48話 逃げろー!
くねくねとした小道を抜けて、推定地下8階エリア。前人未到の最下層。
「どわあーーーーーーー!!!!」
「ほれほれ、さっさと逃げんと死んでまうぞ」
いやね、ダンジョンにいる魔物なんてどれも強いと思ってたよ。でもさ、これはナシじゃん。
「ひいいいいいーーー!!」
二階建ての建物くらいでかいゴーレムが相手とか予想できるわけないじゃん! しかもなんか目からビーム撃ってくるし!!
いや怪しいとは思っていたんだ。地下8階と思われるエリアに足を踏み入れたそこは天井も高く奥行きもある広大な空間だった。その真ん中に鎮座していた巨大な石像。トムじいが急かすから近くまで行った。足元にある謎の円陣には気付かなかったんだ。
俺が円陣に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。いきなり地面に謎の模様が浮かび上がり、びびっているうちに巨大な石像だと思っていた像が両目を赤く光らせて襲い掛かってきたのだ。
そこからひたすら走って逃げている。
トムじいがあらかじめゴーレムの存在を知っていたんだとしたら性格が悪すぎる。ちょっとくらい教えてもよかったんじゃない!? けど必死に逃げ回っているおかげで行動パターンもなんとなく掴めてきた。巨大だが動きはそこまで早くない。ビームは一発撃てば装填に時間がかかるようで、その間は振り上げた腕を愚直に振り下ろすのみだ。俺の居場所は正確に把握しているようだが、動き回っていれば当たるようなもんじゃない。スタミナがあるうちは大丈夫。
だけど、どう考えたって倒すのは無理だ。
普通のゴーレムの倒し方はシンプルで、ただ力任せにぶっ壊せばいい。なんか内部の術式がなんのって誰か言ってたけど、本体を砕けばなんてことはなかったんだ。もちろん男だった俺の得意分野。だけど女になった俺にはどう考えたってパワーがたりないし武器が向いてない。破壊するなら鈍器だろ。ハンマー持ってこいハンマー!
「のわああああっ」
そうこうしているうちに振り下ろされた拳が背後の石畳をえぐる。この調子だとそう遠くないうちに足場がめちゃくちゃになりそうだ。
「……いいか、このままアイツの気を引くんじゃぞ」
「え?」
ふっと体からトムじいの重みが消えた。
慌てて振り返ると、トムじいがガーゴイルの腕にしがみついている。振り落とされまいと歯を食いしばっているが、なんのためにそんなことを疑問が止まらない。ガーゴイルの赤く鋭い視線がトムじいに向いている気がした。
「ほれシュルス! さっさとヘイト集めて逃げまわれ!」
いったい何のために。
トムじいにはなにか考えがあるのかもしれない。頭はまだ半分くらい混乱してるけど、言われたとおりにやるしかないか。難しいこと考えるのは苦手なんだ。
「こんにゃろーー相手は俺だーーー!!」
手の中で砂ツバメを数羽作り、赤い目を狙って放つ。視界があるのか別の器官で感知しているのかは知らないが顔に砂かけられたら誰だってイヤなはずだ。狙い通りに砂が当たって崩れ、ぱさりという軽い音が聞こえた。
鈍い石の摩擦音と共にその大きな頭部分が再び俺の方を向く。キュイーンという甲高い音が辺りに響き、ガーゴイルの両目が赤く光った。これはビームが来る前兆だ。照準をずらすためにも俺はとにかく走って逃げた。
照射時間は三秒ほど。試しに砂盾で受けてみたが簡単に壊されたので威力は相当なものだと思う。当たった時のことなんて考えたくもない。
ビームが終われば次は物理攻撃のはずだ。しかし予想に反してゴーレムの動きは違った。絶えず俺たちを追って動いていたはずなのにその場でぴたりと立ち止まったのだ。
(なんだ……?)
エネルギー切れか。こちらとしても動きっぱなしで息が切れている。休憩をとれるのはありがたいが、冒険者としての勘が油断するなと告げていた。距離を十分にとった状態でゴーレムを観察すると、その赤く不気味な瞳がチカチカと点滅していることに気付く。いまだに腕にくっついているトムじいがこちらへ大きく叫んだ。
「気を着けろ、頭の上に転移してくるぞ!」
「転移!?」
転移ってなんだよ。あの巨体が頭の真上にきたらと想像する。幅はたぶん3メートルくらい。止まった状態から即座に逃げでもぜったいに間に合わない。ということはやっぱり走り続けるしかないわけで。
「ひいいいいいいいっ!!!」
このエリアは広いから逃げ場所には困らないがこれじゃ体力がいずれ尽きる。どうにか動きを封じ方法はないのか。こんな時パーティーのみんながいてくれたら俺には考えつかないナイスなアイディアが出るはずなのにと心底思う。
ふいに頭上を影が覆った。
純粋な恐怖に汗が噴き出る。だがそんな生理反応にかまっている場合ではない。がむしゃらに足を動かすと背後でズゴンという音と共に空気が揺れた。転移攻撃は免れたがこれはちょっと心臓に悪すぎる。
「トムじい! いつまでも逃げるのは無理だ! もってあと十分だから!」
ゴーレムから距離をとりつつトムじいに向かって叫ぶ。返事がないので慌てて振り返ると、あの小柄な老ゴブリンはゴーレムの顔面にまで移動をしていた。右の頬あたり。その細い腕を赤い瞳へ伸ばそうとしていた。
しかしゴーレムもトムじいが煩わしいのか、手を伸ばして排除しようとする。俺はあわてて砂ツバメを放った。ありったけの数だ。ゴーレムの肩や腕の関節部分へ滑らせるとそのままぎゅっと硬化を施す。力が強いので動きを止められたのはものの数秒だったが、なんとトムじいはその隙に赤い瞳に手を突っ込んでいた。
「トムじい!」
瞳孔のような部分をぶちりと引きちぎる。
トムじいはそれを胸に抱きゴーレムの体を滑るように降りると、さっさと俺のところへ戻って来た。
「それってゴーレムの眼――」
「ほれ、殺されんうちにさっさと戻るぞ!」
見るとゴーレムの挙動がおかしい。片目を奪われたせいなのか、先ほどまであった理性のようなものが感じられない。まるで壊れたカラクリ人形だ。カクカクと動くさまが不気味すぎる。本能が逃げろと言っているので俺はトムじいを肩に載せたまま走り出した。撤退命令が出ているんならありがたくそうさせてもらう。命大事。ほんとに命大事。
「よしよし、コントロールを欠いておるようじゃな」
「あとでぜったい説明してくれよ」
「細い坑道に入ってしまえば追ってはこれまい。あの美人の姉ちゃんが待っとるぞ」
ファティマ。
脳裏に寂しそうにうつむく彼女の姿がよぎる。
俺はエリアの入口に置いていた荷物をひっつかむと坑道めがけて飛び込んだ。そのわずかな安堵がいけなかったのかもしれない。
次の瞬間、視界の端に赤い光が入った。同時にわき腹からじゅっと焼ける音。
「ぐっ……」
痛みはあとからやってきた。