㉑
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その報告を聞いた時、マルコスはため息を吐きつつ、遊びに行ってしまったサマンサを探すように伝えた。
サマンサには夜は街に出ないように伝えたし、兄であるヴァージルからも少々きつめに言ってもらった。
その場ではふて腐れながらも頷いていたが、案の定、サマンサは勝手に夜の街へと繰り出した。
王都は比較的安全な場所とはいえ、無事であるという保証は出来ない。
「ヴァージル様にも連絡を」
「はい」
ディウム王国でサマンサが安全に遊べていたのは、彼女がある意味有名人だったからだ。
彼女だけではなく、母と姉たちも有名だった。
もっとも、二番目の姉であるアンジェラだけは、違う意味で有名だったのだが。
伯爵家だからそれなりにお金を持っているが、誘拐などしなくてもいくらでも巻き上げられる。だから、手出し無用。
ディウム王国の裏の人間たちからそんな通達が出ていたからこそ、彼女たちはどこで遊んでいても安全だったのだ。
多くの貴族たちはそのことを知っていたから、彼女たちと一緒に遊んでいた。
だが、アンジェラがいなくなってブレンダンが伯爵家の権限を握り始めてからは風向きが変わった。彼女たちの傍が安全でなくなったと知った貴族たちは、彼女たちから離れていった。
サマンサは、それが気にいらない様子だった。
どうして友人たちが離れて行くのか理解していなかった。
「さてさて、困ったものだ……」
個人的には、見捨ててもかまわないと思っている。だが、それをすると……。
「アンジェラ様が気に病むかもしれないなぁ」
困った困ったと言いながら、マルコスはうっすらと笑った。
清々しいほどディウム王国関連についてすっぱり切ってしまっていたアンジェラだが、マルコスは切ったはずの過去がどこかで接触してくることがあることを経験から知っていた。
まして、相手は血の繋がった家族だ。嫌でもアンジェラは巻き込まれる可能性があった。
だがこうしてアンジェラが全く知らない場所で自滅してくれるのならば、それでいい。
サマンサの自業自得というものだ。
もしサマンサに何かあっても、ヴァージルはアンジェラに何も伝えないだろう。
ディウム王国にいた時はサマンサ同様アンジェラのことを嫌っていたが、どこでどうなったのか、フレストール王国に来たヴァージルはむしろアンジェラを慕っているように見える。
だからといって、彼の過去はなかったことにはならない。アンジェラとはそうそうすぐに打ち解けられるものではないだろう。
「やれやれ、仕方ない」
このまま見捨ててしまいたくなったが、他国から来た貴族令嬢に何かあればすぐに噂になってしまう。
マルコスは、警備の詰め所にもサマンサのことを伝えるために家の者を走らせたのだった。
フレストール王国に初めて来たサマンサだったが、遊び慣れた身としては、だいたいどこでどう遊べるかは見れば何となく分かった。
ディウム王国だろうが、フレストール王国だろうが、夜の街はそんなに変わらない。
それらしき人間に声をかけて、他国の貴族令嬢だと言えば、彼らは喜んでサマンサを賭博場へと案内してくれた。
全員、仮面を着けてはいるが、身なりからしてお金持ちの紳士淑女の遊び場に間違いはない。
「あぁ、これよ、これ。こういう刺激は人生に必要よね」
うっとりと周りを見ながら、サマンサは実家から持って来た宝石をお金に換えると、手近な台へと座った。
宝石は母の部屋から勝手に持ち出して来た物だが、母は宝石集めが趣味でたくさん持っているので、一つくらいなくなったって気が付かない。
今までも勝手に持ち出してお金に換えてきたが、母は気が付いていない。
姉はどちらかというと男の人と遊ぶのが好きだが、サマンサは賭け事が大好きだった。
他国だし、一応、手持ちのお金が尽きたらそこまでにするつもりではいる。
ディウム王国だったら多少ならツケで遊べるが、さすがにここでは無理だ。
サマンサが座ったのは、色と数字を当てる簡単な賭けの台だったが、何度かやって、少しだけ儲けが出たところで止めて次の場所に移動しようと思ったら、主催者から、今夜は騎士たちが活発に動いているので、ここで終了だと告げられた。
サマンサは知らなかったが、騎士たちが動いている理由はマルコスからの他国の貴族令嬢が行方不明だという通報を受けた騎士たちが、サマンサを探していたからだった。
「もう終わりなんてつまらないわね。まぁ、少しは勝てたけど」
探されているなんて知らないサマンサは、他の客たちと一緒にこそっと外に出た。さすがにこの時間、それも違法賭博場の近くに馬車なんてないので、歩いて帰るしかない。
夜の街が危ないと言われたが、フレストール王国自体がそこまで治安の悪い国ではないので、まぁ大丈夫だろうと思って歩いていたら、前方から酔っ払いが数人近付いてきた。
顔をしかめてさっさと通り過ぎようとしたら、その内の一人がにやりと笑ってサマンサの方へ近寄ってきた。
「な、何よ!どっか行きなさいよ!」
震える声で、それでも強気にそう言うと、酔っ払いはにたにたし始めた。
「ねーちゃん、遊びてーんだろぉ、オレらと遊ぼーやー」
品のないダミ声で顔を赤らめている酔っ払いがサマンサの腕を取ろうとした時、伸ばされた腕を横から掴んだ人がいた。
「おい、何してるんだ?」
「あぁん?」
邪魔された酔っ払いが睨もうとして、ぎょっとした。
「あ、ヤッベ!」
「俺を知っているようだな。で、何をしようとしたんだ?」
キリアムは、掴んでいた酔っ払いの腕をさらに力を込めて握った。
「いって!痛い!!離してくれよ!まだ、何にもしてないから!!」
「まだしてなくても、何かするつもりだったんだろう?」
「しない!しないから!」
「まあ、いい。さっさと行け。次に同じようなことをしている場面を見かけたら、容赦なくぶち込むからな」
「チッ!」
酔っ払いはすぐに仲間と合流すると、キリアムを睨みながら去って行った。
「お嬢さん、こんな時間に歩いていると危ないですよ」
助けられたサマンサは、キリアムをぼーっと見つめていた。
「怪我は?」
「あ、ありません」
かっこいい……好み!
サマンサはすぐ上の姉の婚約者だった男のことが好きだったのだが、最近は冷たくされていたし、結婚まで考えていたのにそれさえもなかったことにされようとしていた。
おかげで、こんな男のどこがよかったのだろうと考えるようになっていた。
そして、いつまでもそういう態度を取るのなら、もう結婚なんてしてあげない、とフレストール王国に来る前に彼に告げていた。
つまり、今は自由の身。
好みの男性が現れたら、すぐに自分のモノにすればいい。
一番上の、男性によくもてる姉がそう言っていた。
彼を私のモノにすればいいのよね。
キリアムを見つめるサマンサの瞳は、ぎらぎらとした光で輝いていた。




