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45話 回復師

すみません投稿ミスして44話が重複してたので訂正しました(土下座)

 視界の先には幾人をものみ込んだ巨大スライムが立ちはだかっている。正面から対峙するのは俺とジョンで、両脇には引きつけ役の男たちが剣を構えている。


 ジョンは魔術で作り上げられたナイフを握ったり軽く放ったりしながら具合を確かめると、狙いをさだめて投げた。しかしうまくは入らずスライムの核を壊すにいたらない。


 ジョンは手は止めずに次々とナイフを投げる。俺も負けじとナイフを作り、ジョンへ渡していった。コツをつかんできたのか、核のひとつにナイフがぶつりと刺さる。


「うわあっ!!」

「マルク!」


 見ると、引き付け役になっていた男のひとりがスライムに捕らわれた。粘液に全身を捕らわれた瞬間、ごぽりと空気をはきだして苦しそうにもがいている。俺は飛び出したい気持ちをなんとか抑える。いまここで俺が出ていってはダメだ。ジョンのサポートに徹するべきだ。わかってる、わかってるのにどうしても動揺してしまう。


「スライムの核は、あと五つ。だいじょうぶ、もう少しだ。落ちつけ、僕」


 横ではジョンが自身に言い聞かせている。ひたいに流れる汗を乱暴にぬぐうとジョンはまたすぐにナイフを構えた。まだ幼いと思っていたのに大したもんだと感心する。俺もしっかりしないと。年下ががんばってるのに、情けない姿は見せられない。


 槍をかまえ、荒ぶるスライムをにらみつける。


「あともうちょっとだ。やってやろうぜジョン」

「はいっ」


 引きつけ役がひとりのまれたせいか、スライムの意識がこちらへ向いた。触手のような粘液がズズッと伸びる。それを槍で切り捨て、ジョンのために道を作った。


「あと三つ!」


 ナイフの投げ心地に慣れてきたのか、ジョンが続けて核を破壊する。おかげでスライムの体積が半分以上地面に溶けだした。捕らえていた人たちがごろりと地面に転がっていく。そのなかにはマルクと呼ばれたさっきの男もいた。動く様子がないのが気になる。


「あとひとつ!」


 バスッと粘液をつらぬくナイフの音。ジョンの投げたナイフが最後のひとつを破壊し、巨大スライムだったものは力なく垂れていった。


「よくやったジョン、すごいぞ!」

「はい!」





 達成感にひたるヒマなどなく、俺たちはすぐさま横たわる人たちの元へ駆け寄った。全員、粘液にまみれて身動きひとつしない。いやな予感がした。


「マルク、おいマルクしっかりしろ」


 男の片割れが血の気を失ったマルクをゆする。意識はないようだ。スライムのおそろしさはやはり粘液による窒息死。マルクはとらわれてからさほど時間は経っていないが、容体はかんばしくない。


「少しいいかしら」

「ファティマ」


 ファティマはマルクの胸に手を添えると瞳を閉じ、小さく呪文のようなものを唱える。


「……もしかしてファティマは回復師なのか」


 俺のおどろきをよそに、淡い光がマルクを包む。それはフローラの使う術と同じだった。間違いない。ファティマは回復師だ。格好からしてシスターではなさそうだが、野良の回復師だとしたらかなり珍しい。


 しかしマルクの顔色は青いまま。息を吹き返す様子はない。するとファティマはすぐさまマルクの胸に両手を当て、グッグッと強く押しはじめた。五回ほど押して、今度はマルクの口に躊躇なく自身の唇を押し当てると、つよく息を吹き込む。マルクの胸がわずかに上下した。ファティマは胸を押して息を吹き込んでを懸命に繰り返す。


「……ぐっ」

「マルク!」


 口からごぽりと粘液を吐き出す。器官に入ったスライムの残骸だろう。ファティマはすかさず癒しの術をかけていく。効果は薄いかもしれないが、それでも彼女はやった。マルクの表情から強張りがとれると、だんだんと顔色が戻ってきた。呼吸音も聞こえる。


「すごいですファティマさん! やった!」と喜ぶジョンやサラ。仲間の男も目に涙を浮かべて喜んでいる。


 俺もほっとひと息つきながら、改めてファティマを見つめた。あいかわらず整った顔立ちで、その表情から安堵が見てとれた。


(……いい女だなあ)


 見た目だけじゃない。冷静で、度胸があって、頼りになる。


 いかんいかん。俺は惚けたけた思考を慌てて頭の中から追い出した。今はそんな場合ではない。スライムに捕われていた人は他にもいるのだから。


 ファティマはマルクの様子を確認して問題ないと判断したのか、静かに離れていった。そして倒れたままでいる他の人たちの所へ行き、顔をひとりずつ見ていく。俺も気になってファティマのあとに続いた。誰もかれも、ぴくりともしない。彼らにはマルクにあった生の気配のようなものが一切ない。ファティマは彼らの顔に触れ、手をにぎり、癒しの術をほどこし、そして悲しそうに顔を伏せた。


「全員だめか」

「……ええ」


 マルクたちが助けたいと言った仲間もまた物言わぬ骸。巨大スライムに捕らわれたいた亡骸は合わせて九人であった。苦い後味を残したまま、巨大スライム退治はこれでいったん終わりを告げた。




 ◇




 日が暮れていくと共に周囲の気温が下がっていく。マルクの回復を待つこともあり、俺たちは巨大樹から少し離れた広場でキャンプをすることにした。突然スライムと対峙することになったが、なぜファティマたちがあの場所にいたのか、その理由も知りたい。俺が覚えている限り彼らのパティーメンバーにマルクたちはいなかったはずだ。あのリーダーのロジャーってやつもいないようだし。なにか切羽詰まった理由があるなら力になりたい。


「あ、いや、べつにこれには下心とかそういうのはなくて、たんに親切心っていうか」

「シュルスさん、ひとりごとですか?」

「あわわわわわ」


 びっくりして簡易コンロの火が揺れてしまった。魔術の火だから俺が動揺してしますると消えてしまう。せっかくお湯をわかしていたのに。


「なんでもないよ。それより、コップがあるなら持っておいで。甘いのがよかったら蜜もいれてやるよ」


 ただいま休憩用にお茶を淹れていたところなのだ。お互いの荷物をかき集め、テントをはって夜を明かす準備をしている。こんなことになるとは思っていなかったけれど、用意はしておくものだね。


「ファティマも」

「ありがとう」


 表情が乏しいのか、お礼をいう彼女の顔にあまり変化はない。しかし声音はほんのり嬉しそうだ。


 マイクの相方はラースといい、今はマイクと一緒に体を休めている。助けられなかった仲間のこともあるし、体も心も疲弊しているのだろう。無事に地上へ帰るためにも今はしっかり休息をとってほしい。


 俺とファティマ、そしてジョンとサラは火を囲むようにして集まった。あたりはすっかり暗くなり、小さな火がわずかな明かりを与えてくれる。


「どうして三人で行動を? ほかのメンバーはどうした」

「……それが」


 ジョンがちらりとファティマの顔をうかがう。少しの間があって、彼女はこれまでの経緯を簡単に語ってくれた。


 いわく、ダンジョン連盟からの依頼で各階に異変がないか調査を行なっていたそうだ。


「地下7階は石壁でできた迷路。しばらくは何もなかったのだけれど、突然地面が揺れて、目の前に大きな穴が開いて、気づいたら他の人たちは見当たらなくて……」

「僕たちもあちこち探したんですけど、ロジャーさんたちはいなかったんです。かといって真っ暗な穴の中をなんの準備もなしに下りるのも危険だと思いました」


 彼らは穴の下に落ちたのかもしれない、とファティマは言う。俺もダンジョンに一杯食わされた経験があるからその可能性はいなめない。


 話をまとめると、下層にてパーティーが半壊。被害をまぬがれたファティマたち三人が応援を求めて上層へ。その途中であのスライムに襲われた、ということらしい。もしやとは思ったけど想像以上に切羽詰まった状況のようだ。


「シュルスさんたちが助けてくれなかったらどうなっていたか……あらためてお礼言わせてください、ありがとうございます! シュルスさんってやっぱりただ者じゃなかったんですね!」


 ジョンに続いてサラとファティマが「ありがとう」と言ってくれた。照れくさい気持ちになりながら「どういたしまして」なんて言ってみる。


「でもとどめを刺したのはジョンだし、その間持ちこたえてくれたのはラースたちだよ。それにピンチのときはお互いさまだ。俺もいろんな人に助けられたし」


 新人の頃からずっとそうだ。ダンジョンの底で死にそうだった俺を助けてくれたし、ブタ男にだって感謝はしてる。なんで女にしたのかは問い詰めたいけど。


「ジョンも俺がピンチのときは助けてくれよな? おまえの投げナイフはすごいから今後が楽しみだよ」


 このまま一緒にエントランスへ行ってあげたいところだけど、これから下へ向かう俺としてはなんともしがたい。そんな俺をファティマがずっと不思議そうに見つめている。


「あなた、シュルスって言うのね」

「うん」


 なんでだろ。


「俺が産まれた村ではそんな珍しくない名前なんだけど……もしかしてファティマのところじゃ変な意味だったりする?」

「ううん、そんなことないわ。ごめんなさい、知っている人の名前と似ていたものだから」

「そっか」


 くぴりとのみこんだ甘いお茶が疲れた体にしみわたる。

 さて、これからどうしたもんかなあ。トムじいも今なにしてるんだろ。

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