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46話 物知りファティマ

 夜更けにもなれば俺以外の人間は全員すやすやと眠ってしまった。みんな緊張が続いて疲労も大きかったんだろう。俺が夜番をかって出たのは俺がいちばん元気っていうのもあるし、ちょっとばっかり一人になりたかったのもある。なんせ俺には同行者がいるから、自分勝手に次の行動を決められない。


「俺としてはジョンたちの仲間を探してやりたい。乗りかかった船だ。そもそも俺たちは最下層に行くんだから、そのついでに」


 焚火に照らされたトムじいの横顔。あいかわらずヒゲやら眉毛やらでもこもこしてる。みんなが寝静まったあとひょっこり現れたこの奇妙な老ゴブリンはなにやら思案顔でだまりこんでしまった。


「……まあ、よかろう。じゃがひとつ条件がある」


 嫌な予感がして俺はすぐさま自分の胸を両手で守る。もみくちゃにされるかもしれないと思った俺の予想とは裏腹に、トムじいの提示した条件とは意外なものだった。




 ◇




 翌朝。いろいろと話し合った結果、ジョンとサラは救護要請と状況説明のためにラースたちと共に地上を目指し、俺とファティマがひと足先に地下へ降りていくこととなった。


「いいんですか、シュルスさん」

「うん。巨大スライムの被害はギルドに早く報告したほうがいい。そっちは頼んだからな、ジョン」

「はいっ」

「サラも大変だっただろうけど、もう少しがんばってくれ」

「うん」


 地下空間の崩落で他のメンバーがケガで動けないのであれば、必要になるのはファティマのような回復師だ。そして彼女の同行がトムじいからの条件でもあった。聞いた瞬間、あのスケベじじいのことだからファティマにも魔の手を伸ばすつもりなのかと槍を突き付けたがそうじゃないらしい。仮に救助できたとしてもケガ人複数を連れて帰るのは現実的じゃないと至極まっとうなことを言っていた。まっとうすぎて本当に魔物なのかと疑うほどだ。


 俺は女になってだいぶ非力になったけど、槍も手になじんできたし、魔術との合わせ技もだいぶさまになってきた。これならファティマの盾くらいにはなれるだろう。基本的に戦闘はさける方向で、魔物をよけながらどんどん階下へ向かう。そんな方針をファティマに説明をすると彼女は静かにうなずいた。


「それじゃあシュルスさん、ファティマさん、ご武運を!」

「おう。ジョンたちも気を付けろよ」


 ラースたちとも硬い握手を交わし、互いに背中を向けて行くべき場所へ足を踏み出した。


 静かで不気味なグリーンメイズが続く道を奥へ奥へと進んでいく。ここを抜けると地下四階、暗い森が広がるエリアだ。


 しばらくすると背後に感じる気配。きたきた。俺は即座に槍を手にして振り向きざまに地面へ振り下ろした。くしゃっという軽い手ごたえはあったものの、すぐにそれは葉っぱのかたまりだと気づく。


「ふ、あまいぞ」


 とたんにもまれる俺の尻。


「ひいいいいッ!! やめろこのスケベゴブリン!!!」


 俺は絶叫とともにトムじいの頭をつかみ、そのまま地面へとめりこませた。いかん、反射でやってしまった。


「どうしたのシュルス」


 突然のことにファティマが目を白黒させている。いきなり変なものを見せてしまった。まことに申し訳ない。俺はぜーぜーと肩で息をしながらファティマに説明をするべく口をひらく。


「あの、紹介したいヒトがいて」


 なんて説明ししよう。


「こちら、俺の師匠……みたいな感じの……」


 こんなに躊躇する紹介がかつてあっただろうか。せめてもっと普通に登場してくれたらトムじいのことちゃんと言えたのに。あらためてアベルたちのありがたみに涙がでそうになる。ああ、みんなに早く会いたい。絶対戻ってやるからなチクショー。


「おほっ、こりゃあベッピンじゃわい」


 ファティマを見てトムじいがでれと鼻の下をのばした。俺はすかさずトムじいの眼前に槍の穂先をつきつける。


「ファティマにさわるのはぜったい許さん!!」

「ちぇー、つまらんのお」


 目の前で茶番を繰り広げてしまったことを反省していると、ファティマが思わずと言った感じで口を開いた。


「魔物が、しゃべってる……?」


 そうなんです。この人しゃべるんです。

 立ち話もなんなんで、俺たちは適当な場所を見つけて腰をおろした。急に同行人が増えた説明やら目的やらをファティマに話さないといけない。


「トムじいはそこらの魔物とちがう。理性があって、会話ができて、俺に稽古をつけてくれるくらいに強い」


 まるで人間のようだという言葉はのみこんだ。

 いまだに目を見開いたままのファティマだが、話は聞いてくれているみたいで小さく相槌をうってくれる。


「俺はもともとトムじいとダンジョンの地下に行く予定だったんだ。ファティマの仲間を助けにいくのを優先するから、トムじいの同行を許してほしい」


 ぜったいにスケベなことはさせないから、と心の中で強く誓う。ファティマはいろいろ思うところがありそうだけど、トムじいの同行は問題ないと言ってくれた。


「聞いたことがあるの。人の言葉を解する特別な魔物がいて、ダンジョン連盟が血眼になって探してるって。まさか本当にいただなんて……」

「面倒じゃから言いふらすなよ。それが約束できるなら、わしもあんたの仲間助けを手伝ってやる」

「え、ええ。わかったわ、約束する」


 ファティマはトムじいをじっと見て、それからまた口をひらく。


「あなたの共通語、東部なまりがあるように聞こえる。このダンジョンにきた冒険者から言葉を習ったの?」


 トムじいに東部なまりがあると言われて俺はその時はじめて意識した。そう言われてみればそうだ。自分のことを「わし」と言ったり「~じゃ」という特徴的なしゃべりは東部に人の特徴だ。もしトムじいがここにきた冒険者から言葉を教えてもらったのなら、それは東部の人間である可能性が高い。なんで俺気づかなかったんだろう。


「いんや。おまえさんたちの言葉は、最初から理解できて、じきに喋れるようになった。この話し方はもとからじゃ」

「じゃあ、どうして……」

「さあな。わしにもわからん」


 教えてもらわなくても人の言葉を理解してしゃべれる。そのことに大きな謎は残るが、トムじいの言葉が東部なまりの大陸共通語だとしたら、ブタ男がしゃべっていた言葉はなんなんだ。魔物特有の言語かと思っていたけど、俺が知らないだけで、もしかしてどこかの言葉だったりするんだろうか。あいつはなんと言っていた? ひと月前のことでうまく思い出せない。焦りでじわりと汗がにじみでるなか、最後の瞬間にブタ男がこぼしていた単語がふとよみがえる。


「ね、ねえファティマ、ナボジとかナバジみたいな響きの単語、知ってる?」

「ナバジ……なら心あたりがあるわ。聖トランディヌス王国の言葉で『かわいい人』という意味合いで使われるの。恋人なんかに呼びかける言葉ね」


 聖トランディヌス王国の言語。

 脳天から雷を落とされたような衝撃が全身に走る。


「姉ちゃんはよう知っとるの」

「ううん、物知りな人が教えてくれただけ」


 ブタ男のあのでたらめな言葉は、ちゃんと実在するものだった?


 俺は学がないからこの世界の地理や情勢はよく知らないけど、あの王国のことは聞いたことがある。大陸から少し離れた海に浮かぶ大きな島国。長い間どこの国とも交流をしていなかったため今も独自の言語と文化が残る国だ。大陸内ならそれなりに通じる共通語がまったく役に立たないとは聞いていたけれど……


 胸がざわざわして落ち着かない。しかし時間は待ってくれないので、俺たちは下層を目指してふたたび歩きだした。三人とも口数少なく道を進む。地下4階を抜け、5階を抜けると活動時間がそろそろ終わりを告げようとしていた。今夜はここらで野宿だろう。




 その日の夜、夢を見た。

 アベルたちのもとへ帰ったら、見知らぬ大男がパーティーに加わっている夢だ。


『シュルス、こいつは新しい仲間だ』


 そいつは昔の俺みたいに力持ちでタフで、俺がやっていた役割をそのまんまこなしていく。パーティーの役割分担は完璧。中身もいいやつで、どこにも失点がない。女になった俺に、居場所はなくなっていた。


 とんでもなくイヤな夢だった。そいつに嫉妬している自分もいやだった。アベルたちにすがるよう腕をのばして、でも届かなくて悲しくて、ついに泣きそうになったその時、誰かのあたたかい腕が俺を包む。その温度にほっとして意識が落ち、そこから先はなにも覚えていない。


 朝起きたとき、俺は隣にいるファティマの手をにぎっていた。


 なんでだ。

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