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キリアムは、どこか誇らしげにただの学生のアンジェラと名乗った少女を見た。
治安を守る騎士としての勘は、彼女は害のない少女だと告げている。迷子を相手にして困っていたキリアムを見かけて助けてくれただけだ。きっとそこに他意はない。
「スーシャ様、いくつか質問させていただいてもよろしいでしょうか?」
他意はないと思ったアンジェラからそう言われて、キリアムは、彼女もか、と思って軽く失望した。
自慢ではないが、キリアムのことを知りたがる女性は多い。
ただハンカチを拾っただけだというのに、根掘り葉掘りキリアムのことを聞いてきた女性だっていた。
同僚にしつこくキリアムのことを聞いてきた女性もいたそうだ。ああいう女は止めておけ、と同情されることも多いが、いつも同僚には申し訳なく思っていた。
そういう人間は、迷惑以外の何者でもない。
質問と言われて、しょせんアンジェラもその手の女性かと思い、顔には出さないようにしたが内心ではがっかりしていた。
「……はい、何でしょうか?」
キリアムの内心など知らないアンジェラは、好奇心に満ちた瞳でキリアムに質問した。
「この場所ですが、何時頃までこうして屋台が出ているのでしょうか?子供たちも遊んでいるのでまだ大丈夫だと思っているのですが、あまり遅い時間に女性一人で歩いていると、さすがに危険ですか?それとも今夜はずっとこんな感じなのでしょうか?それと、この広場の他にこういう風な場所はあるのでしょうか?」
矢継ぎ早にされた質問は、キリアム個人のことは一切なく、単純にこの場所についてのことだった。
「は?」
「あ、私、昨年の半ばから王国に住んでいるので、新年は初めてなんですよ。友人に聞いてここに来ましたが、出来ればもう少し堪能したいんです。ですが、あまりよく分からないので基本的なことを教えていただきたいのです」
「……なるほど?」
アンジェラの質問が想定外の内容だったので、キリアムは少しの間、思考が停止していた。
これは、自分が悪い。
質問と言われて、どうせ根掘り葉掘り聞かれると身構えていた。
確かに根掘り葉掘り聞かれているが、そこにキリアムのことは入っていない。
ちょっとだけ自意識過剰だったようだ。
「……そうですね、この場所は夜通しこんな感じですが、さすがにもう少ししたら子供たちは帰ります。そうなると酔っ払いの大人たちが増えるので今よりは多少、治安はよろしくないかと。騎士たちも増えますが、あちらこちらで同じような光景が展開されているのであまりあてにはしない方がいいですよ。女神像はこの中央広場の物が一番大きいですが、四方の広場にもあるのでその周りは似たような感じですね。アンジェラ嬢くらいの年齢の方は、子供たちと一緒に帰るのをお勧めします」
「四方の広場も似たような感じになっているんですね。んー、さすがに今から行くのは厳しいかな……、来年はもう少し早い時間から来て、四方の女神像も回ろうかしら」
「今からは止めた方がいいですよ。途中の道は暗いですし、スリなどもいますからね。アンジェラ嬢、よろしければ学園の寮まで送りましょうか?」
キリアムは、普段ならそんなことは言わない。
一度、自称迷子の女性に家まで送っていってほしいと頼まれて送っていったら、なし崩し的に彼女の親に恋人として紹介されるところだったという軽い恐怖体験をして以来、誰か他の人間に頼むか、証人用に二人で送っていくことしかしていない。
なので、キリアムが自ら送っていくと言うのは珍しいことだった。
もちろんアンジェラはそんなことを知らないので、あっさりと断った。
「いいえ、大丈夫ですよ。ここまで一人で来ましたし、今の時間ならまだ人がたくさんいますから。寮の近くの食堂も今日はずっと開けていると言っていましたので、賑やかだと思います」
アンジェラは、本音ではもう少しこの場所でお祭りみたいなこの空間を堪能していたかったが、さすがに自分の身を危険にさらす気はないので、今日はもう大人しく帰ろうと決めた。
休日になると昼間は学生たちがお世話になっている食堂も今日は夜通し営業すると言っていたので、寮の周辺はいつもと違って賑やかだろう。
おかしな危険はない。
「学園の周りも騎士たちが巡回はしていますが、万が一ということもあります」
「いいえ、スーシャ様はこの場にいてください。私は一人で帰れますが、先ほどの子供のように迷子が出たら困りますもの、この場にいる騎士は一人でも多い方がいいと思います」
それにアンジェラは、夜中に一人で動くことには慣れていた。
閉館まで図書館で勉強していた頃は、もっと静かで暗い場所を一人で歩いて帰っていた。
いくら貴族街だったとはいえ、今考えるとずいぶんと無謀だった。
あの頃は、自分で自分を蔑ろにしていたのだと思う。
あの家から出なければ自分自身に価値が出ないと思っていた。
「いいえ、送ります。もしこれで本当にアンジェラ嬢に何かあった場合、絶対に後悔します。ですから、俺の心の平穏のためにも、ぜひ送らせてください」
キリアムは、自分の口からそんな言葉が出たことに驚いていた。
それに、彼女はどこか妹に似ている気がする。
外見とかではなく、傷ついて全てを諦めて、それでも真っ直ぐ前を向いて歩き出した妹に。
辛い過去を受け止めて、前を向いて進み始めた者特有の、微妙な危うさを感じた。
妹には夫がいるが、アンジェラはまだ学生だ。当然、結婚などもしていないだろう。
キリアムは、アンジェラに妹を重ねてしまい、余計に彼女を守らなくてはという強い衝動に駆られた。
「ふふ、心配性の騎士様ですわね。そこまで言うのでしたら、寮まで送っていただけますか?」
「もちろんです。安全に送り届けますよ」
「よろしくお願いします」
ふわりと微笑んだアンジェラに、キリアムはほっとした笑顔を浮かべていた。