40話 ちょっとした異変
「ありがとう、助かった。本当に」
「いいって。無事でよかった」
問題は地面に横たわる四人の冒険者。
男三人と女ひとりがぼんやりしている。迷宮カメレオンの痺れ舌でやられたあとだ。
「体が動くようになるまで数時間ここで待つか、治療院の人を呼びにいくかだな。ひとりずつ背負って上へ連れて行くのもこの際ありかも」
話を聞くと、彼らは結成したばかりのパーティーだそうだ。腕試しで意気揚々と歩いていたところ、最初に魔術師をやられたと。驚いていたところに弓使いがやられて、見事に遠距離組がいなくなった。盾持ってるやつが慌てて前に出たが、舌をうまくはじけず、一緒にナビゲーターまでやられた。
「迷宮カメレオンはこの辺りに出る魔物でいちばん会いたくないやつだったから、前に倒された時期を聞いてリスポーンしないタイミングで来たはずだったんだ。なのに……」
「しかも、狙いっていうか、人選がエグくて……たまたまだって思いたい。でも最近、あちこちでウワサ聞くし」
ふたりの冒険者が顔を青ざめさせて訴える。「ウワサ?」と俺が聞き返すと、片方がこくりと頷いた。
「ダンジョンが強くなってきてるってウワサ。他のダンジョンもそうらしくて」
「連盟の人が秘密裏に調査してるって話も聞いた」
それは心穏やかじゃないな。
なおさらこのままにしておけないけど、治療院から人を呼ぶのは時間かかるだろうしなあ。
「シュルスちゃん、治療院からシスター呼ぶのってどれくらいお金かかるか知ってる?」
「シスターひとり派遣するのに護衛チームがつくからその分の費用がかかって地下一階なら金貨三枚ってとこかな。状況によってはかなり待たされたりするよ」
「そうなのか……」
その時、何かがひょいっと頭に飛び乗ってきた。
「嬢ちゃん、あのレモなんとかってジュースまだ少し残っとったじゃろ。あれ飲ませたらひとりは回復できる」
「トムじい」
俺特性レモネードのことかな。
「アリの蜜が効くのよ。ほっほっ」
「ほんと?」
本当のだったらすごい。試してみる価値はあるかも。
「わ、ゴブリンだ」
「シュルスちゃん、大丈夫か! 今助ける!」
目の前の男ふたりが狼狽えている。それがうるさかったのか、トムじいは「じゃあの」と言ってまたどこかへ行ってしまった。わざわざアドバイスをくれにきたのかな。意外と優しい。
「もう大丈夫だよ。それよりもし倒れてる中で誰か起こせるなら、どいつを起こす。もしかしたら痺れ治せるかも」
「え? それなら……」
ふたりが選んだのは盾持ちをしていた大きな男だった。いちばん力持ち、かつ体重が重いから、起きて自分で歩いてくれるだけでもありがたいと。確かにそいつはデカかった。他人事とは思えずちょっとだけ苦笑いをしてしまう。
俺はそいつ所へいくと、上半身を起こしてもらって水筒の中身を口へふくませた。なんか熊みたいな男だな。こくんと喉が波打ってからしばらく、熊男の目が意識を取り戻したようにぱしぱしと動いた。目の前にいる俺に焦点があうと、静かに息をのむ。
「大丈夫か?」
「……天使だ」
「あはは、人間だよ」
本当に効いたみたいだ。すごいなトムじい。
ということで、熊男が倒れたひとりを背負い、ひとりがその護衛、もうひとりがここに残って見張りをすることになった。三人目を運ぶタイミングで撤退するそうだ。俺も乗りかかった船なので一緒に見張りをする。こんな俺でも今なら多少は役に立つだろう。
誰が残るかでちょっと揉めてたみたいだけど、先ほど熊男たちが出発していった。まあ夜になる前には全員撤収できると思う。
槍の手入れをしながら時間を潰した。たまにおしゃべりしながら熊男たちを待つ。うまくいけば回復した人も一緒に戻ってきて、残りふたりを一気に運ぶ算段だ。
「あの、シュルスちゃんって何歳なの」
「それが俺もよくわかんなくて。何歳に見える?」
「えっ? オレが19だからそれよりちょっと下かなって思ったけど」
「そっかあ」
やっぱりそんなもんか。
27歳って言っても信じてもらえないかもだから、今度から初対面の人には適当に言おうかな。
「あああのさ、よかったら今度一緒に食事でも——」
「おおーーい戻ったぞーーーっ!!」
あ、早かったな。俺が立ち上がって駆け寄ってくる男三人に「おーい」と手を振ると、横に一緒にいた男がしくしく泣いていた。待ちわびた仲間がきてうれし泣きしてるんだな。うんうん、気持ちは分かるよ。
◇
全員でエントランスまで戻ってこれた。
「今度はうまくやれよ。じゃあな」
「またねシュルスちゃん!」
お礼に食事でも奢らせてくれとしつこく言われたが、丁寧にお断りしてみんなに別れを告げる。
俺はその足で冒険者ギルドへ向かった。エントランスにある出張所じゃなく本体の方だ。夕方だからか、通りはダンジョン帰りの冒険者たちがいた。みんなこれから飯を食ったりするのかもしれない。離れた仲間を思いだしてちょっぴりしんみりした。
飯屋からただよういい匂いが鼻をくすぐるなか、夕日に染まりつつある通りを歩く。ついでに明日食べる用の果物やパンも買ったのでギルドへ着くのが遅れてしまった。
閉館間近なギルドのロビーにはまだ少し人がいた。見るからに冒険者もいれば、採取の依頼をしにきたであろう一般の人もいる。そんな中で一際大きな声で文句を言っている人たちがいた。
「だから俺らは見たつってんだろ!」
「わたくしどもはあなたたちがウソを言われているとは思っていません。ギルドとして公表するにはそれなりに情報の裏打ちが必要なので、もう少しお待ち頂きたいのです」
「んなことしてる間に何にも知らねえ新米がやられちまってもいいのかよ」
「善処いたします。どうか今日はこの辺りで」
「ちっ」
何があったんだろう。
近くにいた人に聞いてみると、あのダンジョンで今まで見たこともない魔物がいたと言って、それでギルドの職員と言い合いのようになっていたらしい。
機嫌の悪そうな一団がロビーから去っていくと、職員の人たちも心なしかホッとしていたようだった。
見たことない魔物って聞こえたけど、トムじいのことじゃないよね。見かけが老ゴブリンって時点で珍しいんだけど、しゃべるし強いし稽古つけてくれるしで珍しいレベルだとブタ男と同じレベルだ。世話になってるし、討伐されるのはちょっと嫌だな。スケベだけど人の命をおびやかす感じじゃないし。
そんな内心を抱きながら窓口へ行く。
さっきの冒険者たちを相手をしていたのは髪をきっちりとまとめた仕事できそうなお姉さんだった。
「さっきの人たち、何を見たって言ってたんですか?」
「地下三階のグリーンメイズ深部で、巨大スライムを見たと。それこそ背丈が生垣と同じくらいあって、動きも機敏。そして見間違えじゃなければ二人ほどのみ込まれていたとおっしゃっていて」
「うっわ」
かなり危険なやつだ。
迷宮カメレオンと同じく周囲の景色と同化でき、気配もなくしのびよって背後からぬちゃっ。体内に取り込まれたら数分で窒息死。生垣と同じだったら三メートルはあるってことだろう。
小さいスライムは顔に入りついて窒息させてくるからそれもそれで危険なんだけど、まだ核ごと切り捨てられるからいい。でかいのは核が体内にいくつもあって、さらに質量があるから切っても核に届かない。そうするといくら切ったところで意味がないので、デカければデカいほど戦いにくい魔物だ。取り込まれたら死ぬし。死角とかもないし。
「過去15年ででそんな魔物いませんでしたよね。本当だったら大変だ」
「ええ。魔物への警戒レベルを引き上げるべきでしょうね」
情報の裏打ちって言ってたから、確認のためにどこかのパーティーへ依頼するかもな。
「ところで今日はどのようなご用件で?」
「あ、ダンジョン連盟のチャロアイト・フットさんに連絡を取りたいんですけど、なにか方法ありませんか」
そうそう、それが知りたくてギルドまで来た。
ちょっとあの人に会いたいなって。