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ミュリエルたちとたわいもない話をしていると、クラスメイトの一人がアンジェラのもとへと急いで来た。
「アンジェラ、今、妹に確認してきたんだけど、妹のクラスに留学生が来たんですって。ヴァージル・トウニクスっていう名前よ。アンジェラの弟だよね?」
「……えぇ、そうです」
ヴァージルが留学してくるのなら、この学園だとは思っていたけれど、やはりそうだった。
この学園はフレストール王国の貴族と、平民でも優秀な人材が揃っている。
人脈作りには最適の場所だ。
「やっぱりそうなのね。アンジェラ、しばらくの間は一人で行動しないでね?ジェラール様かミュリエルか、二人がいない時は、集団行動しましょう!」
「迷惑をかけます、すみません」
「友達だもの。こういう時は助け合わないと」
あまりコミュニケーションが上手い方ではないと自覚しているが、クラスメイトたちはアンジェラに対して屈託なく話しかけて友情を育んでくれた。
最初は宰相が後見している女性ということで注目を浴びたが、アンジェラが誰に対しても誠実な対応をするので、アンジェラに対して構える人間がいなくなった。
それにミュリエルと元婚約者であるファビアンの一件以来、クラスが一致団結することが多くなった。
「ねぇ、アンジェラ、よく考えたら弟さんって何をしにこの国に来たのかしら?」
ミュリエルが首を傾げて聞いてきたのだが、アンジェラにもその理由がよく分からない。
アンジェラがこの国にいることは知っていたようだけど、アンジェラに会うためだけならわざわざ留学することはない。
留学という形を取っている以上、それなりの成果を出さなければ意味はない。
「ディウム王国ってそれなりの規模の国よね?ちょっと調べればアンジェラの後見人が宰相閣下で、アンジェラのクラスメイトには公爵家や侯爵家の人間がいるって分かるわよねぇ」
「別に隠してないしなぁ」
「……知らない、とか?」
「そういえば、ジェラールに喧嘩売ったんだっけ」
「物語とかだと、自分が優位だと思っている人って、見下してる人間の友人を何故か見下しますものね」
「ありますわね。実は……からの展開が好きです」
「現実もそんな感じですわね」
こうして話しているクラスメイトたちも、実は……な人間が多い。
アンジェラたちのクラスには色々なタイプの人たちがいる。
筆頭は公爵家のジェラールだが、他にも伯爵家や平民だが大きな商売をしている家の人間もいる。
公の場では立場に沿った振る舞いを求められるが、学園で結んだ人脈は馬鹿に出来ない。
だからこそ、留学生も自国の不利になることをしない人を選ぶ国が多い。
ヴァージルは今はまだ学園内で問題を起こしていないし、ジェラールに突っかかったことも、突然の姉との再会で動揺した、という何ともグレーな感じで処理が出来ている。
ただ、もし学園内で問題を起こした場合は、どうしようもない。
「……たぶん、知らない、というのが正解だと思います。確かに私は伯爵家の娘でしたが、素行の良くない噂ばかり流れていましたし、いなくなったところで本気で探す人間などいませんでしたから。弟は兄から聞いていたのでしょうが、ディウム王国にとって私は価値のない娘ですから」
アンジェラの名前を好き勝手に使って遊んでいた姉妹や散財していた母が、アンジェラがいなくなった後、どうしているのかは知らないけれど、悪い噂が消えているとは思えない。
ディウム王国がもしアンジェラがフレストール王国にいると知っていたら、悪女を排除しようと刺客が送られてもおかしくなかっただろう。
きっと兄以外は、誰も知らなかったのだ。
アンジェラがここにいることを。
ヴァージルが留学するから兄は教えたにすぎない。
さすがに同じ学園内では顔を合わせてしまうかもしれないから。
「ディウム王国の人たちって、目が腐ってるのかしら?」
ミュリエルが本気でそう言ったので、アンジェラはくすりと笑った。
「ミュリエル、私はディウム王国よりここにいる皆さんに認められている方が嬉しいです」
「いくらでも言ってあげるわ。アンジェラは私たちの大切な友達よ。この国からいなくならないでね?」
「はい。今のところ、ここから出て行く予定はありません」
「バルバ帝国から勧誘されてもダメよ?」
「バルバ帝国ですか?」
「そうなの。帝国が最近、有能な人材確保に動いているらしくて。うちのお姉様の婚約者にもお誘いがあったそうよ。お義兄様、騎士だけど植物友達が帝国にいるらしくて、好きなだけ研究出来るよ、どう?みたいな感じの手紙が来ていたんですって。お姉様が笑顔でその手紙を燃やしたそうよ」
「ロクサーヌ様らしいですね」
バルバ帝国への誘いの手紙を燃やすロクサーヌを、婚約者のロランがそれは嬉しそうに眺めていたことをここにいる誰も知らなかった。
ロクサーヌが見せてくれた嫉妬する姿や、婚約者を取っていこうとする相手に怒っている姿は、ロランが望んでいた感情だ。
複雑すぎる大人のアレコレは、まだまだお子様な学生たちが知らなくてよい感情だった。




