⑫
読んでいただいてありがとうございます。
学年が違えば校内では接触する機会は少ない。
アンジェラは基本的に友人の誰かと一緒にいるし、ヴァージルも留学してきたばかりで色々と勝手が違って疲れているようだった。
これはクラスメイトの妹からもたらされた情報なので、ヴァージルは周囲に分かるくらい疲れ切っているのだろう。
アンジェラも身に覚えがある。
いくらディウム王国では天才や秀才ともてはやされていても、フレストール王国では普通の人だ。
フレストール王国の学力の方が上だし、教えられることも全然違う。
こちらの勉強についていくために、アンジェラは最初の頃に必死で勉強した。
そうでないと、教師の言っている意味も分からなかったのだ。
幸いミュリエルたちが分からないことは教えてくれたので二ヶ月ほどで追いついたが、来たばかりのヴァージルはこれからだ。
捨てたとはいえ弟であることに変わりはない。
友人が出来たのかとか、学園の勉強についていけているのかとか、色々と心配だったが、きっとヴァージルが知れば余計なお世話とでも言うのが目に見えるようだったので、アンジェラは特に干渉することもなくそのままそっとしておいた。
人懐っこいと評判だった弟だ。
アンジェラの心配など、杞憂にすぎないだろう。
そんなことを考えながら、授業が終わった後、街にある王立図書館へと出かけた。
街にある大きな図書館は、各国から集めた本がたくさんある。
学園の図書室もそれなりに充実はしているが、王立図書館とは規模が違い過ぎる。
アンジェラはこの図書館が好きだったので、時間が許す限りここに来ていた。
おかげで司書さんたちともそれなりに話すようになった。
歴史の本を手に取りながら、そういえば、ディウム王国のことを調べたことがない、ということに気が付いた。
嫌なことを思い出してしまうから、頭の中から消していた。
けれど、ヴァージルが目の前に現れたことでディウム王国での生活を思い出してしまった。
アンジェラはディウム王国のことが書かれた本を手に取った。
すでに思い出してしまったのだ。
あの国のことを調べるいい機会だ。
定位置となっている少し奥まった場所にあるイスに座って本を読み始めた。
「……ディウム王国って、微妙な国なのね……」
フレストール王国から西の方の国に行く時の中継地的な役割を果たしている国の一つだが、絶対にディウム王国を通らなくてはいけないかというと、そうでもない。
大きな街道が通っているのは国の端っこの方で、抜けようと思えば半日くらいで隣国へ抜けられる。
一応、街道沿いに宿場街があるのでそこで泊まることも出来るが、隣国の宿場街の方が大きくて物も多く集まっているようだった。
商人たちは主に隣国で取引きをしているらしい。
たとえ端の方でも街道が通っている以上、通行料は取れるが、それ以上の発展はなさそうだった。
主な産業は農作物の輸出で、輸出には港が使われている。
「そういえば、麦を作っていたような……」
父と兄が麦の発育がどうのこうの、と話していたのを聞いた気がする。
「ふふ、今になって知るなんてね」
表面上どれだけ取り繕っていても、やはりあの国で過ごした時間はそれなりのトラウマになって残っている。
だから、あの国のことを知ろうともしなかったし、国の名前を聞くのも無意識のうちに嫌っていた。
心の中に、どろりとした黒いモノが溜まっている気がする。
アンジェラが感情のままに振る舞うような人間だったら、今頃、ヴァージルに向かって怒っていたかもしれない。
『何で今更!姉と呼ばないで!』
そんな風に言って胸ぐらを掴んでがくがくと揺さぶったら、気は済んだだろうか。
アンジェラの性格では絶対に無理なことだけれど、ほんの少しだけ、やってみたいな、と思ったのは秘密のことだった。