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読んでいただいてありがとうございます。おそくなりました。

 紳士なキリアムはアンジェラを寮まで送ると、そのまま帰って行った。

 アンジェラは部屋に戻ると、小さく息を吐いた。

 今日は色々あった一日だった。

 弟と多少和解出来たのは、おそらくいいことだったのだ。

 これで突撃されることもないし、故国にいた時のように、勝手に変な噂を流されることもないだろう。


「それにしても、お兄様は何を考えているのかしら?」


 縁を切ったはずの妹がいる王国に、ヴァージルを送り込んで来た。

 ここにアンジェラがいることを、兄は知っていた。

 ヴァージルがアンジェラに会えばどうするかというのも、きっと分かっていたはずだ。

 アンジェラが血の繋がりなど必要としていないことも。

 知っていてなお、送り込んで来た。

 和解のためなのか、さらに拗らせるつもりだったのか、兄の真意が見えない。


「……手紙を……」


 書いた方がいいのだろうか?

 その真意を確かめるために。

 けれど、アンジェラの名前で送ってもまともに返事が来るとは思うえない。

 その前に兄に届くかどうかも怪しい。

 いっそ弟の名前で……それだと父母が勝手に開けそうだ。


「無理ね」


 まともな連絡手段がない。

 そもそもアンジェラはあの家と完全に決別して出てきたので、連絡を取るつもりなんてなかった。

 弟が来なければ、絶対に手紙を書こうとも思わなかった。


「……もうこのまま流れに任せるしかないのかしら」


 幸いにも弟はアンジェラを傷つけるつもりはないようだし、このまま様子見するしかない。

 そう思ってアンジェラは眠りについたのだった。




 それからしばらくの間は平和だった。

 弟とはぎこちないながらも何とか交流し、学園ではいつも通りに勉強をして、ミュリエルたちとくだらない話で笑う、そんな何でもない日常を送ることが出来た。

 けれどある日、その声が学園内に響き、アンジェラは頭を抱えそうになった。


「お兄様!!ずるいわ!!」


 大声で話す少女をアンジェラはものすごくよく知っていた。

 校門でヴァージルに詰め寄って喚いていたのは、彼の妹。

 容姿がアンジェラに似ているので、彼女の方をチラリと見ている生徒もいた。


「サマンサ、どうしてここへ?」


 ヴァージルが戸惑った声で妹に話しかけると、サマンサはさらに大きな声で兄を責めた。


「お兄様だけ逃げ出して留学なんてずるいのよ!お母様に頼んで、私もここに留学することにしたから!」

「したからって、試験は受けたのか?」

「試験?何のこと?」

「この学園に留学するためには、それなりの学力が必要になる。だから、かならず編入試験を受けなければならないんだ」

「は?うちは伯爵家なんでしょう?そんなの必要ないはずだけど?」

「それはディウム王国内の学園の話だ。フレストール王国では違う」

「そんなのおかしいじゃない。国が違っても我が家は伯爵家なんだから!」


 さらにキーキー言い立てた妹に、ヴァージルと一緒にいたこの国出身の少年が呆れた声を出した。


「ヴァージル、失礼だが、君のところの教育はどうなっているんだ?」

「……ごめん」


 留学してから同級生たちの質の高さに驚き、というより実家の質の低さにげんなりするしかなかったヴァージルは、素直に謝った。

 やはりこうして比べてみると、妹の稚拙さがよく分かる。

 かつては自分も彼女と一緒のような存在だったのかと思うと、情けなくなる。


「君、君がどこの誰だか知らないが、ここはフレストール王国だ。この国にいる以上、この国の規則に従うのは当然のことだろう?フレストール王国では、王侯貴族であろうとも、この学園に通うためには必ず試験を受けなければならない。最低限の学力を見るためにもな。爵位を持っている家に生まれたからといって、免除されることはない。だが、試験はそこまで難しいものではないはずだぞ?だいたい、どの家の子供も受かるしな」


 受かるだけで、学力不足者は下位のクラスに振り分けられる。

 ヴァージルたちがいるのは上位のクラスなので、ちゃんと勉強をしてきた者たちの集まりだ。


「でも!」

「サマンサ、いい加減にしろ!留学したければちゃんと試験を受けてから来い。それに母上の許可ではなく兄上の許可も必要だ。兄上には言ってあるのか?」

「……上のお兄様には言ってないわ。お母様が言っておくからいいって……」

「……はぁ、最悪だ」


 兄が聞いていたら、きっと許さなかったはずだ。

 サマンサが令嬢として足りない人間であることは分かっているのだから。


「それに、ここに来るまでの費用はどうしたんだ?兄上からもらっていないのなら、どうやって作ったんだ?」

「そんなの知らないわ。お母様が全部手配してくれたから」

「母上が?」


 持っていた宝石でも売ったのか、それとも新しい金づるでも見つけたのだろうか。

 どちらにせよ、ろくでもない方法でお金を用意したのだろう。


「どこに泊まっているんだ?」

「マルコスっていう商人のところ。お母様がマルコスに私のことを頼んだの」

「分かった。とにかく今日はもう帰れ。後で僕も行くから」

「仕方ないわね」


 さすがにこれ以上、ここで騒ぐのは不利になるとでも思ったのか、サマンサは不満そうな顔をしながら帰って行った。

 サマンサが帰ると、ヴァージルは大きなため息を吐いた。


「……大変だな」

「うん……」


 疲れた顔をしたヴァージルは、人影に隠れていたアンジェラを見つけて力なく近寄ってきた。


「ヴァージル、あの」

「姉上はサマンサに近寄らないでください。あいつは僕が何とかします。あいつ、姉上がここにいるって知ったら、もっと面倒くさいことになると思うので」

「そうね。正直、関わりたくないわ」

「えぇ、それでいいと思います。後始末は僕がします。それくらいはしないと……」


 はぁ、と再度大きなため息を吐いた弟の頭を、アンジェラは何となく撫でた。


「……姉上?」

「何か疲れてるから……」

「いえ、ありがとうございます。もしサマンサが何か言ってきても、全部無視して僕に言えって言ってください」

「そうするわ。でも、久しぶりに見たけれど、どうしてあの子、あんなに人気があったのかしら?」


 妹のことを初めて外側から見たが、ディウム王国で何故あそこまで人気があったのか理解出来なかった。

 常識知らずの我が儘娘にしか見えないのに。


「特定の人間にだけ、甘え上手になるんです。相手の方も、アイツが調子に乗っている姿を見て楽しんでいたみたいですよ。そのせいか、アイツに贈られている宝石の大半は偽物で、いつ偽物に気が付くのかっていう賭けの対象になってたみたいです」


 さすがにこのことを聞いた時はムカついたが、サマンサに言っても信じないだろうから黙っていた。

 兄には報告したが、兄もため息を吐いただけで、特に何も動かなかった。

 というより、動けなかった。

 おそらく姉と妹は、何度もそういう賭けの対象になっていたのだ。

 そして、おそらく自分たちも。

 だから、もう放置するしかなかった。


「少し、母上のお金の出所だけが気になりますが、姉上に迷惑をかけないようにしますから」


 ヴァージルのどこか諦めきった笑顔に、アンジェラはただ頷くことしか出来なかった。


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― 新着の感想 ―
やっと癌を切除したのに再発して更に転移したような気分だろうなぁ。
また騒動の火種が…(でっかい溜息)
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