双子とポリマークレイのイヤリング
本編終了後の話になります。
「ねぇ、アユム」
「てつだい、ないか?」
ある日の朝、いつも通りお店に入ると、すぐ後ろから着いてきていたのか、トッド君とターシャちゃんに声を掛けられた。
「どうしたの?」
「きょうは、おやすみだよね?」
「そうだよ」
今日は店自体は閉めている日だ。店内の在庫補充や、魔法道具の手入れをしようと思っていたところだ。
普段は、店が休みの日は2人は来ないので珍しい。接客の手伝いをしてくれる2人は、作業日は邪魔になるからと、ジュディさんの店の手伝いをするか、外に遊びに行っていることが多いのだ。
「しょうひんつくるひ、だろ?」
「うん」
そう答えると、2人はやっぱり、と顔を見合わせた。しばらく互いに見つめ合い、意を決したように私の方を向いて、言う。
「わたしたちも、なにか、つくりたい」
「まえみたいに、おしえてくれよ」
以前、三つ編みのやり方を教えたときのようにしてほしいのだろう。
「それは構わないけど、確認するから、少し待ってね」
「うん」
「わかった」
2人には一度椅子に座ってもらって、私はレジ内に置いている書類やメモを確認する。
「注文は溜まってないし、店内在庫も十分。リアーヌ様からの依頼もないし、社交も直近はないか……」
オーダー品は昨日の夜、全て作って引き渡すだけ。店内の在庫も余裕がある。近々、大規模な社交もないので、リアーヌ様や他の貴族からの注文もない。
「うん。今日なら大丈夫だよ」
「やった」
「ありがと、アユム」
「それで、何を作りたいの?」
尋ねると、2人は途端に言葉を詰まらせた。
「えっと……」
「つくれそうなやつ、あるか?」
何か作りたいとは思っていても、何を作るかは全く考えていなかったらしい。
普段から手伝いをしてくれている2人のことなので、イメージに近いものがあれば、商品を言ってくれるはず。と、言うことは。
「折角なら、今まで作ったことがないものがいいかな?」
「うん」
「あたらしいやつ!!」
やはり、今迄に見たことがないものを作りたいらしい。2人が楽しめて、まだ此方でやっていないジャンルはあっただろうか。
「誰に渡すの?」
「ソニアおねえちゃん」
「きのう、クッキーつくってもらったから」
「おかえしする」
「成る程……」
クッキーのお返し、と聞き、頭に思い浮かんだのはオーブンと抜き型だ。
「よし。決めた」
これならば、トッド君とターシャちゃんも楽しめるだろう。私は、2人に一言断って、奥の私室に入る。
「【工房】」
工房に入り、引き換えできる基本キットを探していく。レザー、木工、ハーバリウム、キャンドル、マクラメ、ヒンメリ、と色んなジャンルのキットを見ていくと。
「ポリマークレイ……、あった」
探していた、ポリマークレイの基本キットを見つけた。工房スキルポイントは十分にあるので、そのまま引き換える。
「色も、基本色は全部あるみたい」
赤、青、黄、白、黒の5色があれば混色できるのだが、他にもピンクやオレンジ、黄緑など使い勝手の良い色は揃っているようだ。
「型も丸と四角、三角、雫……、十分かな」
型の形は4種類、大きさ違いで5つずつあるので、組み合わせ次第で色々と作れるだろう。
「ローラーとかヘラも欲しかったけど、ポイントが足りないか」
【ポリマークレイ】技能ポイントは1ポイントもないので、関連するアイテムが引き換えられないのが残念だ。ローラーは丸い棒を使って、ヘラは諦めよう。
「作業用マットはあるから、それを使って……」
レジン用のマットを追加で2枚、引き換える。これで机を汚す心配もない。引き換えたものを全部纏めて待って、店へ戻る。
「お待たせ」
「わぁ」
2人の前にマットを置き、その上に粘土と道具を並べていく。お行儀良く座って待っていたトッド君が、ガタリと椅子を揺らす。
「アユム、これなに?」
「ポリマークレイ。焼いたら固くなる粘土だよ」
「ねんど?」
「おさらの?」
「そうだよ」
この世界にも陶芸品はある。近くの森には粘土質の土もあるので、2人も知っているのだろう。とはいえ、実際に触ったことはあまりないようだ。
「これ、どうやるの?」
「まずは、好きな色を選んでもらいます」
持ってきたクレイを並べていく。鮮やかな色合いのクレイに、2人は目を輝かせた。
「あおと、あか!!」
「ピンクと、オレンジ」
「ソニアちゃんが好きな色は、緑とか黄色だったよね」
なので、全部の色を混ぜることは難しい。ビーズリングの時は虹色にしたが、今回はあくまでソニアちゃんへの贈り物だ。
「きみどりにする」
「やさしいかんじ」
クレイを横に並べて吟味した結果、2人が選んだのは黄緑色だった。ソニアちゃんが好きそうな、柔らかい色合いである。
「なら、白と黄緑でマーブル模様がいいかな」
「まざってるやつ?」
「そうだよ」
マーブル模様は、レジンでもよく使っている。イメージが固まったのか、2人は、いいね、と笑って言った。
「まずは、白と黄緑のクレイを、それぞれ柔らかくなるまで捏ねます」
トッド君に白、ターシャちゃんに黄緑のクレイを渡す。お手本用に、自分の前に青色のクレイを置き、マットの上で何度も伸ばし、コンディショニングをする。
「かたい!!」
「全身の体重を掛けて押さえてね」
「こう?」
「そうそう。上手」
力の弱い2人には、結構大変な作業である。時折手伝いながら、表面が滑らかになるまで、ひたすら繰り返す。
「やわらかくなった!!」
「なら、次は細長く伸ばします」
次は、細長い丸棒に仕上げていく。均等な太さの棒にすることがポイントである。
「このくらい?」
「同じくらいの長さになったらいいよ」
「トッド、みじかすぎるよ」
「ターシャのだと、ほそいだろ」
トッド君が作った棒に比べて、ターシャちゃんが作った棒は細長い。喧嘩になる前に、マットに描いてある目盛りを示し長さを決めると、2人は無言で棒を作り直した。
「次は私がやるね」
同じ長さになったところで、此処からがポリマークレイらしい作業である。
「2色のクレイをねじって1本にします」
2色が絡み合っている状態である。このまま、2色が馴染むように捏ねる。
「つぎは?」
「長くなってきたら、折りたたんで捻って……」
更に伸ばし、色を混ぜていく。
「何回か繰り返して、綺麗な模様になったら板状に伸ばします」
最後に一度丸い球の形にして、上から押し潰し、均等な厚さで伸ばす。アクセサリーようなので、ある程度の厚さを残した状態で手を止める。
「あ!!」
「クッキーみたい」
「察しがいいね、2人とも」
次の作業は、型抜きである。2人の前に型を並べると、早速手に取り、どれが良いかを考えているようだ。
「いっぱいある」
「好きな型を使って良いよ」
ううん、と暫く、型とクレイを交互に見る2人。気に入らなかったのかと心配していると、ターシャちゃんが両手に一つずつ、違う形の型を持ったまま聞いてきた。
「これ、わたしたちのぶんも、つくっていい?」
「かたちだけ、かえたい」
勿論である。3人分を作っても、十分な量だ。お揃いにした方が、持っていて嬉しいだろう。
「アユムも、おそろいしよ」
「おそろい、うれしい」
「いいの?」
うん、と同時に頷く2人に、ありがとうと感謝を述べる。自分用に黄緑色のアクセサリーは持っていないので、少し新鮮だ。
「さんかく!!」
「まるにする」
「ソニアちゃんは?」
「「ななめのしかく」」
「菱形だね。私は雫型にしようかな」
どの形の型を使うかも決まり、後は作るものに合わせて大きさを決めるだけである。
「2人はキーホルダーにして、ソニアちゃんと私はイヤリングにしようかな」
四角と雫型は小さめにして、2つ同じものを作る。トッド君とターシャちゃんの分は、大きめに抜いてキーホルダーが良いだろう。
そう提案すると、ターシャちゃんは首を横に振り、小さめの型を手に取った。
「わたしも、イヤリングがいい」
「ターシャには、まだはやいだろ」
「そんなことないもん。トッドのいじわる」
ターシャちゃんがイヤリングにすると、トッド君は1人だけキーホルダーになってしまう。折角のお揃いなのに、自分だけ仲間外れになるのが嫌なのだろう。
「ごめんね、小さいイヤリングパーツが無くて……。今はキーホルダーにして、ターシャちゃんが大きくなったらイヤリングにしよう?」
「…………うん」
「2つずつ作っておけば、簡単にできるから」
子供用のイヤリングパーツが無いのは事実なので、ターシャちゃんにそう伝えると、少しの間の後、納得してくれた。
「それまでは、おれとはんぶん、すればいいだろ」
「うん」
「なら、1つずつ金具に通そうか」
トッド君との話もついたところで、実際に型抜きをしてもらう。残った部分を取り除き、キッチンペーパーの上に並べて準備完了だ。
「上手に型抜きできたら、後は焼くだけです」
「オーブン?」
「そう、だけど。食べ物と同じやつは良くないから……」
それに、温度調節できないと困る。一定温度を維持できるオーブンが欲しいが、一般的なオーブンは薪を使うもので、温度調節は難しい。
「ちょっと待ってね」
「やけないの?」
「道具を準備しないといけなくて……」
完成していないので、【ポリマークレイ】技能ポイントでのオーブンの引き換えはできない。段取りが悪かったな、と反省していると、トッド君とターシャちゃんがじっと見つめてくる。
私の表情で、焼けないことを薄々察したらしい。ごめんね、と口を開き掛けたところで、トッド君が言う。
「なら、よべばいい?」
「そうだね」
「呼ぶって?」
誰を、何を、呼ぶと言うのか。詳しく聞くより前に、2人は大きく息を吸う。
「「ベルー!!」」
「え」
2人の叫んだ言葉は、聞き慣れたもので。もしかして、と思うより前に、ふわりと僅かに風が起こり、目の前で黒いローブが揺れる。
「……どうした」
「あのね、これ」
「やいてほしいの」
現れた人物に、トッド君とターシャちゃんは作品を指差し、一生懸命説明しようとする。確かに、困った時は何とかしてくれる人物であるが、今は仕事中ではなかろうか。
「ベルンハルト、呼び出してごめんなさい」
「休憩中だから構わない。新作か?」
「ええ。ポリマークレイという、焼成すると硬化する樹脂なの」
「アユムの世界の化学物質か。似た特性の素材があるな。焼けば良いのか?」
話が早い。突然呼び出されたのに嫌な顔一つせずこの対応である。クレイの欠片を手渡せば、少し指先で触った後、おおよそ分かった、と返してきた。
「一定温度で焼きたいのだけれど……」
「そんなことか」
温度と時間を伝えると、ベルンハルトは右手から小さな炎を出し、魔法で浮かせたのか、型抜きしたクレイの形を崩さずに炎の中に放り込んでいく。
「できたぞ」
「…………流石は国立魔法研究所所長様」
焼き時間が短いのは、魔法でなんとかしたのだろう。まだ少し熱いが、しっかりと硬化している。
「後は金具をつけたら完成です」
「ありがと、アユム」
「ベルも、ありがとう」
「ああ」
ベルンハルトのお陰で待ち時間もなく完成したイヤリングとキーホルダーを渡せば、2人は嬉しそうに店を出て行った。
喜んでもらえて何よりである。後で、ベルンハルトを気軽に呼び出してはいけないと説明しないといけないけれど。
「余った分は……、別のパーツにしましょうか」
「それは焼かなくて良いのか?」
ついでに焼いてくれるつもりだったのだろう。有難いが、首を横に振る。
「後で自分のオーブンを試したいから」
「そうか」
「それに、あくまで休憩でしょう? 戻らないと他の人に迷惑掛けるから」
「この程度で仕事が回らなくなるような者はいない」
早く戻って欲しいのか、と低い声で言うベルンハルトに、思わず笑ってしまう。
「色々試したいから、また後で迎えに来て」
「……ああ」
それまでに、緑色のクレイを使って、お揃いのブローチでも作っておこう。驚いて、喜んでくれると良いなと思いながら、その姿を見送った。