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読んでいただいてありがとうございます。リブラノベルズさんから、苦い恋シリーズの「誰のための幸せ」が4月25日に電子書籍で販売されます。書き足しもしましたので、そちらもよろしくお願いします。
一通りディウム王国の本を読んだ後、アンジェラは席を立って別の本を探しに行った。
つい最近、セオリツ国という文化が全く違う国の話を耳にした。
東にある島国らしいが、島国ゆえ独自の文化が花開いており、それがフレストール王国やバルバ帝国とも全く違うらしい。
一度だけ宰相の屋敷でセオリツ国出身の男性と話しをしたことがある。
名前も独特で、漢字と呼ばれる文字は、習得するのが難しいと聞いた。
「たしか、ここら辺だったはず……」
ほとんど人が来ない図書館の端っこの方に、セオリツ国の本はあった。
借りる人が少ないのか、表紙があまり傷んでいない。
そして、少しだけ上の方の棚にあった。
がんばって伸びれば何とかなりそうな高さだったので、アンジェラが一生懸命足と腕をのばしてぷるぷるしながら取ろうとしたら、横からすっと綺麗な白い指が伸びてきて本を取ってくれた。
「はい。どうぞ。あまり無理な取り方をしていると危ないわよ」
アンジェラよりは年上で、アンジェラより背が高い女性がくすりと笑いながら本を渡してくれた。
「あの……すみません。いけるかと思いました」
「絶妙な高さだものね。気持ちは分かるわ」
くすくす笑う女性は左側の額から目にかけておおきな傷痕が残っていた。
少し長めの前髪で隠してはいるが、はっきりと分かってしまう。
アンジェラの視線が傷痕にあることに気が付いたのか、女性が前髪を掻き上げてしっかりとその傷痕を見せた。
「これ、気になるわよね?前にちょっとした事故でついてしまった傷なの。私個人や家族、それに旦那様は気にしていないから、家だとこんな風に隠してはいないんだけど、外に出る時は一応ね」
「申し訳ございません。不躾な視線を送ってしまいました」
「いいわよ。あなたの視線は、別にこの傷があって可哀想、とか思っている視線じゃなかったから。純粋な好奇心みたいな視線だったわね」
「……位置的に、傷をつけた物が大きく目の前に迫ってきたでしょうから、ちょっと怖いな、と思いまして」
「……えぇ、怖かったわ。さすがにもう味わいたくないわね」
「そうですね。世の中には自分の力ではどうしようもないこともありますが、出来れば痛いことはない方がいいです」
アンジェラが心の底から同意すると、女性も頷いていた。
「ふふ、私、セルフィナというの。あなたは?」
「アンジェラです。学生をしています」
「まぁ、学生さん。私は他国の出身だからこの国の学校には行ったことがないのだけど、どんな感じなのかしら?」
「私も他国出身です。一年ほど前にこちらに来たのですが、はっきり言って全然違いますね。規模もそうですが、授業内容も祖国で受けていた授業より格段に上です。フレストール王国が大国な理由が少しだけ分かった気がします」
「あなたもなの?そうね、私もこの国に来て、生まれた国の小ささを知ったわ。国どころか生まれた町から出ることなく一生を終える人もいるわ。こうして他国に来られた私たちは幸せ者なのかもしれないわね」
「はい」
「あなたが読もうとしていた本、セオリツ国の本よね?行ったことはある?」
「ありません。ですが、つい最近、セオリツ国の方と少し話させていただく機会があったので、興味を持ったんです」
「あら、そうなの。実は私もセオリツ国について調べようと思ってここに来たのよ。旦那様から、そのうち一緒に行こうと誘われたの。噂でしか聞いたことのない国だったから、きちんと調べようと思ってね」
セルフィナが嬉しそうにそう言ったので、アンジェラは、よほど旦那様のことが好きなんだなぁ、と思った。遠くにあるセオリツ国までセルフィナと一緒に行くという旦那様も、きっと妻のことを心の底から想っているのだろう。
「よろしければ、先に読まれますか?私は暇があればここに来ているのでいつでも読めますし、他の国にも興味が湧いたのでそちらから先に読んでも何の問題もありませんので」
「いいの?宿題とかではなくて?」
「完全なる個人的趣味です」
「ありがとう。今日はもう帰らなくてはいけないけれど、今度、お礼をさせてね」
「いいえ、お気遣いなく」
「旦那様は貿易を主な仕事にしているから、珍しい物があったら持ってくるわね。ありがとう、アンジェラ嬢」
「あの、本当にお気遣いなく、セルフィナ様」
そもそも本は図書館の物、つまりは国の物で、誰でも読めるし、身分さえしっかりしていれば誰でも借りられる。別にアンジェラ個人の物ではないので、読む順番を譲ったところでお礼をされるほどのことではない。
「いいの。最近は王国以外の出身者も多いけれど、全体で見たらまだまだ少ないわ。その中でせっかく出会えた貴重な異国出身の女性同士よ。それくらいはさせてね」
そう言ってセルフィナは笑顔で帰って行った。
セルフィナがどこの家の方かは知らないけれど、どう考えても貴族の奥方だろう。
立ち居振る舞いが絶対庶民じゃない。
それに旦那様が貿易をしていると言っていたので、爵位が上の方の奥方かも知れない。
「……まぁ、いっか」
図書館でちょっと知り合っただけの女性だし、あちらも家名は名乗らなかったので仰々しい対応は不要ということだろう。
考えても仕方ないので、アンジェラはバルバ帝国について書かれた本を持ってきて読み始めたのだった。