7話 自己肯定感は大事
ブタ男の家の間取りはリビングとキッチンのようなもの、それから寝室と思わしき部屋と物置きがあった。裏庭と言っていいのか、裏口から続く広けた場所には畑や水場がある。
玄関口の扉を閉めてしまえば魔物からの強襲は防げるし、壁と屋根のある休憩場所はありがたい存在だ。
「ブタ男、ちょっとだけ家貸してくれな」
俺が作ったブタ男の墓前に、畑でとれた野菜のようなものを備える。すると天国でブタ男がにこにこして見守ってるイメージが頭に浮かんだ。気持ち悪いので振り払っとこう。元気そうで何よりだよ。
さすがに寝室を使うのははばかられたので、裏庭のスペースにテントを張って各自休息をとることになった。ダンジョンのなかは不思議と外の時間に合わせて明るくなったり暗くなったりするので時間経過がわかりやすい。
俺とフローラで夕食作り、チャロアイトさんは書き物、アベルは夜番にそなえて仮眠、ココポとセルフィナは道具の手入れや繕いものをはじめた。
「畑の野菜は食べられるのかな」
「チャロアイトさんは食べられるって言ってました。これはキャベツ、これはイモと同じように使って構わないようです」
「なるほど」
野菜たっぷりのスープにパテを塗ったパン、火であぶったチーズと蒸したイモ。燻製肉。あと畑に植わっていた甘酸っぱい果物。いつもの野営飯より豪勢かも。
「私の知り合いがな、ダンジョンで自給自足できるようあれこれ食ってるんだ。魔物にも肉の味がいいやつがいるんだと。見たら教えるよ」
夕食の席でチャロアイトさんが笑いながらそう言った。やっぱりノームという種族は好奇心が旺盛すぎるあまり変わった人が多いと実感した。
最初の夜番は犬系獣人のココポで、それにシュルスも付き合った。まったく眠くないのでココポとしゃべりながら時間をつぶしたかったのだ。
「それにしてもシュルスさんが女の子になるだなんてビックリですね」
「俺もいまだに信じられないよ。どうにか元に戻れる方法があったらいいんだけど」
女になったからには男になる方法もあると思う。ただあの地獄の苦しみがおよび腰にさせる。ノーダメージで戻れるんならそれに越したことはないけど、どうなんだろう。
「僕、シュルスさんにすごく憧れてたんです。強くて優しくて大きくて。ほら、僕って臆病だし、見た目も男らしくないから」
たしかにココポは最初に会ってしばらくは女の子だと思っていた。獣人で名前も馴染みがなくてよくわからなかったし、小柄でかわいらしい容姿なので、俺とアベルでかわいい子だなとこっそり話していたくらいだ。
「だから恐れ多くて話しかけづらかった時もあるんですけど、いまはすごく親近感がわいてるんです。シュルスさんとってもかわいいし」
「俺ってかわいいのか」
「ええ、とっても!」
「ココポはいい子だな」
嬉しかったのでココポの頭をなでくりまくった。
そっか、俺ってかわいいんだ。社交辞令だとしても嬉しい。ありがとう。自分の姿よくわかんないからちょっと不安だったんだよね。胸は見た感じ大きすぎず小さすぎずのいいサイズだし、スタイルはよさそうだなと思っていたんだけど。
それからしばらく他愛のない話をしながら、俺は魔術の練習をしていた。手のひらに土くれを出しながら大きさや強度を変えてみようと奮闘しているのだ。
「みてみて、うさぎ」
「わあー上手ですっ」
ぱちぱちぱちと拍手をして褒めてくれるココポ。いい子だ。サイズや硬さを変えるのは難しいのだが、形を変えるのはできるようになった。まだ形はいびつだし指先でつついたら崩れてしまうけど。
練習あるのみ。大きさと強度を自由自在にできるようになったら戦闘時に壁や盾をつくってみんなを守れるかもしれない。いま自分のできることをコツコツ積み上げていくんだ。やるしかない。
「じゃあネコってできますか」
「うーんと……こんな感じ?」
「うわあすごい、かわいいっ」
うれしい。この子としゃべってると自己肯定感が上がる。俺のバキバキに折れた自尊心を回復させてくれるのはこの子なのかもしれない。
「あ、なんか普通に砂だすよりなんか形にしたほうがよく飛ぶな」
「本当だ」
これがうわさに聞く空気抵抗?
あちこち飛ばすなら鳥の形がいいのかも。
ツバメとかいいな。
◇
そうしているうちに夜番がアベルと交代になった。アベルとは少し話したかったから俺はこのまま残る。こいつとはちょっとだけ気まずい空気があるので今のうちに払拭しておきたいのだ。
「おつかれさん」
「ああ」
もともとたくさんしゃべる相手ではないんだよな。気があうっていうか、気をつかわなくていいから自然体でいられる相手がこいつだ。
「……女かあ」
座るなりアベルががっくり肩を落とした。
「かわいいからって惚れるなよ」
「やめろ鳥肌たつ」
ごめんて。そんな目で見るなよ。
言ってみたかっただけじゃん。
「あー、さっきはいろいろ勝負ふっかけて悪かったな。ちょっと冷静じゃなかった」
「……いい。俺も悪かった。おまえの気がすむならいくらでも付き合う」
俺が八つ当たりしたようなもんだよなあ。でもおかげでふっきれたし、魔術を教えてもらうという行幸にもありついた。
「ありがとな」
「べつに」
あ、照れてやーんの。
「俺、魔術の才能がちょっとだけあるんだ。今までみたいなのは無理そうだけど、頑張ってみるよ」
「……そうか」
「そんな寂しそうな顔すんなって」
意外とこいつもショックが大きいのか。まあ男だった俺は体格だけは恵まれてて、それを活かして前衛で重たい武器や盾をふりまわした。そんな俺をアベルは認めてくれていた。パーティーの戦力的にもマイナスになるし、ショックを受けるのは当然かもしれない。
「……おまえが女になった原因はなんなんだよ」
「さあ。ブタ男が関係してるんだろうけど」
「ぶっ殺そうかなそいつ」
「もう死んでるって」
ブタ男が何を考えていたのかはわからないし、わかりたくもない、けど。
「たぶん、女になるか死ぬかの二択だった」
ハーピーと一緒に大穴の底に叩きつけられて、即死は免れたが、長くはもたなかったと思う。そう言うとアベルは表情を曇らせた。
「女にされたのは俺も悔しい。けど、また会えて嬉しかったよ。あのまま死に別れてたら後味わるかっただろう」
俺はにかっと笑った。
「まあ待ってろよ。またでっかい盾もって壁になってやるから」
「……くそっ」
うつむいたアベルの頭をぐりぐり撫でる。
こいつはこいつで面倒なヤツなんだよ。ふだんはリーダーとして気張ってるけど、まだガキみたいなとこがある。意外と泣き虫だし。兄貴分の俺がこっそりフォローしてんだ。
もう俺たちの周りに変な空気はない。
アベルは武器や防具の手入れをし、俺は変わらず魔術の練習に精をだした。一生懸命つくったモモンガを見せても「ふうん」としか反応しないアベルのリアクションはなってない。もっと俺を褒めたたえるべきだ。ココポを見習え。
最後の夜番であるチャロアイトさんがきたので交代してテントへもぐった。さすがに俺も眠たくなってきた。あ、ココポ寝てる。
「そういやおまえと並んで寝るってあんまないな」
「だいたい交代で夜番してたしな」
「どっちで寝る」
「俺こっちがいい」
「ん。じゃおやすみ」
「おやすみ」
翌朝、二人ならんで爆睡してたら鬼のような形相のセルフィナにしこたま罵倒された。くそみそに言われた。ごめんって。昨日はノリが完全に男同士のやつだったんだって。