44話 対峙
地下三階を抜けるには中央に鎮座する巨大樹の広場を通らなくてはいけない。巨大スライムの目撃された場所でもある。トムじいはスライムの倒し方なんて聞いてくるし、嫌な予感が止まらない。
生垣の迷路を奥へ奥へと歩いていくと、遠くからひっ迫した声が聞こえてきた。方向的に巨大樹の方だ。予感なんか当たりませんようにと祈りながら俺は荷物を揺らし走り出す。
近づくにつれ声が明瞭に聞こえる。悲鳴だ。助けを呼んでいる。
「トムじいはちょっと隠れてて」
「ほいよ」
魔物であるトムじいが人目につくのはあまりよくないだろう。広場に出る直前でトムじいに離れてもらい、俺も身軽になるために荷物をものかげに置く。
槍だけを持って広場へ出ると、その中央には大人が手を広げて囲んでも十人は必要であろう大きな樹木がそびえていた。おかげで広場といえどあまりスペースはない。せいぜい巨大樹のまわりに五メートルあるかってくらいだろう。地面にも巨大な根がぼこぼこ浮き出ていて足場は悪い。
巨大樹のそばには大きな大きなスライム、そして三人の冒険者が武器を持って応戦していた。巨大樹を寝床にしていたのか上からでろんと垂れているように見える。質量はかなり多い。大浴場の水量くらいあるんじゃないか。透明なスライムの体内にはすでに数人が取り込まれているようだった。
「くそ、ミゲルが……」
「しっかりしろ! くるぞ!」
知らない冒険者だ。撤退する様子でもない。どうにか注意をそらして入り組んだ迷路のなかに逃げ込んでしまえば命だけは助かるだろうに。
まて。樹の根元に誰かいる。
スライムから身を守るように、大きな樹の根の隙間に身を潜めている。子どもを守るように女の人が覆いかぶさっていて、その後ろ姿はどこか見覚えのあるものだった。
「まさかジョンとサラと……ファティマ……?」
俺は考えるよりも先に体が動いていた。巨大スライムに応戦する冒険者の元へ行くと、眼前まで迫っていたスライムの粘液を槍で切り落とす。
「加勢する」
俺の顔を見てぎょっとする冒険者だったが、いないよりはマシだと思ったんだろう。顔面は蒼白としていながらも彼らは「助かる」と一言こぼした。もしこの三人がいなかったらファティマたちはとっくにスライムの餌食だったかもしれない。そう思うとゾッとする。
「核はいくつあるかわかるか」
「ふたつは確認している」
俺の質問に冒険者のひとりが答える。でもそれは剣で狙える距離ではないと。
トムじいいわく、スライムは熱に反応する。だとしたらアレで少しはスライムの注意を引けないだろうか。
「たのむぞ、熱砂ツバメ」
砂ツバメを魔術の火で熱したぬくぬくツバメの上位版。それを五羽出してスライムの周囲にゆっくりただよわせた。スライムがそれに反応する。触手のような粘液が熱砂ツバメを追い始めた。意外とスピードが速く、一羽がのみ込まれる。しかし残りの四羽は追いつかれないよう気を付けて飛び回り、注意を引くことには成功した。ツバメを追っているぶん、人への意識が薄れている。
「ファティマ、今のうちにジョンたちを連れてこっちへ!」
俺の声にファティマの顔がぱっと上がる。一瞬おどろいたように目を見開いたが、すばやく周囲の状況を理解すると慎重に木の根の間から身をだした。ジョンとサラがそれに続き、スライムから視線をそらさないようにしながら少しずつこちらへやってくる。
「シュルスさん」
「ふたりともケガはないか」
「はいっ」
涙目のジョンとサラを抱きしめ、少しずつ後ろへ下がった。巨大スライムはまだ熱砂ツバメを追っている。さすがに四羽を同時に違う方向へ動かすのはしんどくなってきたので一か所に集めた。四羽はかたまったままスライムから一定の距離をとって飛行させる。これでしばらくは大丈夫だろう。
「樹の根本にだれか倒れてると思ったら、上からスライムが降ってきて……」
「あれは罠だったんだと思います」
サラとジョンの話が正しいとするなら、巨大スライムは獲物をおびきよせて仕留める動きをとっている。本来ならあり得ない行動だ。スライムにそこまでの知能はない。
命を優先するならジョンたちを連れてこの場から離れるべきだろう。さいわい巨大スライムから距離はある。しかし。
「お願いだ、手伝ってほしい。仲間を助けたい。いまならまだ間に合うんだ」
さっきまで剣を握っていた男たちが今にも泣きそうな顔で俺に頭をさげた。その胸中を想像すると、俺だって「うん」としか言えない。仲間があきらめずに探してくれたから俺は今こうして生きている。仲間を想う気持ちをふみにじることはできない。
「最後まで手伝うよ」
「恩に着るよ……!」
というわけで時間がないなりに簡単に打ち合わせをして連携プレーで巨大スライムを倒すことになった。さすがにジョンとサラ、ファティマは後方で控えていてもらう。ファティマは美人でグラマーだからもしかしたらトムじいが影からこっそり守ってくれるかもしれない。
まずは俺の熱砂ツバメをひとりに付き一羽ずつ添わせる。本人よりも一歩前に出してスライムの注意をツバメに向かせ、伸びてきたスライムの触手を片っ端から切り落としていくつもりだ。そして本体に近づき、人を飲み込んでいる部分を切り落とす。
冒険者ふたりは顔色が悪いながらも泣き言ひとつ漏らさず伸びてきたスライムを切り落としていく。足元にはドロリとした半液状の物体が次々に落ちていった。
「これ、あとで合体してまた動くスライムとかにならないよな」
「核がなけりゃな」
俺のひと言に男が息を呑んだ。核を潰せばスライムは死滅。しかし核を内包したまま切り落としてもそれは個体のスライムとして再び活動をはじめる。とにかくスライムは厄介な相手だってことだ。
「一気に本体までいくぞ。もう時間がない」
巨木の枝から垂れるスライムには五人が取り込まれている。そのうちのひとりが比較的手前にいた。きっとあれが男たちの仲間なんだろう。早くしないとそいつまで死んでしまう。
しかしスライム側も異変を感じ取ったのか、動きが変わった。ずるんとその巨体を地面に落とし、仁王立ちした熊のように体をもたげる。
「でけえ……」
ぽつりともらしたのは男の片割れ。俺も同意だ。本当にでかい。しかし全体像がわかってホッとした部分もある。あとはやつを細切れにして捕らわれた人たちを取り返すだけだ。
狙うはスライムの核だが、大きさはクルミの外殻ほどが一般的だ。しかし色がうっすら白っぽいだけの透明なので戦いの中では見つけづらい。俺としてもひたすら切り刻んで核に当たったらラッキー、ぐらいの戦法だったのだが。
「シュルスさん、かがんでください!」
背後からジョンの大きな声が聞こえたの同時に俺は指示通りその場にしゃがみこんだ。すると頭上をシュッと横切るなにか。それは巨大スライムの体内をつらぬき、核のひとつを破壊した。巨大スライムの一部がどろりと垂れていく。核を破壊したそれはよく見ると使いこまれた小さな果物ナイフだった。
「ジョン、すごいなおまえ」
振り返ると照れくさそうに笑うジョンの姿があった。
「へへっ。僕、山育ちで目はいいんです」
そのさらに後ろにはやきもきしているサラの姿があるので、止めたにも関わらずジョンが飛び出たってことなんだろう。
「ほかの核も狙えるか」
「はい、この距離なら大丈夫です。ただ、投げるのがもうなくて……石でもいいんですけど、この辺りは土ばかりだから」
あのナイフはなけなしの一本だったらしい。
俺は共闘する男たちに大きく声をかけた。
「おい、おまえら、左右にわかれてスライムを引きつけろ! ジョンがスライムの核を狙う! 熱砂ツバメは引っ込めるから死ぬ気で生き残れ!」
申し訳ないが同時にいろいろできるほど俺も器用じゃない。
「でもシュルスさん、投げるのが」
「これでいいか」
俺は戻ってきたツバメの形を変え、ナイフ状にして持たせた。さらに追加でナイフを作っていくとジョンの顔が驚きに染まる。
「何本でも出せる。失敗してもいいからどんどん投げろ」
「……はい!」
ジョンがナイフを構えた。
魔術の土を武器の形にするのは初めてだし、相手に託すのも初めてだ。自信ありげに渡したけれど途中で強度がへたらないようにしないといけない。大丈夫か。俺にできるのか。
いや、やるしかない。
仕事くそいそがし&心の栄養のためどうぶつの森で無人島暮らし&書きためてから更新したいのでしばらく間あきます!!