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8話 【アベルは見た】

 バケモノと一緒に大穴のそこへ落ちた十年来の仲間。生きてると信じて依頼者に頼みこみ必死こいて探した結果、女として見つかった。


 そんな馬鹿げた話、あるわけないと思うよな。


 シュルスが落ちたと思われる大穴の底にはなにもなかった。落下した形跡はあるので、生きて移動したか死んで食われたかだ。落下の衝撃で死んだ場合、シュルスはすでにダンジョンに食われている。あれから十日は経っている。魔物も人も死んだらダンジョンに食われるおかげで死体回収もままならない。


 そんななか俺たちは横穴に続く血の跡を発見した。最初はシュルスは生きてここから離れたんだと喜んだ。しかし、引きずられた跡だとわかった途端、希望は絶望にかわった。


 魔物のなかには襲った人間を巣に持ち帰ろうとするタイプもいる。


 俺たちは無言のまま血の跡をたどった。大穴の底には横穴があり、そこを抜けるとかなり広い空間にでた。地下世界に大きくぽっかりと空いたフロアには謎の人工物があり、近くには魔物の死体が大量に散らばっていた。


「これはいったい……」


 みんなが状況を飲み込めないまま、慎重に歩みを進める。血はあの人工物につながっていた。正直もうシュルスは死んでいると誰もが覚悟していただろう。


 フローラは大穴の底に降り立ってからずっと無言だ。シュルスの無事を誰よりも願っていたのに。


「実に興味深い。儀式などに使われる祭壇にそっくりだね。最悪なことに、生け贄って言葉がいま頭に浮かんだよ」


 難しい顔をしたチャロアイトが小さくうなる。この人も自分をかばって魔物にとらわれたシュルスの安否を気にしているのだ。


「シュルスさんの匂い、この上に続いています」

「登ってみよう」


 段差はさほど多くないが、一段が大きく高いので苦労しながら登ると、最上階の中央に誰かが倒れているのが見えた。


「シュルス!」


 俺はとっさに駆けだした。しかし近くでその姿を見て冷水を浴びせられた気分になる。


 あいつの服を着て、あいつの武器のそばで倒れているこの女は誰だ。


 後から来たフローラたちも絶句している。


 恐る恐る近づいて声をかけた。

 ひどく憔悴しているようで、反応はあまりない。フローラに回復するよう指示をするがフローラもこの異様な女に疑問を抱いているようだった。


 ぼんやりと目を開けた女。

 目の色がシュルスとおなじだった。

 パーティーの名前と同じ、イーグルアイ。

 ほんのり緑がかった灰色の瞳。

 名前を聞いたらシュルスだと抜かす。

 もしかして俺は夢でも見てんのか?


 ふたたび気絶するように眠ってしまった女を床に寝かせたあと、俺たちはひざを付き合わせてうなった。


「どうだいみんな、彼女はシュルスと名乗ったけれど」


 みんなこの状況に困惑している。チャロアイトはみんなが思っているであろうことを投げかけた。


「……シュルスさんの血の跡をたどってたどり着いた先に、シュルスさんの服を来た少女が倒れていた。自分をシュルスと名乗り、口調もどこか似ている。ここがダンジョンという特殊な環境であることを考えると、あれはシュルスさんが女性になった姿と考えていいのではありませんか?」


 セルフィナはあれをシュルスではないかと言う。


「過去にそう言った事例はない。けど、そうだな、まずダンジョンというのが世界の理から外れた存在なんだ。男が女になることもあり得るのかもね」


 チャロアイトも否定的ではない。俺は我慢ならずに口をはさんだ。


「おいおい待てよ、シュルスは27歳だぞ。あの女はどう見てもそれより若いし、あの地味で人畜無害そうな唐変木がなんであんな顔になるんだよ。絶対他人だろ」


「シュルスさんは地味じゃありません、優しくて素朴な顔つきなんです」


 そこに突っかかるなよ。フローラはふんと鼻をならしたが、次の瞬間には弱々しく肩を落とした。


「私もあの人がシュルスさんだとは簡単に信じられません。でも、それじゃあ本当のシュルスさんはどこにいるのかって話になっちゃて……その先を考えるのは怖いです」


 フローラは目の中に涙をためている。


「……他のパーティーに助けられた可能性は?」

「その可能性は限りなく低いね」


 ここは新しく発見されたダンジョンであり、その調査に派遣されたのが自分だとチャロアイトは説明する。報告書をあげるまでは一般人の立ち入りは禁止とされていて、かりに無断侵入した冒険者パーティーがいても、そんな奴らが親切に人助けするかは微妙だと言い切った。


 俺は一度目をとじ、小さく息を吐いた。

 それから全員を見まわし、リーダーとしてこの場の決着をつける。


「この女が起きてから話を聞くしかないな。判断はそれからだ。フローラとセルフィナはここで女の様子を見ててくれ。俺とココポ、チャロアイトはまわりの様子を見に行こう。大量の死骸も気になる」


 このメンバーのなかでシュルスに一番関心があるのはフローラだろう。最初は俺にあこがれの眼差しを向けてたはずなのに、いつからああなったのやら。とにかく、あの女が目を覚ましたらフローラと話をさせて、それでやつがシュルスだと認めたなら皆ある程度は納得できると思う。


 別行動を開始して、俺たちはあの魔物の死体を検分していた。多くは頭に風穴をあけられていて殺されており、これをやったのがシュルスでないことは確かだった。なにかしら高度な魔術を用いて殺されたのだろうというのがチャロアイトの見解だ。


 そんななか、横穴を利用して作られた家のようなものを見つけた。ダンジョンの中でこういうのははじめて見た気がするな。


「そんなバカな!!」と興奮するチャロアイトをなんとかなだめて俺たちはいったん引き上げる。「目を覚ました」とセルフィナが合図を送ってくれたからだ。




 フローラはあの女をシュルスと認めた。


 しかしシュルスが女になってしまったというのは中々納得できるものではなかった。あのシュルスが女なんて悪い夢に決まってる。そう思ってしまうのだ。もしかしたら魔物がシュルスを演じていて、油断したところで寝首をかくのかもしれないとさえ考えていた。


 だけど。

 あれを見てしまったらすとんと納得してしまった。


 水浴びしたいといってシュルスがひとり裏庭へ行った。その時までは俺も半信半疑で、あいつが悲鳴をあげてフローラの名を呼んだときは心配半分、警戒半分だった。


 目に飛び込んで飛び込んできたのは、まっしろな女の裸。水滴をつけた瑞々しい肌が輝いていて、女らしいはりのある胸がキレイだった。


「あ、ヤりてえ」と思ったのは健全な本能なので見逃せ。


 そのあとすぐ萎えたしな。

 泣きそうな表情があいつの困った顔と重なって、そしたら背中に大きな傷跡が見えた。




 まだ冒険者として駆けだしの頃、ヘマやって魔物にやられそうになった。その時に覆いかぶさって傷を代わりに受けたのがシュルスだった。あの頃はまわりに回復役のヒーラーもいなくて、大きな傷跡としてシュルスの背中に刻まれた。


『いいさ、おまえが無事なら』


 おまえがケガしたら意味ねえだろと罵っても本人はどこ吹く風。


『だって俺デカいしさ、頑丈なのが取り柄なんだよ。こんくらい平気だよ』


 そのあと三日三晩寝込んだくせに。


『俺の方が年上だし、格好つけさせてくれ』


 おまえのこと年上だなんて一回も思ったことないし。


『……だからそんなに泣くなよ、な?』


 ぐりぐりと俺の頭をかき混ぜる手は大きくて、男の俺から見てもうらやましいものだった。




 その、借りとも負い目とも教訓とも言える象徴が、女の背中に大きく刻まれていた。


 ああ、こいつはシュルスなんだ。

 俺はそこでようやく理解した。




 フローラと交代したあと、俺は隠れて泣いた。

 シュルスが女になったことが本当にショックだったんだ。あの頑丈で大きな体が、細くて頼りない女のそれになって、それはあいつそのものの消失といっても過言じゃなかった。それでも。


「……生きててよかった」


 誰にも聞かれたくない俺の本音だった。




 女の体でおなじことをやったらシュルスはすぐ死ぬだろう。腕相撲もろもろ勝負を挑まれてそれを確信している。非力すぎるんだよ。


 あいつが泣いてるとこもはじめて見た。

 俺も動揺がすごい。


 なんとなく顔を合わせづらいまま夜番でふたりきりになって、まああれやこれや話してたら、いつもの感じに戻って安心した。





 その流れで寝ようとしたところで我に返る。


「いや待てなんでここで寝るんだよ」


 女用のテントに行かせた方がいいんじゃないか。こいつ女だし。ココポもいるし。


 おい、と声をかけようとして健やかに寝息をたてるシュルスに気付く。起こすのもしのびない気がしてきた。


 ……まあいいか。

 中身はシュルスだし。


 そういえば魔術やってみるとか言っていたな。

 また無茶をやりそうだ。『いいんだよ、俺は大丈夫だから』って言うバカが容易に浮かぶ。


 今のシュルスを無事に地上へ帰すことは在りし日への贖罪であり、俺に課せられた使命だと思う。達成したあかつきには、胸に巣食う憂いも少しは払拭されるだろう。

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