⑳
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ヴァージルは、妹が宿泊しているという商人のマルコスの家へと行った。
マルコスは、フレストール王国の品物をいつも持ってきてくれる先代からの付き合いがある人間だった。どちらかというとフレストール王国よりの人間だが、信頼に値する人物ではある。
「すまない、母が無理を言ったのだろう?」
「いえいえ、大丈夫ですよ。どの道、国に帰る途中でしたので」
にこにこと笑って出迎えてくれたマルコスに、ヴァージルは謝り、妹にかかった費用は伯爵家に請求するように伝えた。
「サマンサを贅沢させる必要はない。それから、これは我が家の恥をさらすことになるのだけれど、サマンサは夜遊びをするのが好きなんだ。家にいた時は、もう一人の姉の名前を使って遊んでいた」
恥じるように目をそらしたヴァージルに、マルコスは表情を変えることなく頷いた。
「存じております」
「……そうか。やはり有名だったのか」
「良識ある商人は皆、知っておりました。アンジェラ様は国から外に出るために、わたくし共に各国の話を聞きにいらしておりましたので」
「そうか」
思っていた以上に、姉は早い段階から故国を出るつもりだったのだと知って、ヴァージルは落ち込んだ。
あれだけ邪険にしていたのに、本当に姉が自分たちを捨てて出て行く準備をしていたのだと知ると、どうして自分たちを捨てたのか、という気持ちになった。
姉が知れば、呆れるだけだろうけど。
「サマンサは母上の許可しかもらっていないようだから、すぐに兄上に手紙を書く。返事にはサマンサをディウム王国に戻すように、ということが書かれているだろうから、その手紙を突きつけて、あいつに国に戻るように言います。その時は、申し訳ないがサマンサを連れて行ってもらえないだろうか」
「はい。その時は、ブレンダン様にサマンサ様を引き渡せばいいですか?」
「あぁ、頼む」
おそらく、母にサマンサを預けたら、またどこかにやるだけだ。
母もサマンサも、自分たちが悪いなんて考えてもいないだろうから。
「ヴァージル様、この国でアンジェラ様には会えましたか?」
「……会えた。会って、少し話をするようになった。僕がいかに視野が狭くて、姉上のことを何も知らなかったのだということを理解した」
「さようでございますか。大きな声では言えませんが、アンジェラ様は、おそらくディウム王国の中でも優秀な方だと思いますよ。まぁ、これはわたくし共、商人の見解ではございますが」
ディウム王国よりも大きなフレストール王国の商人がそう言うのだ。
きっとそれは真実なのだろう。
「あの方がディウム王国で潰されなくてよかったと思っております」
「そうだな。僕もそう思うよ」
もし姉が祖国でそれなりの地位に就けていたら、もっと広い視野を持つ国になれたかもしれない。
言っても仕方のないことばかりだし、そもそも姉があの国の役に立とうと思うことなどないだろう。
誰も助けることなどせず、ただ面白がって姉の噂話で笑っていたディウム王国のためになど、動きたくない。自分だって、同じ立場だったら動かない。
「サマンサが下手に動かないように見張っていてほしい。兄上や僕の名前を出せば、少しは大人しくなるだろう」
「かしこまりました。ですが、サマンサ様は好奇心が旺盛のようですので……」
「あぁ、僕が今からサマンサには言い聞かせるが、もし言いつけを破って夜の街に繰り出して危ない目に遭おうとも責任を問うことはしない」
「見張りは置きますが、我が家はしょせん商家ですので」
「分かっている」
サマンサはきっと不満を言うだろう。
妹は、自分の欲望に忠実な子だ。
きっと抜け出して夜遊びをするだろうが、ここはディウム王国ではないのだ。
慣れない場所で危険な目に遭う可能性は高い。
……ひょっとすると、母はそれを望んでいるのかもしれない。
アンジェラの名前で遊べなくなって、毎日グチグチ言う妹がうっとうしくなったのかもしれない。
ヴァージルは、ぼんやりとそんな風に考えたのだった。




