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4話 俺は俺です

 俺は這うようにして祭壇へ戻り、斧のそばで横になった。光のドームがなくなったことに関係があるのか、石畳に描いてあった魔法陣も消えている。きっとここはもう守られた場所ではない。でも、構わない。


 体はしんどくて、心もぐちゃぐちゃだ。


 正直このまま目覚めなくてもいいけど、と若干自暴自棄になりながら、俺は深い深い意識の底へと落ちていった。







「おい、大丈夫か」


 なんだ。もう朝か。おかしいな。いつもはひと晩寝たら疲れなんてふっ飛ぶのに、体が重くてたまらない。これが三十代間近ってやつなのか。


「ひどいケガだが息はある。フローラ、この子の回復を頼む」

「はい」


 ああ、いつもありがとうフローラ。

 起きるから待っててくれるか。そう思っているとぽわんと体が温かくなって痛みが徐々に引いていく。


「アベルさん。この人、どうしてシュルスさんの斧を持ってるの。服だって」

「……わからん」


 重いまぶたをなんとか開けると、ぼやけた視界に見慣れた二人が見えた。アベルとフローラだ。ぱちぱちと何度かまばたきをするうちに、アベルが俺の様子に気づいた。


「気がついたか」


 アベルの大きな手が背中に添えられ、上半身をそっと起こされる。至近距離から顔を覗き込まれて近いなーとか思っていたが、記憶にある顔よりだいぶやつれているようだった。俺と視線が合うとあいつは不思議そうに目を丸くする。


「俺はアベル。あんた、名前は……」


 10年前にも聞いたようなセリフに内心苦笑するも、俺も頭がまわってないのか昔と似たような答え方をしていた。


「シュルスだよ」


 息をのむ二人をよそに、俺はまた目を閉じた。痛みは引いたが疲労は抜けない。体に力が入らない。


「わるい、まだ体が重いんだ。もう少し……寝かせてほしい……」


 アベルの腕のなかで俺はまた意識を手放した。頭上で話し声が聞こえてくるが、もう耳にも入ってこない。


 たゆたう意識の中へ、ひたすらに身を任せた。








「——やめろブタ男! 俺はそんな服着ないッ!!」



 自分の声で目が覚めた。


 恐ろしい夢だった。ブタ男が花嫁衣装のようなものを持ってスキップで追いかけてくるんだ。夢のなかの彼にはちゃんと下半身があったが、やはり肥満体型のブタ顔だった。


 はぁ。ブタ男のことは嫌いじゃないが夢に出てくるのは勘弁してくれ。


 上半身を起こして両腕を伸ばしてぐうっと背筋を伸ばす。頭はすっきりとしてるし、体調に問題はなさそうだ。


 視線を感じてそちらを見ると、フローラが驚いた顔をして俺を見ていた。


「あ、あの、ブタ男って」

「……ごめん、ちょっと変な夢みてた」


 俺は敷布の上に寝かせられていて、広い祭壇には簡易野営セットが組まれていた。今ここにいるのは俺とフローラだけらしい。いや、離れたところにセルフィナもいるな。


 この状況から察するに、アベルたちは落ちた俺を探してくれたんだろう。そしてここまでたどり着いた。どうやって来たかはわからないが、また顔を見れたことが嬉しくてたまらない。


「ありがとう」


 俺はお礼を言って深々と頭を下げた。

 とたんに目に入る自分の体。うーん、やっぱり女だ。これをどう説明するべきか。


 顔を上げるとフローラは警戒したまま俺をじっと見据えていた。


「あの、どうしてあなたはその服を着ているんですか。もしかしてシュルスさんに助けてもらったんですか」


 ……やっぱそう思うよなあ。


「私たち、シュルスさんという男の人を探してるんです。どうか教えてください」

「俺がそのシュルスだよ」

「あ、あなた女じゃないですか。まじめに答えてください」

「鳥の魔物と一緒に落っこちて、目が覚めたら女になってたんだ」

「いい加減なこと言わないで!」


 そう声を張り上げるとついにフローラは泣きだしてしまった。俺はどうしたもんかと頭を抱えそうになったが、女の人が泣いている時にできることはほとんどないと思い出す。


 フローラの頭をそっと撫でる。

 それから隣に腰をおろして、彼女の気がすむまで付き合ってやる。いつもうまい言葉をかけられなくて残念に思う。


 しばらく泣いたあとにフローラは顔を上げた。


「……ほんとに、シュルスさん、なんですか」


「そうだよ。俺はシュルス・バング。テグ村の出身でダンジョン探索のパーティーに入って10年。最近は斧と盾を振りまわしてた。きみはフローラでルイスリー教に所属するシスター。好物は塩をつけたゆで玉子、嫌いなものは味のないスープ。俺の大事な斧の柄に『不屈の大鷲』って彫ったのはアベルで、アベルのリュックに『偉大な勇者』って刺繍いれたのは俺。……どうだ?」


 関係者しか知らないようなことを言ってみたけど、これで信じてくれるだろうか。フローラはしばらくあ然としていたが、その可愛い顔をまたくしゃりと歪めた。


「わ、わたし、あの時シュルスさんはもう、死んじゃったかと、思って」

「うん」

「でも、もしかしたら無事かもって、アベルさんと話して」

「うん」

「だから、だから、」

「探しに来てくれたんだろ。ありがとな」

「……うう〜っ」


 フローラは俺に抱きつき、また声をあげて泣き出した。


 彼女は頭ひとつ小さくて、隣に並んでも俺の影にすっぽり収まっていたというのに。女の俺はどうやらフローラと同じくらいの身長らしい。地味にショックだ。アベルにも背で負けてることになる。


 背中にまわったフローラの腕は力強く、胸に顔を押し付けて泣く姿に愛しさを感じた。俺はフローラの背に腕をまわしてそっと抱き返した。赤子をあやすようにぽんぽんと背中を優しくさする。


「心配かけてごめん。また会えて本当に嬉しいよ」





 俺が目覚めたことで全員がわらわらと集まってきた。みんなこの辺りを探索していたようだ。


 アベルたちは依頼者チャロアイトさん支援のもと、気球を使って大穴の底まで降りてきたらしい。そこで見つけた血痕の跡をたどって見つけたのが俺だったそうだ。そして驚くべきことにあれから十日も経っているらしい。俺的には目覚めて一日ちょっとくらいなのに。


「この匂い、やっぱりシュルスさん。……女の人特有のやわらかい匂いもする」


 クンクンと俺の匂いをかぐのは犬系獣人のココポだ。視力はあまりよくない代わりに聴力と嗅覚が非常に優れている。少し臆病な性格だが、そのおかげか索敵能力はピカイチだ。可愛らしい見た目の子にゼロ距離からクンクンかがれて羞恥心がすごい。自分でも汗くさいと思っているので非常に恥ずかしい。


「じゃあ本当に女になったのか、おまえ」

「そうみたいだ」

「ウソだろ、こんな馬鹿みたいな話が……」


 アベルもだいぶショックを受けているようだ。よろよろと座り込み頭を抱えている。


 俺は覚えている限りのことは説明した。薄い光のドームや魔法陣、ハーピーの死体に埋もれていたブタ男のことも。


 アベルたちも五十体ほどのハーピーの死体が転がっていたことを確認していた。早くもダンジョンに飲まれ始めた個体もあるそうだ。


「あの数の魔物をひとりで相手してたってわけか、ブタ男は。すげえというか、なんというか……」


 アベルが難しい表情でそう言う。


「ブタ男は言葉と思想をもっていたと思う。理解はできなかったが、あいつには俺たちと同じくらいの知能があった」


「じつに興味深い存在だよ。これまで発見された魔物のなかには人語を話すものもいたが、それは単にマネをしていただけだった。ほら、鳥なんかにもいるだろう、声マネの上手なやつが。だがそのブタ男というやつは違う。……人間レベルの知能と文化をもっているのなら、魔物ではなく魔族と定義したほうがいいのかもしれないな」


 チャロアイトさんはそう言いながらものすごい勢いでノートに書き込んでいた。知的好奇心をおおいに刺激されているらしい。


 驚くべきことに、そのブタ男の居住スペースらしき場所があったという。ひと息ついたらみんなでそこへ行くことになった。


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