表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「個人企画」参加作品

氷雪吹きすさぶ峠で車を叩く音がする。

作者: 辻堂安古市

しいなここみ様主催「冬のホラー企画3」参加作品になります。




 冬ともなれば雪が降る。


 舞い落ちる雪は儚く、滅多に雪を見ない土地では子どもたちが声を上げてそれを追いかける。その雪も少し降り積もれば氷となり、人の行く手を阻む。しかし人は生きるために雪深い道を行かざるを得ない。時にそれは人の生の歩みすら止めることもあるのだ。






────────────────


 いつも使う峠のバイパストンネルが、除雪作業の為に閉鎖されてしまった。こうなるとチェーンをつければなんとか通れる峠道しかない。


 私は普段滅多に使わないチェーンの脱着に悪戦苦闘しながらようやく着け終わり、悪態をつきながらタイヤを一蹴りした。できることなら引き返したいところだが、生憎今日はどうしても仕事場に行かなければならない。こんな時に限ってオンラインでできる仕事ではないのが恨めしかった。


 車に乗り込み、エアコンを全開にして冷えた体を温める。道路はノロノロと進む車でいっぱいだ。チェーン脱着場から車線に入れば、あとは流れに任せるしかない。一体何時に着くのか見当もつかないが、とりあえず先方に遅れる旨だけ伝えて、うねり曲がる山道を登り始めた。


 高度が上がるにつれ、立ち並ぶ針葉樹に雪が積もっている量が増えていき、段々と雪深くなっていく。両脇にのけられた雪が腰ぐらいの高さまでになったところで峠を登り切ると、そこには棚田が広がっており、古びた家屋が点在している。このような光景を見ると、どうして人間という生き物は、こんな不便な土地を切り開き、住まおうとしたのか不思議に思えてくる。


 なかなか進まない車列の中、ぼんやりと景色を見ていた私の視界に動くものの気配があった。なんだろうと思ってそちらに目を向けると、白い着物を着た女性が1軒の扉から出てきていた。


 「白い着物」・・・この寒空の中、誰かがお亡くなりになったのならさぞ大変だろうと考えながらその姿を見ていたとき、その女性がこちらを「見た」。


 いや「目が合った」。


 距離は200m以上離れている。風雪で視界が悪い中、相手の表情もよく見えていないのに、なぜか「目が合った」気がした私は、何か見てはいけないものを見てしまった気がして、フロントガラスの向こうに再び目を向けた。





 その時、突然「ごうっ」と音が鳴り、車が揺れるぐらいの風が吹いた。





 「あぶない!」と思わず口に出してハンドルを握り直す。雪で埋もれているが道の両サイドには側溝があり、こんな状況で脱輪でもしたらたまったもんじゃない。風が止むまで数秒、しかしその風で雪が舞い上がって視界が利かなくなった。雪道での急ブレーキは命取りになるので、ハザードランプを焚いてギアを落とし、緩いポンピングでスピードを更に落とす。





こんこんこん。

こんこんこん。





 車に何かが当たる音がする。

 さっきの風で折れ曲がった枝が車を叩いているのだろうか。





こんこんこん。

こんこんこん。





 それにしてはやけに規則的な音がする。

 一体・・・




こんこんこん。

こんこんこん。





 あれだけうるさかった風の音が聞こえない。

 ぱさり ぱさりと枝から雪の落ちる音だけが聞こえる。




こんこんこん。

こんこんこん。





 その中でなぜか聞こえてくる車を叩く音。

 どこだ?どこからの音だ?

 前・・・ではない。

 後ろ・・・バックミラーには映ってない。





こんこんこん・・・。

こんこんこん・・・。





 それは、すぐ横だった。


 白い着物を着た女が、じっとこちらを見ている。

 感情は感じられないが、意思のある目で、こちらを。


 冷たい雪が積もる中、白い服を着て白い髪の白い肌をしたその女は、ひどく美しく見えた。

 氷の彫刻のようにも白磁でできた人形のようにも見えるその女は、すっと片手をあげる。

 まるでそちらに進めと言わんばかりに、その方向一点を見つめて。




 従うべきか、従わざるべきか。




 私がとった行動は、「従う」だった。

 何故かはわからない。

 その時は、そうするべきだと思ったとしか言いようがない。



 私がハンドルを切った直後。

 静寂を破って辺りに響いたのは、車が玉突きで衝突していく金属音だった。

 続いて鳴り響くアラート音。

 私の乗っていた車を除いて、10台ほどが玉突き衝突し、2台が崖を転がり落ちてしまったのだった。



 しばらく呆然とその様を見ていた私は、先ほどまでの事を思い出して辺りを見回す。声を出して女性を探そうとした瞬間、ヒヤリとした氷のような感触が唇を覆い、私は言葉を飲み込んでしまった。


 ドライバーの騒ぐ声とアラート音が響く中、私はただ立ち尽くしているだけだった。








 あれから数年が経つ。何故あの時私を助けてくれたのか、今になっても分からない。そもそも、助けるつもりだったのかも分からない。ただ私は、あの峠を通るたびに、あの白い着物を着た女性が出てきた家に向かって、心の中で御礼をいうことにしている。







 明日は雪が降り積もるとの予報がでている。私は今、白い息を吐きながら、チェーンをタイヤに巻いている。


 心の何処かで、彼女との再会を望みながら。









殺人無し 流血描写無し で挑戦してみました。

ホラー難しい・・・!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
企画概要 ↓作品検索
冬のホラー企画3
バナー作成/幻だるま様
― 新着の感想 ―
うっかり怪異と目を合わせてしまった視点人物がどうなってしまうのか危ぶまれましたが、むしろ命拾いする事が出来てなによりでしたね。 害意のなさそうな存在だったようで何よりです。 とはいえ「視点人物が生きる…
そう。『どうしてこんなところに人間が住んでいるのだろう?』みたいな土地、ありますよね(•ᵕᴗᵕ•)⁾⁾ 歴史的な理由なのかな? そして語り手はその土地と何か縁があったのかもしれませんね。
謎の女性が何だったのか? 主人公の漂流が、 今ここから……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ