47話 遭難者発見
肌寒い空気が身をつますなか、つながった手が温かい。俺はどうしてファティマの手をにぎっているんだろう。もしかして寝ぼけて手を伸ばしちゃったか。
寝ぼけ眼でいろいろ考えているとファティマが俺に気が付いた。変化の乏しい表情ながらも穏やかに「おはよう」と声をかけてくれる。あいかわらず手はにぎったままだ。彼女は俺のすぐ隣に座っている。そんな彼女の手はあたたかくて、名残惜しい気持ちになりながらもそっと手を引っ込める。
「おはよう。ごめん、寝ぼけてさわったかな」
「ううん。あなたがうなされてたから、つい手をにぎったの。そしたらなんだか私も安心しちゃって……勝手にごめんなさい」
「そ、そうなんだ。ありがとう」
もそもそと起きてファティマのとなりに座る。隣に並ぶとファティマの曲線美が目立つというか、俺のささやかさが際立つというか。いやべつに俺の胸も大きくはないけどちゃんとあるからね? たゆたゆはしてないだけでぽよんとしてるから。
なにか話をしたいような、このままじっと座っていたいような。無言のままでも居心地が悪いわけじゃないから不思議だ。
「ファティマの仲間、無事だといいね」
「うん」
身支度をすませて軽く食事をとる。夜のあいだはどこかに消えていたトムじいもふらりと戻ってきた。地図を見ながら三人であーだこーだと意見を言い、方針を決めて荷物を背負う。うまくいけば今日中に地下七階までいけるだろう。ファティマの仲間にまだ息があることを祈りつつ、俺たちはさらに下層を目指して出発したのだった。
◇
地下七階は見るも無残な有様だった。
もともと石造りの迷路のような作りだったが、あちこちが崩落しおり、地面に大穴が開いている。さらなる階下があるよとダンジョンが誘っているようにすら見えるこの大穴。ファティマたちはなんとか逃げおおせたものの、他の冒険者はどうだろうか。
「下にいくぞ」
トムじいが大穴をのぞきながら言う。
穴は底なしのようにも見えて飛び込むのは正直怖い。近くの崩れた大岩にロープをくくりつけ、それらを頼りに少しずつ下へと降りていった。温度がじりじりと下がっていく。
辺りは暗いが、こんな時はサラ発明の光が役にたつ。トムじい、ファティマ、俺にそれぞれ明かりをつけてやれば暗闇に対する不安はそれなりに払拭できた。サラ、すごい魔術をありがとう。無事にエントランスまでたどり着けているといいな。
直下型の穴はさして深くなく、それこそ大蟻がほった穴のようななだらかな穴が下へと続いた。
遠くで人間の話し声らしきものが聞こえたのはすぐのことだ。
「おい、誰かいるのか!」
俺が大きめに声をはりあげると、それにこたえるように「ここだ! 助けてくれ!」と男の声が聞こえた。トムじいは俺のリュックのなかに隠れてもらい、そのまま道なりに進んでいくと少しばかり広がった空間に男女合わせて四名の冒険者が身を寄せ合っていた。三人はケガで動けないようで、あの見覚えのあるリーダー格の男が俺たちを迎えてくれた。
「ファティマ、来てくれたのか!」
「無事でよかったわ」
きっと誰もかれもファティマが天使に見えたことだろう。俺もケガで動けなくなることが多かったからわかる。絶対絶命と思える状況で助けに来てくれた回復師なんて天使以外何者でもないからな。
「この人は?」
「シュルスよ。上の階でジョンたちと魔物に襲われているところを助けてくれたの」
どうもシュルスです。ほんとは男なんです。
なんて思いながら自己紹介して握手を交わす。
「ジョンたちはそのまま地上に行って現状をギルドへ報告してもらうように言ったわ。おそらく救助チームが来るはずだから、この穴からでて救助を待ちましょう」
「本当にありがとう」
どうやら彼らはケガ人を動かせずにここで簡易テントをはり助けを待っていたようだ。燃料も食料も底をつきかけ、なかば絶望したところだったと男は言った。魔術でだした水を水筒などに補給してやりながらここに行きつまでの経緯を聞いた。ファティマの言う通り、突然地面が崩れてここへ落ちたようだ。奥へ続く穴も一通り探索し、その先には暗闇で分かりづらかったが比較的広そうなエリアがあったそうだ。魔物の気配はわからなかったとのこと。彼は獣人ではないからその辺りはしょうがないだろう。
「ファティマの回復を受けしだい上に戻ろう。本当に助かったよ。いずれ礼をさせてくれ」
男はエリオといい、やはりパーティーをたばねるリーダーをしているとのことだった。一緒にいたダンジョン連盟からの調査員は残念ながらはぐれてしまい、ここにいるのは彼のパーティーメンバーのみ。調査員が行方不明となれば随行したパーティーの信用は各段に落ちる。かなりの痛手だろう。おそらくそれを分かっていて、生き残った仲間の安全を優先したんだ。非情だが正しい判断だと思う。こんなリーダーがいるパーティーだったらジョンやサラも大事にしてくれるだろうから安心だ。中には手柄欲しさや保身で仲間を捨てる人もいるからね。
じゃあ、ここでお別れかな。
「俺はまだ用事があるからここから別行動するよ」
それでいいよね、トムじい。
こっそり確認をとると不満げだったが頷いてくれた。トムじいの用事は危険だからこのあとも回復師は一緒にいてほしかったって感じかな。
「じゃあね、ファティマ。みんなと無事に帰ってね」
またどこかで会えるといいなあ。
ファティマは相変わらずニコリともしないのだけど、少しだけ眉を下げて口を開いた。
「……ここで待ってるわ」
エリオが思わずといった感じで「おい」と間に入るが、当のファティマはお構いなし。
「この先でケガをするかもしれないでしょう? だから、ここで待っててあげる。それから一緒に帰りましょう」
「優しいなあ」
俺は思わずそう呟いてしまった。
お人好しと言ってもいい。でもそれがダンジョンの中で活動する人たちにどれだけ希望を与えるだろう。
けれどファティマは不服そうだ。
「……ちがうの。誰かの役に立ちたいだけ」
「きっとみんなには天使に見えてるよ」
「私が天使だなんてひどい皮肉だわ」
ファティマがぷいっと横を向いてしまった。無表情でいつもクールな感じだけど、なかなかお茶目なところもあるんだな。安全が保障されているうちに帰ってほしいという気持ちはあるけれど、ファティマの申し出は正直うれしい。
「じゃあ、半日。この辺りは待機するにも良さそうだし、先に進むにしてもいったん戻ってくるよ。でもそれ以上はだめ」
もっと待つとファティマの瞳が伝えてくるが、それは了承できない。少しの間があって、ファティマは小さく頷いてくれた。
「じゃあ、私はまずエリオたちの帰還の手伝いをするわ。見通しが立ったらここへ戻ってくる。幸いこの辺りは魔物の類はいないようだし、あなたが言う通り半日を目安に待ってる」
「うん、わかった」
じゃあ今度こそと思って背中を向けると、また言葉をかけられた。
「シュルスがもどってこないと、帰りがひとりになるの」
思わず足を止めてしまった。
「だから絶対戻ってきて」
ずるい言い方だなあ。何があっても戻ってこなきゃって思うじゃん。普段は大人っぽいのに、反則じゃん。
「うん。わかった」
こうして俺はファティマたちと別れ、ダンジョンの奥へと進んだのだった。