①
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
予定通りアンジェラの物語を始めさせていただきます。
思い入れのある子なので少し物語が長くなるかもしれませんが、どうぞお付き合いください。
アンジェラは冬休みの間に、少しだけ王都から離れた海沿いの町に観光旅行に出かけたが、年が明ける前には戻ってきて、寮で過ごしていた。
そして、フレストール王国に来て初めて迎える新しい年にアンジェラは少し心が弾んでいた。
夜には、友人たちから教えてもらった中央広場にあるという女神像に花を捧げに行こうと思っていた。
古い年が終わり新しい年を迎える今日だけは、女神像の周辺は夜中でも人が多くいて屋台なども夜通し営業しているようなので、夜の雰囲気というのも味わってみたい。
子供たちもこの時だけは夜更かしを許されており、騎士たちも大勢見張っているので案外夜でも安全なのだとか。
とはいえ、日が昇ればさらに混み出すとのことだったので、アンジェラは夜中に女神像のもとに行こうと考えていた。
今日は寒いけれど天気も良いし、窓の外には綺麗な星も見える。
「ふふ」
祖国にいた時と何と違うのだろう。
あの頃は、新年の休みなんてうっとうしくて仕方がなかった。
なぜなら、アンジェラの居場所である図書館もさすがに年末年始は閉まっていたから。
行く場所もなかったので仕方なく部屋で勉強をして過ごしていたのに、いつの間にか「アンジェラ」の変な噂が広まっていて、兄や弟そして婚約者から嫌悪感に満ちあふれた目で見られていた。
何度、その噂の「アンジェラ」はあなた方の腕にぶら下がっている姉と妹ですよ、と言いたかったことか。
言ったところで信じてもらえなかっただろうし、怒られていただけだろう。
そう思って、アンジェラはさらにくすりと笑った。
忘れようと思っていても、今までの生活と違いすぎて逆にあの頃のことを思い出してしまう。
捨てた、こだわっていない、もう関係ない。
強がってそう思っていても、記憶はけっして消えてくれない。
そしてふとした瞬間に、何故か嫌な記憶が浮上してくる。
けれどアンジェラは、祖国ごと家族を捨てたことに対して後悔などしていない。
それだけは、何度同じ場面がきても捨てる選択をする自信がある。
過去に苛まれてしまうこともあるけれど、それはアンジェラが大事にしたい過去ではない。
アンジェラは、ゆっくり呼吸をすると嫌な記憶を追い払った。
そろそろ時間になるので、女神像のもとへ行こう。
雑多な、多くの人が生きている感じがするであろう場所で、その中に交じって歩いてみたい。
今まで人混みを避けて生きてきたので、堂々と歩きたい。
暖かい外套を着ると、アンジェラは寮の入り口へと向かった。
途中で同じように寮に残っていた生徒と挨拶を交わし外に出ると、数日前に降った雪が道の左右にまだ残っていて、寒さを象徴しているようだった。
こんなにわくわくする新年は初めて迎えた。
足取り軽く中央広場に向かって歩いて行くと、多くの屋台が出ていた。
大人たちが陽気に飲んでいる屋台もあれば、子供たちが群がっているお菓子を売っている屋台もある。
大人も子供も関係なく、新しい年になるこの瞬間を楽しんでいた。
花を売っている屋台で一輪の白い花を買うと、アンジェラは女神像の前へと来た。
女神像にはすでに多くの花が捧げられていた。一度女神像に捧げられた花は、待機している神官から子供たちに下げ渡され、子供たちが花冠を作って頭に被っていた。よく見ると若い女性も花冠を被っている。子供たちが作った花冠を安く売っているようだ。ちょっとした小遣い稼ぎなのだろう。
アンジェラは女神像の前にいる神官に一礼すると、女神像に花と祈りを捧げた。
小さな頃は、家族に愛してほしいと願った。一緒にいてほしいと願った。
その願いが決して叶えられないと悟ってから、神殿に祈りに行くことさえ止めてしまった。
自分で何とかするしかないという思いで必死だった。
少しだけ自分に余裕が出来た今、勝手かもしれないが、こうして神に祈りを捧げにきた。
アンジェラ自身は、何を祈ればいいのかまだ迷っている。
けれど一つだけ、この国で出会ったアンジェラの大切な人たちが幸せでありますように、とそれだけは祈った。
祈りを捧げてどこかすっきりした気持ちになったアンジェラは、中央広場にあったベンチに座って屋台で買った串焼きを食べていた。甘辛いタレがとても美味しい。この後は、甘い物でも食べようかと考えて周りを見ていたら、広場の隅っこの方で一人の騎士が困ったような顔をしていた。
よく見ると騎士の傍には小さな子供がいて、そちらの子供はぐすぐすと泣いているようだった。
アンジェラは少し考えてから立ち上がると、騎士と子供の方へと歩いて行った。
近付くと、騎士が一生懸命ぐずる女の子を宥めようとしていた。
「困ったな、おじさんは別に怖い人じゃなくて、君のことを知りたいだけなんだ。住んでいる場所とか、待ち合わせの場所とか、お父さんかお母さんのこととか……」
おじさん、と本人は言っているが、多く見積もっても二十代後半くらいの騎士だ。
話の内容だけ聞くと変態か何かだろうかと思えるが、恐らく女の子は迷子なのだろう。
騎士の服は王都の治安を守る第二騎士団の物だし、間違っても誘拐の類いではない。
ただ、迷子の子供は不安や恐怖が入り交じっていて、身体の大きな男性騎士は怖い対象になってしまっているのだろう。
アンジェラは意を決して声をかけた。
「騎士様、よろしければ、私がその子と話をしましょうか?」
「え? あ、すみません、お願いできますか?」
騎士も子供に泣かれて困っていたのか、アンジェラに場所を譲った。
「大丈夫よ、私とこちらの騎士様があなたをお父さんとお母さんのもとに送って行ってあげる。でも、そのためには、あなたのことを少しだけ教えてね。お父さんかお母さんは、どこでいなくなったの?」
「……ぐす、あっぢぃ」
女の子はぐすぐすしながら、広場の反対方向を指し示した。
「あら、そうなの。じゃあ、あちらでお母さんがあなたのことを探しているかもしれないわね。私と一緒に行ってみない?今なら騎士様の護衛付きよ」
「……うん」
女の子は、アンジェラの手をぎゅっと握ると、こくこく頷いた。
「いい子ね、さぁ、行きましょう」
アンジェラが騎士の方を見ると、騎士は頷いて子供と手を繋いだアンジェラの後ろをなるべく気配を殺しながら付いてきてくれた。
アンジェラが子供と広場の反対側に歩いて行くと、きょろきょろと焦って誰かを探している女性がいた。
「あなたのお母さん?」
「うん、おかーさーん!」
子供の声に母親が気が付いて、走って近付いてくるとすぐに娘を抱きしめた。
「もう、この子は!急に走っていなくなるから探したのよ!」
そう言って子供を強く抱きしめると、ほっとした表情をしていた。
「ありがとうございます。この子を助けてくださって」
「いえ、お礼はこちらの騎士様に。騎士様が保護していたところに、私はたまたま通りかかっただけですから」
「本当にありがとうございました」
「いえ、何事もなくてよかったです。騎士たちが巡回しているとはいえ、気を付けてください」
「はい」
頭を下げると、母と娘は仲良く手を繋いで帰って行った。
アンジェラはそんな親子の姿を見ながら、昔ならきっと羨ましく思ったのだろうな、と考えていた。
今、そんなことを言うと、ミュリエルが手を繋ぐどころか抱きしめてきそうだ。
「お嬢さん、大変助かりました。ありがとうございました」
騎士がほっとした顔でアンジェラに礼を言った。
「いいえ、母親が見つかって良かったですね」
「えぇ、俺は第二騎士団のキリアム・スーシャと言います。騎士団の中では怖い顔の方ではないと自負していたので、子供に泣かれてどうしようかと思っていたところだったんです」
「まぁ、怖い顔だなんて……」
くすくすとアンジェラは笑った。
目の前の騎士は怖い顔どころか、たいていの女性を虜にするような甘い顔立ちをしている。
これで本当に騎士なのかと言われそうだが、鎧が似合いそうな鍛え上げられた身体を見れば騎士として実力があるのは分かる。
それに第二騎士団にいることからも、頭も良いのだろう。
第二騎士団は主に王都内の治安を維持している。単純なケンカから商人同士のもめ事、それに王侯貴族に対するあれやこれやで色々と大変な騎士団なので、単なる脳筋では務まらないと聞いたことがある。
けれど迷子の子供にとって重要なのはお母さんがいないという一点だけで、騎士の甘い顔立ちも鍛え上げられた肉体もどうでもよいことだったのだろう。
「失礼いたしました。私はアンジェラと申します。ただの学生ですわ」
ただの学生。そう言えることが、何となくアンジェラは嬉しかった。
もう少しこの二人に相応しいタイトルがある気がしているので、タイトルを変える可能性があります。