されることもあれば、三年生になってから渡されることもある。


「それで、どうしたの?」

「……兄上から、手紙が来ました」

「サマンサのことで?」

「はい。サマンサを連れ戻しに……その……ベルナルド殿が来るそうです」

「……そう……懐かしい名前ね……」


 ベルナルド。

 アンジェラの婚約者。

 噂を鵜呑みにして、アンジェラを嫌っていた青年。

 何度、その噂の『アンジェラ』はあなたにひっついている妹や姉が遊ぶ時に名乗っているんですよ、と言いたくなったことか。

 どうせ言ったところで、信じてもらえることなんてなかっただろうし、余計に変な風にこじれそうだったから好きに言わせておいた。

 しょせん言葉だけで、身体を殴ったりするようなことはしなかったから放置した。

 そのことを後悔なんてしていない。

 あの頃の彼は、こちらの話を聞く耳なんて持っていなかった。

 アンジェラを貶めて、それに共感してくれる姉妹と楽しそうにしていたから。

 アンジェラだと気が付かずに図書館で話しかけてきた時は、さすがに驚いた。

 けれど最後の最後まで、彼は真実に気が付かなかった。


「ベルナルド殿の相手は、僕がします。姉上は彼の姿を見かけたら、隠れてください」


 兄からの手紙を読んだ時、初めはなぜわざわざベルナルドをこちらに来させるのかと怒った。

 だが、兄とベルナルドの父親が交わした約束の内容を知り、もしベルナルドがアンジェラに接触した場合は連絡するようにと書かれていたのを読んだ時は、情けなくて涙が出てきた。

 家を、国を、アンジェラ・トウニクス伯爵令嬢としての全てを捨てて他国で平穏に暮らしている姉を、自分たちの都合で利用する。

 本当ならヴァージルも接触するべきではなかったのだ。

 けれど、あの時の自分はそんなことも考えられずに姉の暮らしている国に来て、姉に接触して……。

 兄は、せめて弟だけでも姉と和解してほしいと思ったのだろうが、その思いがまた、姉に新しい苦痛を与えようとしている。

 

「……間違っていたんです……」

「ヴァージル?」

「僕がこの国に来たことも、姉上に接触したことも、全部全部、間違ってたんです。僕たちは、もう姉上に関わってはいけなかったんです!姉上の生活を乱して……!」

「ヴァージル、落ち着きなさい」

「姉上……」


 アンジェラがヴァージルの頭をそっと撫でた。


「ヴァージル、私だって色々と思うところはあるわ。でも……でもね、ヴァージル、私を姉上と呼んでくれるのはあなただけなの。あなたは私に、縁遠かった家族というものを唯一感じさせてくれる存在なの。もちろん最初は戸惑ったけれど、不思議なことに、最近ではあなたは私の弟なんだとちゃんと思えるようになってきたのよ」

「姉上、無理は……」

「無理なんてしてないわ。まぁ、サマンサのことをちゃんと妹と思えと言われたらそれは無理だとお断りするけど、あなたは私の弟よ」


 そう言って柔らかく微笑んだアンジェラに、ヴァージルは涙が溢れてきたのだった。

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― 新着の感想 ―
時間はかかったけど、弟とだけはようやく、家族になれたんですね…。 もう弟もこっちに骨を埋めればいい。 自国のケチのついた爵位なんて、あっても枷にしかならないでしょうし、この国は実力あればちゃんと認めて…
数年?十数年?結構な年月を経て漸く姉弟に成れましたか……
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