帽子とベスト
本編終了後、第二弾。
暑さが和らぎ、徐々に朝晩の気温が下がり、行き交う人々も長袖を着るようになってきた、この時期。
「アユムさん。そろそろですか?」
ここ数日、チラチラと私を見る機会が増えていたソニアちゃんが、私の手元を確認してから話しかけてきた。
「うん。この時期になったね」
私が手にしていたのは、2本の編み棒。そう、編み物教室の時期がやってきたのである。
ソニアちゃんは、少し前のめりになりながら尋ねてきた。
「なら、今年は……」
「去年はマフラーだったから、帽子の予定だよ」
教会からも、そのように要望されている。事前に編み図の準備もしているので、後は参加者の募集をかけるだけだ。
募集用の張り紙を見せるより早く、ソニアちゃんは腕をピシ、と上げた。
「私、参加します」
「ちゃんと枠は確保しておくね」
編み物教室の定員は約十名。先着順で参加可能なのである。ソニアちゃんが参加するので、残りの枠は9名程度だ。
「毛糸を買いに行かなくちゃ」
「紺色の?」
「はい」
少し照れ臭そうに微笑むソニアちゃん。去年と同じ紺色の毛糸で帽子を作って、マフラーとセットで使ってもらいたいのだという。
「教会に行って、告知を頼んで……。ラウラさんも参加するのかな」
ドナートさんに贈る帽子を作るかもしれない。全体の告知とは別に手紙を出そう。
毛糸はポイントを引き換えるだけなので、買いに出る必要はない。
「アユムさんは、渡すんですか?」
「トッドくんとターシャちゃんに、それぞれ帽子を作ろうかと」
去年までの帽子は小さくなってきた、とジュディさんが言っていた。説明用の帽子は大きくなくても良いので、折角だから二人に贈ることにしたのだ。
そう思って答えたのだが、ソニアちゃんは頬を膨らませた。
「そうじゃなくて、ベルンハルト様に贈らないんですか?」
「あ」
そういう質問だったのか。全く考えていなかったので、間の抜けた返事になってしまった。
私の反応な、信じられない、と目を丸くしてソニアちゃんが詰め寄ってくる。
「忘れてたんですか?」
「忘れていたというか……」
マフラーや帽子だと、渡しても使い所が無さそうだから候補に入れていなかった。というのが正しい答えだ。
「作るとしても、ローブの下に着るセーターか、ベストかな」
普段、ベルンハルトやランバート様達が、店に来る時の服装を思い出したのだろう。ソニアちゃんは納得したように頷いた。
「貴族って大変ですよね。寒いのに見た目を気にしないといけないのって……」
騎士や国立魔法研究所の研究員には制服がある。研究員はローブさえ着ていれば特に問題はないが、着込む必要が必要があるのかを考えると。
「あ、でも、ベルンハルト様なら、魔法で温度調節くらいできそう……」
「そういうこと」
「なるほど……」
研究所のトップであるベルンハルトが、防寒手段を持っていないはずもなく。作ったところで実用性がないことが分かりきっているのだ。
「だから準備してなかったんですね」
「今頃、貴族向けの魔法道具製作をしてると思うよ」
この冬も忙しい、と言っていた気がする。貴族は基本、同じシーズンの社交で同じ装飾品をつけない。毎年、防寒用の魔法道具を新調するのだ。
研究員達は今日も徹夜で作業なのだろう。そんな彼に、役に立つかはわからないけれど。
「……自分用にしてもいいから、作ってみようかな」
嬉しそうに腕に抱きついてきたソニアちゃんと二人、紺と緑の毛糸を買いに出掛けるのだった。
◇
およそ、一ヶ月後。編み物教室は順調に進み、全ての受講者が帽子を完成させた。
「できた……」
「できたね」
初めて作る帽子に苦戦していたソニアちゃんも、満足いく出来栄えになったようだ。
それぞれが渡したい相手を頭に浮かべ、明るい顔で店を出ていく。
「アユムさん、今日渡します?」
「そうだね」
既に日差しがなければ出歩くには寒い季節だ。渡すなら早い方がいいだろう。
夕食前にでも渡そうかな、と考えていると、タタタタと軽い足音が2人分、近付いてきた。
「「アユム〜!!」」
トッドくんとターシャちゃんが、勢いそのまま元気よく店に入ってきた。
「ごはん!!」
「できたよ」
「ありがとう」
はやくはやく、とトッドくんがソニアちゃんの、ターシャちゃんが私の手を取り、移動を促される。
「ベルもきてるよ」
「まってるって」
夕食を一緒に食べる予定だったベルンハルトは、既に到着していたようだ。編み物に集中していて時間感覚が少々おかしくなっている。
ちらりと窓から外を見れば、空は橙に染まっていた。二人はお腹が空いて仕方がないのだろう。キョロキョロと視線を忙しなく動かしながら廊下を進む。
「あ、おねえちゃん」
あちこち見ていたターシャちゃんの視線が、少し前を歩くソニアちゃんの手で止まった。
「できたの?」
ターシャちゃんが指差したのは、先ほど完成したばかりの紺色の帽子だ。
「うん」
ソニアちゃんが頷くと、ターシャちゃんは、わぁっ、と小さな歓声をあげる。
「すごいねぇ」
「アイツにあげるのか?」
わたしも作れるようになりたい、と意気込むターシャちゃんとは対照的に、トッドくんは複雑そうな表情だ。
お姉ちゃんが他人に取られそうなのが気に入らないのが、自分に帽子を作って欲しかったのか。どちらにせよ、仲が良くて何よりである。
そんな光景を微笑ましく思いつつ、今がチャンスだと口を開いた。
「トッドくん、ターシャちゃん」
「「なぁに?」」
私も今年は帽子を作ったんだけどね、と前置きをすれば、二人の瞳が期待に輝く。
「良かったら、貰ってくれるかな」
白と黒、二色の縞模様の帽子を二人の前に差し出した。
「ぼうし!!」
「おそろい?」
「色違い、かな」
どちらも白黒の縞模様だが、色が逆になっている。トッドくんは頂点のポンポンが黒のものを、ターシャちゃんは白のものを選んで被る。
「「にあう?」」
「二人とも、似合ってるよ」
手を繋ぎ、鏡合わせのポーズをとる二人。大変可愛らしい二人に、大きめのポンポン付きニット帽は良く似合う。
「気に入ってくれた?」
「うん!!」
「ありがとう!!」
あったかいね、かわいいね、と頷きあう二人は興奮で頬を染めたまま、私の両手を取って走り出す。
「みせにいこ!!」
「はやくはやく」
廊下を小走りで通り、部屋に入ると同時に二人は両手を広げ再びポーズを取った。
「「じゃーん!!」」
「おや、アユムの新作かい?」
「良かったね」
すぐに気が付いた両親に頭を撫でられながら褒められ、微笑む二人。
暫く撫でてもらって満足したのか、そのまま奥で座っていたベルンハルトの元へと向かう。
「……なんだ?」
じっと見つめてくる二人に、素っ気ない返事をするベルンハルト。普通の子供なら泣きそうなものだが、二人はそんなにやわじゃない。
「ベル〜」
「かんそう」
「……似合っている。暖かそうだし、良かったな」
褒めろと全力で主張し、望む答えを引き出すくらいは夕飯前なのである。
「ふふん」
「えへへ」
物怖じしない二人に勇気をもらい、私もベルンハルトに近付き、そっと話しかける。
「……ベルンハルト」
「ん?」
向けられた常盤色の瞳は、柔らかく細められていて。これなら強く拒絶はされまいと、そっと手に持っていたベストを差し出した。
「良かったら、これを」
「ベスト……、俺にか?」
「必要ないのは分かってるけど……」
予想外だったようで、ベルンハルトはベストを受け取ってはくれたものの、そのまま固まってしまった。
やっぱりいらなかったかな、と若干不安に思っていると、トッドくんが手を伸ばし、ベストの裾を引っ張った。
「ベルがいらないなら、ちょうだい」
その言葉でハッとしたのか、ベルンハルトがようやく口を開いた。
「……いや、大き過ぎるだろう」
「すぐおおきくなる」
トッドくんは今から成長する一方なので、何年かすれば十分着れる大きさになる。
ベルンハルトに防寒具が必要ないことは分かりきっているので、本人が欲しいならトッドくんに譲ろうか。
そう、提案しようと思ったのだが。
「駄目だ」
ベルンハルトは、トッドくんのお願いをはっきりと断った。
「けち」
「ケチじゃない。これは俺のだ」
トッドくんの手が届かないよう、ベストを持ち上げ、ベルンハルトは私に向き直る。
「アユム、ありがとう。大切に使う」
黒いローブを脱ぎ、白いシャツの上からベストを着るベルンハルト。
どうだ、と微笑む顔を見て、私の胸もなんだが暖かくなってきたのだった。