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ベルナルドがいなくなると、ブレンダンは憂鬱な顔で隣の部屋へと移動した。
そこにいたのは、壮年の男性。
ベルナルドの父親だった。
「……これでいいのですね?」
「あぁ、約束は守ろう。貴族院に君のトウニクス伯爵位の継承を後押ししておこう」
ブレンダンが父から爵位を得る方法は三つある。
一つは父が自ら爵位をブレンダンに譲ること。これが一番穏便に済む方法だが、父にその気はない。
二つ目は、父の死亡により自動的にブレンダンが継承すること。父が今現在、病気などはしていなくて元気であることは周知の事実なので、突然死はあまりにも不自然過ぎる。
そして三つ目が、父が爵位に伴う責任を持てない状態であることを訴えて、貴族院の審議を経て国王の承認を得ること。
ブレンダンが目指しているのは三つ目だった。そのためにも、ベルナルドの父親にはこちらの味方でいてもらいたかった。
ベルナルドの父親は、貴族院にそれなりの影響力を持っている。
そしてその条件が、ベルナルドをフレストール王国に送ることだった。
「ベルナルドをどうなさるおつもりですか?」
アンジェラとのことで色々あって多少ギクシャクしてはいたが、ベルナルドは友人だ。
「ベルナルドが君の言いつけを守ってアンジェラ嬢に会わないのであれば、もう一度だけ我が家の後継者に相応しいかどうか検討するつもりだ。だが、もしアンジェラ嬢に迷惑をかけるようなら、廃嫡する。あぁ、安心したまえ。どちらにせよサマンサ嬢のことは引き受けよう。というより、ベルナルドとサマンサ嬢のことが噂になりすぎていて、他の誰も相手にしてくれないからな」
「……そうですか……」
「君は両親の荷物でも整理しておくのだな」
言うだけ言って、ベルナルドの父親は帰って行った。
誰もいなくなった部屋で、ブレンダンは拳を握りしめた。
「……すまない、すまない、アンジェラ。俺は最低な兄だ。自分のために、まだお前を利用しようとしている……それなのに、お前に謝ることさえ許されないんだ……」
ブレンダンの脳裏に、遠い異国の地に逃れた妹が責めるような目でこちらを見ている姿が浮かんだ。
「止めろ!そんな目で見るな!」
いくら叫んでも、アンジェラの幻影は消えてくれなかった。
サマンサは、鏡に映る自分の姿に満足していた。
所々にフリルが使われている淡いピンク色のドレスは、いかにも甘い感じを演出している。
髪の毛も、きっちり留めるのではなくて、軽く巻いて甘さを強調した。
サマンサは、可愛い系の顔立ちなのでこういう服装がよく似合う。
これに合わせた口調で男性に甘えていれば、たいてい何でも言う通りにしてくれた。
「サマンサお嬢様、こちらが騎士様の巡回ルートになります」
「そこに置いておいて」
サマンサは商人の屋敷に勤めるメイドにお金を渡して、キリアムの巡回ルートを調べさせた。
キリアムはけっこう有名人だったようで、特徴を言えば誰もがすぐにキリアム・スーシャの名を出した。おかげで、たかが商人の家に勤めるメイドでも、キリアムが通る道とだいたいの時間を調べることが出来たようだった。
「ふふ、この姿でちょっと困った様子を見せたり、甘えてみせればすぐに夢中になってくれるわよね」
ディウム王国ではこの手で何人もの男性に貢いでもらった。
だが、別にサマンサ的には本気の相手ではないので、贈り物だけもらってあげた。
「あ、そういえば、こっちにも誰かいたわよね。その人に、もうちょっとおねだりしようかな。可愛い私のためだもの、飛んで来なくちゃ」
どこまでも自分の方が上の存在だと信じているサマンサは、その相手の男性たちがサマンサを持ち上げて遊んでいたことなど、知るよしもなかった。




