5話 神秘の渓谷
じゃあブタ男の家へ行こうとした所でアベルが口をはさむ。
「ちょっと待て、おまえ裸足で行くのか」
「仕方ないだろ。履いてたブーツはデカいし重いしで歩きづらいんだ」
布を巻いとけば少しはマシかな。服も無理やり着てるようなものだから動きづらいけど、これも仕方ない。立ち上がった俺をアベルがしげしげと見下ろす。
「……ちっこくなったな」
「やめろ」
絶対バカにしてる。くやしい。
そんな俺たちにちらちら視線を送る人がいた。うちの魔術師さまであるセルフィナだ。タイミングを見計らっていたのか、俺が気付くと同時にすたすた近づいてきた。
「シュルスさん、ご無事でなによりです。女性になってしまって不安なのはわかりますわ。でもだからと言ってアベルに甘えるのはよくないと思います。アベルは優しいからきっとあなたの願いを無下にできませんし、必要以上に抱え込んでしまいますわ」
「あ、うん。はい」
そうそう、この人こんな感じだった。魔術師としてはすごい優秀なんだけどアベルのことが好きっていうか、盲信してるというか。たぶんアベルが西から太陽がのぼると言っても「さすがですわ」とか言いそう。
「セルフィナ、そうめくじら立てるな。俺は平気だから」
「アベル……なんて懐が深い人……」
キラキラした眼差しでアベルを見つめるセルフィナ。アベルはアベルで持ち上げられて嬉しそうだし。
しかしなんでみんなアベルがいいのかね。俺だって……別にそんなに捨てたもんじゃないと思う、けど。たぶん。いやどうかな。
はあーあ、モテ期こないかな(クソでかため息)
ブタ男の家は祭壇から少し離れたところにあった。広くて深い横穴を石材などで整えてあり、ちゃんと出入り用の扉もあった。
「……すごい」
中はちゃんと部屋のようになっており、いびつではあるが机や椅子などの家具もある。
「まさしく文化的な生活を送っていたようだね。石材を使ったものが多いが、木材由来もあるな。ダンジョン内にある植物を利用したんだろう。ひとりで加工したんだとすると魔術を使ったのかもしれない。……やはりダンジョンの外でも魔術を使える方法がほしいな」
チャロアイトさんは机の上に置かれていた食器を見ながらそうつぶやく。
ブタ男はここでひとり暮らしていたんだろうか。ダンジョンの最下層、周りはバケモノだらけのこの場所で。もし仲間がいなかったとしたら孤独を感じていたのかもしれない。
部屋の奥からココポが叫んだ。
「こっち側に畑とか水浴び場がありますー!」
なんだよブタ男、結構家庭的だな。
俺はみんなに頼み込んでひとり水浴びをさせてもらうことになった。こんなダンジョンの中で何をと思われただろうけど、ずっと風呂に入りたいと思っていたからこのチャンスを逃すわけにはいかない。魔物の血やら体液やらで髪も肌もベトベトだ。
水浴び場にはこんこんと水が湧く大きな水瓶があって、手おけを使って容赦なく頭から水をぶっかけていく。裸になることは若干躊躇があったが、背に腹はかえられない。
しかし、いざ体を洗おうとして我に返った。
この乙女のやわ肌をまさに体現した俺の体。
どこをどう洗えばいいの。
特に、また。
覚悟を決めて手を伸ばす。
え、なにこの構造。
渓谷?
「フローラぁ、助けてくれぇっ!」
気がつくと俺は半泣きで叫んでいた。
むりむりむりむり、こんなのむりだ。するとすぐにバタバタと慌ただしい足音が響いて誰かがやってくる。
「どうした! 敵か!!」
なぜか剣を持ったアベルだった。
「ちがうよバカぁ、おまえじゃない」
「じゃあなんで叫んだ」
「どうやって体洗うのかわかんないんだよぉ」
「…………そうかよ」
言わせるなよしくしくしくしく。
てかはよ戻れしくしくしくしく。
「……おまえ、本当にシュルスなんだな」
「いいから早くフローラ呼んでくれよぉ」
凝視すんなよしくしくしくしく。
その後ちゃんとフローラが来てくれて優しく丁寧なご指導をたまわった。
「乱暴にこすっちゃダメですよ。そうそう、そんな感じです」
しくしくしくしく。
俺はこの日、世間でいう「もうお嫁にいけない」って感覚を味わった気がした。
◇
一度探索を終えてみんなで簡易ベースへ戻ることにした。これからどうするかの打ち合わせである。
「きみが大穴に落ちて以来、私たちは何回もこのダンジョンにもぐった。きみの救出も目的ではあったが、ここが新規のダンジョンである以上、マップ制作や魔物の種類、ダンジョン資源の調査も必要だ」
ダンジョン探索中にパーティーの誰かが行方不明や再起不能になることは珍しくない。危険があって当然のとことに行くのだからみんなある程度の覚悟はあるんだ。仲間うちで探すならともかく、依頼者が救助を視野に入れてくれるなんて、チャロアイトさんはいい人だな。
「今回の探索でシュルスくん救出の目的は達成された。まあ、全く問題がないとは言えないかもしれないが……とにかく今後は停滞がちだった調査を進める。上に報告しないといけないんでね」
そう言ってチャロアイトさんはポケットからキレイに輝く小さな石を取り出し、みんなに見せた。
「くふふ、これが何だかわかるかね」
見た目十歳くらいの少女が怪しげに目を光らせた。
「そう、ダジライト鉱石さ。このダンジョンはこいつの鉱床である可能性が非常に高い。君たちとの契約期間はのこり十日ほどで無駄にはできないんだ。私としては先ほどの魔族の家を借りながら、このまま調査を続行したいのだが、どうかね?」
ダジライト鉱石はダンジョンからのみ見つかる非常に有用な鉱石だ。見た目の美しさから輝石としてお貴族さまにも人気、さらに鉱石同士をぶつけると光り輝く性質があるので、純度の低いものでさえ灯りに利用できたりする。俺も小さなカケラを数個持っているがあれはなかなか便利な代物だ。あの手に乗っている鉱石だけでもひともうけできるだろう。つまりチャロアイトさんはダジライト鉱石を見つけるべく、ブタ男の家を借りて活動の拠点とし、この付近を徹底的に調査したいらしい。
「では地上へ戻るのは十日後か?」
「さすがにそこまでは言わないよ。三日後の朝にでも気球に乗って一度地上へ戻ろう。その後、今回の活動内容をふまえて可能であればもう一度ここへ潜りたい」
チャロアイトさんいわく、このダンジョンは現在確認できている限りで中規模相当の広さがあるらしい。あの大穴があって変則的な降り方をしたが、階層にすると10階ほど。
1階、2階、そしてこの大穴の底付近はそれなりに見て回ったが、それ以外はほとんど足を踏み入れていない。
「みんな、それでいいか」
リーダーであるアベルが俺たちに最終的な確認をとる。反対するものは誰もいなかったが、俺は少し思うところがある。
俺は女になって、以前のような働きができない。もちろんできる事はなんでもやってパーティーに貢献したい。けど、ろくに斧も握れない俺がなんの役にたつ。荷物持ちもできない。魔物とも対峙できない。
せめてなにか。
今の俺にできることはないか。
「……なあアベル、あとでちょっと付き合ってくれないか」
焦りを隠すことは難しい。